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吾輩が、猫ですかっ?! ~幸せは猫とともに~  作者: 小山洋典
柊をぼっち飯から解放しよう!
23/52

11 おっさん、高校生に説教をする。

「学校着いたけど……流石におじさんは入れないよ。『命を救いに』、なんて言って、どうするつもりなの?」

「裏口へ回ろう。鍵の壊れた入口があるんだ」

「? なんでそんなこと知ってるの?」

「へ? あ、ああー、えっと……そうだ、……そのな、俺、実はこの高校のOBなんだ」

「本当に? でも、それっていつの話? もう、入口も直されているかもよ」

「あ、いや、それはそうなんだが……そう、おれの友達にな、この学校に通ってる子供を持ってる奴がいて、その子供の話として聞いたことがあるんだ」


 我ながら苦しい。だが、まさか自分が『ししゃも』として入口を見つけたとは言えないし、柊の方もそんな事情は想像すらできないに違いない。


「そう……なんだ」


 柊は訝しげな表情だったが、一応は納得したらしく、浅く頷いた。


「とにかく、話を聞いた限りでは急いだほうが良さそうだ。昼ごろにいじめを受けるんだろ? そうすると、自殺をする決心をつけるとすれば、まさに今さっきのことじゃないか?」

「うん……! 旧校舎は裏手からすぐのところにあるよ。あいつが自殺するとしたら、旧校舎の屋上だと思う。フェンスも簡単に乗り越えられるほど低いし」

「そうか。でも、屋上なんて簡単に出れるようになっているのか?」


 先ほどの失敗を払拭しようと、俺はすっとぼけてみせる。

 柊の顔から疑念の色が僅かに消え、素直に肯定の意を示した。


「屋上の鍵が壊れてるんだよ」

「学校裏手の入口といい、旧校舎といい、壊れてるところ満載だな。修繕という能力はないのか、この学校」

「でも、今はそれが吉とも凶とも出てるよ」

「確かにな」


 旧校舎にたどり着くと、柊が屋上を仰ぎ見て、蒼白になる。


「槻谷……! 大変だよ、アイツ、屋上のフェンスを乗り越えてる!」

「……間一髪で俺たちが間にあるといいがな。とにかく、屋上へ向かおう」


 あえて柊に先導させて、屋上へ続く階段を駆け登る。最上階の踊り場に着く頃には、開け放たれた扉から、さほど背の高くないフェンスを乗り越えた槻谷が、屋上の縁の上で所在無げにしている姿が(うかが)えた。


「槻谷!」


 柊が大きな声をかける。

 槻谷は慌てた様子でわたわたとフェンス越しの景色と俺たちの方を交互に見やると、


「来るな!」


 と必死の抵抗を口にした。


「槻谷、ごめん……私、あんたが『死ぬ』って言ったこと、止められなくて……」

「……」

「そんなに、苦しんでたんだよね。そう言ってたのに」

「……いいんだよ。俺なんて、その程度の奴だったんだし」


 槻谷少年は、どことなく他人事のように言う。

 その言葉が、既に過去形であることに、俺と柊の体に緊張が走った。

 まどろっこしい感じはするものの、コイツは本気で死を『捉えて』いる。


「……それで、大人まで連れてきて、何しに来たんだ? その人、誰?」

「この人は……その……」

「君の話を聞いて自殺を止めに来た、通りすがりのおっさんだ」


 柊も、もちろん槻谷も、その答えには流石にぽかんとした顔をした。


「ちょ、ちょっと、おじ……」

「いいから」


 俺はそう小声で言葉を交わすと、真っ正面から槻谷と向かい合う。


「通りすがりの……? お前に、僕みたいなやつの何がわかる?」

「君は、人生に意味を見いだせない。そうなんだろ? ここにいる娘から聞いた」

「……そうだよ。負け組の人生なんて、所詮は先が見えてる。苦しい毎日を過ごすだけだ。それならいっそのこと、自分の手でくだらない人生に早く幕を下ろしたほうが、賢いだろ?」


 俺はわざとらしく首を横に振ると、大きくため息をついた。


「まあ、確かにそれも一理ある」


 俺は槻谷少年が口にしていた、『苦痛から解放されることだけを楽しみに生きていくなんてまっぴら』という言葉を思い出していた。

 正直、この諦観を論破できるとは思えない。

 なら、他の角度から光を当てるしかない。


「そうだろうな。人生はくだらない。そこから一歩踏み出せば、君は全てから解放される。でも、君には今、遺したい言葉があるんだろ? だからこそ、俺たちを無視して飛び降りることができないんだ」

「遺したい言葉なんか、ないよ……」

「ならなんで飛ばない? 未練があるのか? 怖いってわけじゃないよな? 一歩踏み出せば、それで解決じゃないか。少なくとも、独りよがりな君自身の問題は」


 とりあえずは、槻谷少年を会話からドロップアウトさせて屋上から飛ばせないことだ。

 そのためであれば、『お前にはまだ未練があるんだ』ということを強調して煽り、心理的クッションを入れて、足止めをする必要がある。


「いいじゃないか。飛べば? 死んでも思い残すことから、ただ逃げるんならな」

「――ッ!」


 背中に冷たい汗を感じつつ、さらに挑発を繰り返す。

 挑発と寛容の綱渡りのバランスが、槻谷少年を死に突き落とすかどうかを決定する。涼しい顔を見せていたが、内心焦りまくりだ。


 だが同時に、希望的な見方もしていた。

 槻谷少年は、本当は死にたいと思っていないのではないか?

 本気で死にたいなら、こんな見つかりやすいところを選んだり、死ぬ予定の日をわざわざ公言しない。

 つまり、槻谷少年は『助けて貰うことに賭けている』のかもしれないとも、思うのだ。

 槻谷、お前は死んではいけない。柊の飯仲間になるのだ。

 柊は、息を呑んで俺と槻谷のやり取りを見守っている。


「たしかに、『人生ってくだらない』よな。まさに、真理だと思うよ」


 俺は柔らかく話しかける。

 ――もし、俺の読み通り、『槻谷少年が助けて貰うことに賭けている』のなら。


「そ、そうだよ。この先の人生なんて、底辺の人生なんて、所詮先が見えてる。そんな人生は、もうたくさんなんだ」

「そうか。…通りすがりのおっさんが、何を偉そうなこと言ってんだよ…だがな、『くだらない人生を生きること』は……くだらなくなんかねーんだ」


 ……そう。全身で、いい大人が、ガキに真正直にぶつかりあうこと。

 閉じた槻谷の心を優しく包み込むのも手だが、俺はそんな器用なことはできない。

 本音をさらけ出して、強引に槻谷に前を向かせる。それ以外の手は、考えつかない。

 俺は声のトーンを変えて、ぴしゃりと言った。


「小せえんだよ、お前。『どうせ人生先が見えてる』なんて、馬鹿じゃねーの? お前が逃げ出したい『人生』とやらはさ、一浪か二浪で二流三流の大学入って、そのまま無気力に卒業して、中小企業にでもなんとか潜り込んで、うだつの上がらない安月給を嘆きながら、発泡酒でも煽る程度のもんだと思ってんだろ? ――でさ、アラサーくらいで妥協して結婚して、子供はいても一人がせいぜい。そのままつまらなく年老いて、ただ死んで行くんだとか……。は! 笑わせるね。……それがどんなに大変で、どんなにスゲェことかも知らないくせに、悟ったようなこと言いやがって」

「……通りすがりのおっさんが、何をわかったこと言ってんだよ!?」

「わかるさ。俺は、お前みたいなガキの戯言、耳ダコなんだよ。だって、俺自身がそうだったからな」


 そう言って肩を竦めると、大きく両手を広げてみせる。

 これは、俺にとっても賭けだった。叩きつけ、打ちのめし、引っ張り上げる。

 その時になってふと俺は、槻谷を柊のぼっち飯の解消のための道具ではなく、未来を諦めて欲しくない、ひとりの人間としてみていることに気づいた。

 言葉の裏には「死ぬな!」という、信念にも近いメッセージを込めて、俺は格好悪く、不器用に語りかけている。

 槻谷は悔しそうに俯いたが、次の瞬間には憎悪を込めた目で、俺の顔をしっかりと見た。


「結局大人だから……大人に僕の何がわかるんだよ」

「常套句だな。それじゃ断言してやる。てめえみたいな奴は、今まで俺が言ったみたいなスゲエ大変で、スゲェ大切な人生は歩めねぇ。何も手に入れられないままクソニートになったアラサーのお前は、スマホでソシャゲやって無尽蔵にある無駄な時間をつぶしながら――その時またこうつぶやくことになるんだ。『どうせ人生、先が見えてる。死んだほうがましだ』ってな」

「――!」

「ああ、そうだよな、そんなクソみたいな人生を送るんなら、死んだほうがましだ。だが、お前は、そんな最低の未来予想図すら、想像もできなかっただろう?」


 槻谷少年は、悔しそうに唇を噛む。どうやら図星だったみたいだな。


「……見下して……馬鹿に……」

「ああ、そうだよ」


 俺は頭をガリガリ掻くと、真正面からガキの瞳を見据えた。


「ようするに、人生っていうのはな、そんな少し先の未来ですら想像できねぇもんなんだ。未来は、悲惨なまでに可能性に満ちてるんだよ!」


 ――未来なんて真っ暗な社畜だった俺の口が、よく言ったものだ。

 その言葉は、見事に自分自身に跳ね返ってきて、思わず俺は苦笑いした。


「そもそもお前、『人生なんてくだらないから死ぬ』なんて、後付けの理由に過ぎないじゃねーか。追い込まれた人間は、そこまで悟り開けねーよ。お前は、いま直面している人生の辛さから解放されたかっただけだろ? というか、普通に見たら、そんなのバレバレなんだよ」

「……ッ! そんなこと」

「それでいいんだよ」

「……え?」

「変に人生悟った気になるな。高校生の頃はよくやってしまうんだがな、将来黒歴史になって、身悶えするほど恥ずかしい思いをすることになるぞ」


 槻谷の肩が、わずかに落ちる。少し責めすぎたか。

 俺は努めて温和な口調に切り替えて、この少年に届くように、言葉を選びながら言った。


「……お前、本当は、『助けて欲しい』って、メッセージを出していたんだろう? それでいい。答えは単純なんだ。自分ひとりで抱え込んで、自分を傷つけることに逃げるな。助けを求めないことは格好良くも、大人の態度でもないんだよ」

「……そんなんじゃ、ない……僕は……違う……」

「プライドを守ることは、もちろん大切だ。だけどな、槻谷。……助けを求めないことが、人にとって、自分の人生にとって、どれだけ卑怯なのかということを、お前は気づくべきなんだ」

「………」

「だから、よく頑張ったな。ちゃんとお前はSOSを出せた。それって、とても勇気のいることなんだぞ」

「でも、例えば僕が死んでも……」


「槻谷!」


 その時、屋上の入口から切羽詰まった声が響き、俺たちの視線が集中した。


「し、下から見上げたら……あなた……何やってるのよ! フェンスまで乗り越えちゃって! 本気で死ぬつもりなの!? そんなの、絶対に許さないから!」


 西沢だ。真っ青な顔で入り込んできたと思ったら、屋上のフェンスを乗り越えてる槻谷の姿を見て、泣きそうな真っ赤な顔に豹変する。

 そして、目尻に涙の粒を盛り上がらせて、大声で言い放った。


「ばか! 槻谷の、バカ!」


 槻谷が明らかに動揺しているのが見て取れた。


「に、西沢さんには関係ないだろ……!」

「大アリよ!」


 キッと槻谷を睨みつける表情に、少年はしどろもどろになる。


「だって、西沢……僕のことを見下して……避けていたじゃないか」

「そんなの、当たり前じゃない!」


 西沢は髪を振り乱して頭を振る。


「幼馴染だもん! ずっとあなたを見てきたんだもん。ほかの男子みたく、何でもないように普通に接することなんて、出来るわけなじゃない! 気づきなさいよ、この鈍感!」

「そ、そんな無茶苦茶なことを……言われたって……」

「死なないで……」


 西沢の両目から、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。


「今までの意地悪、全部謝るから。死んじゃダメだよ。死なないで……死なないで……!」


 涙を拭うこともなく立ち尽くし、子供のように泣きじゃくる西沢を見て、槻谷少年が目をきつく閉じ、下を向く。


「あなたをいじめている人たちのことも、しっかり先生に言う。だから、死んじゃダメだよ。死なないで……」

「わかったよ。わかったから……!」

「死なないでよぉ……死んだら化けて出てやるから……死なないでよぉ……」

「わかったから……わかったから……」


 突然の二人だけの世界の形成に、完全に蚊帳の外に置かれた俺と柊は顔を見合わせると、軽く頷いて、申し合わせたように踵を返した。

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