6 西沢美玲の事情(推測)
「ししゃも~~」
いつものように柊は俺を引っつかむと、ぎゅう、と押しつぶさんばかりにやや平坦な胸に抱え込み、グリグリと頬擦りしてくる。
「私、なんてことを……」
何だ、また何かやらかしたのか?
今日は予鈴がまったくもって空気を読まないタイミングで鳴って、絶望した俺は一足先に柊の家に帰り、ふて寝していたのだが。
知るかよもう。
ぼっち飯解放だかなんだか知らんが、二度も大チャンスを逃しやがった。
もー無理! もー知らない!
俺は流石にやさぐれていた。
「ししゃもう~~」
「ふみゃあ」
あ〜、ウザったい。
何やらかしたの、君?
「西沢にさ、ご飯誘われたんだ」
……え?
なになに? また急展開あったの? 俺のサポートなしでもその領域にたどり着いた?
もしかして、その申し出を受けるかどうかで悩んでるとか?
チキンの柊のことだ、十分ありうる。
「友達にも紹介するから、明日一緒に昼ご飯食べよう、って」
ふむふむ!
それで? それで?
「だから私……」
そうだよな、いきなり受けいれるのって、少し勇気いるかもしれないよな。
でも安心しろ。俺が励ましてやる。元気づけてやるぞ。
西沢の申し出を快く受けいれるんだ。
「はっきり断っちゃった」
なんでだよおお!?
お前なに? あらゆるフラグを折りまくる才能に開花しちゃったの?
なんで受け入れないの? そんなに俺を猫にしたいわけ? 表出る?
「ふびゅ~」
不満の声を上げる俺に、柊はぷう、と頬を膨らませる。
俺の不機嫌さは、鳴き声の感じで理解したらしい。拗ねたように言い訳を始める。
「だってさ、西沢のやつ、とどのつまり『槻谷と関わらなければ、昼食一緒にしてあげる』みたいなこと言ってきたんだよ? そんなのムカつくじゃない? なんなの、その上から視線。何様のつもりなの?」
うん、まあ、そう言われたら気持ちはわかる。
でも相手が『あの西沢』なわけだから、柊が表現するより相当に婉曲的で、嫌味な言い方もしてないと思うんだが。
柊も柊だ。お前、こんだけチキンかつ大都会でもロビンソンクルーソーやれるくらいのキング・オブ・ぼっちなのに、自覚ないの? そのロビンソンクルーソーにすら、フライデーがいたんだよ? 少しは譲歩して仲間に入れてもらったら?
「でも、あれは……なんでだったんだろう……?」
難しい顔をして、柊が小首をかしげる。
「西沢、クラス委員だし、少し慌てさせようと思って、『誕生日になったら屋上に飛ぶらしいよ』って言ってやったら、真っ青になって、『あと二日しかないじゃない……』って……。あれだけ邪険にしときながらなんで誕生日まで把握してるのかな? それに……」
柊は両手を伸ばして、目の高さに俺を持ち上げて、向かい合わせにする。
あー、やだ。こういう扱い受けてると、自分が猫畜生なんだって思い知らされる。
「そもそも、なんで今日も旧校舎にいたのかだよ。西沢には全く関係ない場所じゃん? なんであいつのほうが先に屋上にいたの?」
「ふみゃあ(訳:知るかよ)」
「もしかして……。……あ!」
「みゅう(ああ、俺もそう思うよ)」
「西沢、実は槻谷に気があるのかな? だから逆に突き放しちゃう。話し方とか態度とか、槻谷の前だと、全く西沢らしくないしね……!」
うん、その通り。短いやりとりしか見聞きしてないけど、その可能性は高いと思う。
清純系と思わせつつ、結構ツンデレっぽいところがあるのかもしれないな。柊と同系統のような気がしないでもない。
「でも、そしたら、あんな態度をとられた槻谷の方は……」
「にゅう」
「……もしかして、本気で死ぬつもりになってるのかな……そうしたら、私……」
ふいに、柊の口調が一気にトーンダウンした。
ん? またなんか過去の傷に触れたのかな? っていうか柊、お前地雷持ちすぎだぞ。マインスイーパーで除去しようとしたら、初手から瞬殺されるレベル。
柊は蒼白な顔で、俺を静かに床に下ろした。
柊のトラウマ? だが、そんなこと俺の知ったことではない。
少なくとも、今の段階では、だが。
神の指令があってから、今日で三日か。
残りの四日を使い、どうやって柊をぼっち飯から解放するべきか。
なんだか、ぼっち飯なんかどうでもいいくらいきな臭くなってきたが、本当に大丈夫なのだろうか?
俺は密かにため息をついていた。