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こうして俺は猫になりました。

 ――――­­­­­­混濁した意識がまどろみの中を泳ぐ。

 母胎にいた頃はこんな感じだったのだろうか?

 心地よさと暖かい暗闇に支配された空間で、ふと、遠くから威厳のありそうな声が聞こえてきた。


『聞こえるか……、明智よ』

「……む? 誰だお前は?」

『神だ』

「神だと……? お前が俺をこんな体にしたのか?」

『貴様、何も覚えてないのか?』

「どういうことだ?」

『社畜生活二十七年、貴様の肉体はとうとう限界を超えてしまったのだよ。そして今、貴様の魂は猫の「ししゃも」の体を借りている』

「『ししゃも』? 猫……だと」

『飼い主にも会っただろう。あの美少女の名前は立花(ひいらぎ)という。良い名前だよな』

「いや、良い名前とか知らんけど。なんだと……俺は死んだのか……そうか……」

『死んでないよ』

「死んでないのかよ。それでいきなり神とか、ビビらせるなよ。さっさと元の体に戻してくれ」

『いいのか? 貴様、本当に元の体に戻りたいのか?』

「……どういう意味だ?」

『貴様は、元の体に戻ったとして、幸せなのか、と言っている』

「……それは。猫よりはましに……」

『本当に? 貴様に幸せな時などあったのか? 本心から戻りたいなら、戻してやらんこともない』

「……戻りたい」

『嘘だな』

「……」


『貴様は、幸せだったのか? 少しでも「良い」と言える人生を送っていたのか? むしろ、猫でいるほうが幸せなのではないか?』

「……」

『どうなんだ?』

「……俺には、待っている仕事がある。職場に穴を開けるわけにはいかないだろ? だって……みんなに迷惑がかかる。そんなガキみたいな身勝手は到底許されない」

『その発言こそ社畜の思考に毒されている証拠ではないか。本心から言っているのであれば、脳味噌のお花畑でハイジが漕いでいるブランコの異常に長いロープくらい異常だ』

「最後の形容表現長すぎる! いや、若い人わからないからね? 俺だってギリギリ知っているレベルだから! それに、ハイジがオープニングでブランコ漕いでるのはお花畑じゃなくてアルプス山脈だから! ……でも……クソ、社会の歯車にもなれない奴に価値なんかあるかよ。普通の大人って、そういうものじゃないか」

『馬車馬のように働かされ、人間の尊厳を失った状態でも、それが普通の大人だと、そう言いたいのだな』

「そうだよ……それが大人ってやつだ。そうに決まってるじゃないか」

『そうか』

「……」

『……もう一度問う。貴様は、人間に、あの社畜生活に、本心から戻りたいのか?』

「……それは……くそ……わからない……」

『なら、ダメ。戻さない』

「さらっと言うな! そりゃ、幸せな人生だとは言えないかもしれないよ? でも、猫として生きるより、人間として生きたいと思うのが当然だろ?」

『では幸せなキャットライフを』

「ちょっと待て! 話を聞け! 俺はたとえ社畜であろうと、安定した生活ができればいいんだ。それが大人の考えというか、人として当たり前だろう?」


『だが貴様には、ある「使命」を果たすために猫になってもらった』

「なんか文脈がおかしい! クソ……なんだよ『使命』って? 何をやらせるつもりだ?」

『安心しろ、貴様が肉体を間借りしている猫、「ししゃも」の意識は眠らせているだけだ。お前が出ていけば、ししゃもは蘇る』

「いや……この猫の意識も大切かもしれないがな? その前に……まあいい……その思わせぶりな『使命』ってなによ? どうしたら元の人間に戻れるんだ?」

『使命を成し遂げられなければ、一生猫のまま』

「人の話を華麗にスルーしまくった上に、とんでもなくヘビィなのぶち込んできやがったな!」

『更に言ってしまえば、ししゃもが貴様、「明智正五郎」であることを気づかれたら、なんか色々やばそうなので、死ぬまで猫にする』

「やけに適当な判断の上に、嫌すぎる設定だな! だから、使命ってなんなんだよ!」

『それは……』

「それは……?」

『教えてやらない』

「なんでだよ! あんだけもったいぶっときながらノーヒントかよ! どんな無理ゲーだよそれ!?」


『まあ、猫として生きるのも悪くはないだろう? 先ほど、柊に猫じゃらしで遊んでもらって、それはそれは楽しそうに飛び跳ねてたではないか』

「あ、あれは体が勝手に……この年になってあんな黒歴史を背負い込むとは……」

『今回は初回人格転移サービスとして、猫としての本能は残しといたのだ』

「いらねぇよ、そんなサービス!」

『現役JKとの共同生活。これ以上の幸せはないと思うが?』

「その他が全部ダメすぎる! っていうか何言ってんの? 俺アラサーだよ? JKとか犯罪臭しすぎるだろ? その前に、神がJK趣味公認とかおかしいでしょ?」

『柊はいいぞ』

「推すなよ。お前神なのになんか性格なにかおかしいからね? 人とか、万物の上に立っちゃいけないキャラだからね?」

『柊可愛いよ柊』

「だからどんなキャラなの? JKとおっさんの共同生活とか、ありえないよね?」

『まあ、真面目な話はここまでにして』

「いままでのどこが真面目だったの? 俺の感性がおかしいの?」

『これから貴様にはいくつかの「試練」が与えられる』

「な……? 『使命』とは違うのか?」

『与えられる試練をクリアしないと、貴様は猫になる』

「だから、聞けよ。試練って? 使命って? どっちも同じじゃないの?」

『それでは、明智正五郎。貴様が無事「試練」を乗り越え「使命」を果たせるよう、期待しているぞ』

「やっぱり聞いてなかった! 聞いてよ! 今、人間の俺ってどうなってるの? 使命って何? 試練の上位カテゴリ? 試練も失敗しちゃいけないの? 失敗したら猫になっちゃうの? 少しだけでもヒントないの?」

『それでは幸運を祈る』

「ちょ、ちょっ……!」

『ぐっどらっく』

「だから話を聞けえええええええええええええ!」


 そうして、猫に憑依した俺こと明智正五郎と、現役JK立花柊の、奇妙な共同生活が幕を開けた。


 もっとも、この現役JKにして俺のご主人様となる立花柊は……最近の『ししゃも』生活を通じて、なにやらワケありなのだと分かってきたところなのだが……それはまた、これからのお話。

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