2 見て見ぬふりとチキンなりの想い
「ししゃも~~~~!」
うん、まあ、わかってた。
槻谷少年と別れ、芝生に弁当箱を置いた柊は、右を見て、左を見て、周りに目撃者がいないことを確認してから、情けない声で俺に泣きついてきた。
「いじめの現場だよ! つき……つきナントカくん。いじめられてるの見ちゃったよぉ。どうしよおお? 先生に告げ口しても逆効果だよね……?」
いや、知らん。さっきのクールな態度のままでいいじゃん。
何気に俺の好感度上がってたんだよ? 一瞬で台無しだよ。
「何とかしてあげたい。同じクラスカースト最底辺として! 私、ぼっちのままでも心だけは通じ合いたい!」
ぐっと拳を握って上向く柊。
いや、ぼっち飯から脱出してくれないと俺が困るんだが。
「ああ~、もう、見ちゃったら、ほっとけないじゃない!」
なんか、柊ってそういう母性というかお節介なところあるんだな。西沢も大概だがお前も同類か。
などと思っていると、不意に柊が肩を落とした。
「……それにさ、なんか……ゆかりと同じ目をしていたんだよ、あいつ……」
ゆかり?
察するに、柊が助けたイジメられっ子のことか?
何か、柊のテンションが一気に下がった。
探るような気持ちで上目遣いに一声鳴こうとすると、
「立花さん」
「ひやああ!?」
柊が素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「そ、そんなに驚かなくても……」
「あ……う……西沢……?」
俺の五感すら欺いて、密かに接近を果たした西沢は、背景に花を咲かせた。
「美玲でいいよ」
「あ……う……」
柊が見事にもにょる。さすがミス・チキンの称号を与えられかねない程の腰抜けだ。
「何の用?」
「……うん、あの、ね。お昼ご飯、みんなと一緒に食べないかな、と思って誘いに来たんだけど……」
お? おおおおおお?
なに? ミッションクリア? こんなに簡単にぼっち飯脱出しちゃうの?
さすが西沢、いい女だぜ! 手は出さないけど! 出したくないと言いえば嘘になるけど! 特に柊と比べたときの胸のボリュームとか! 何言っちゃってるの俺?
西沢は続ける。
「……それで、立花さんのところを少し探してたんだけどさ……」
ん? 何か風向きが……?
「同じクラスの槻谷……あいつと、立花さん、何かあるの……?」
キョドっていた柊の目つきがにわかに鋭くなる。
「だったら?」
西沢はその視線を受けると、俯いて、胸に片手の拳を当てた。
お? お? 何、この展開?
「見ちゃったの。立花さんをご飯に誘おうとしたら、槻谷にハンカチ渡してるとこ。それで、誘いづらくなって……」
ノオオオオオオオオ!
槻谷! なんでお前あんなところで虐められてたんだよ?
柊が俺を探しに来なければ! 槻谷に俺が足止めされていなければ!
それで万事解決、ミッションコンプリートしてたじゃねえか!
い、いや、今からでも遅くない。柊、西沢の好意を受けて、ぼっち飯から脱出だ!
いけ!
「……だから、それが、何?」
柊は更に声を低めて、明らかに西沢を威圧する。
まてええ!
柊、なんでお前、本性はチキンなのに、そんなにとんがっちゃうわけ?
ツンデレなの? ギャップ萌を密かに家訓にしたりしてるの?
「槻谷と付き合ってると……立花さんまでハブられちゃうから……ちょっと、忠告っていうか、何ていうか……」
言いづらそうに、西沢は言葉を紡ぐ。
うん、いじめられている奴より、今は生暖かい友情大事。
西沢の忠告受け入れ、「人間関係って難しいよね!」の一言で見て見ぬふり決めて、一緒に飯をかっ喰らえ。行け、柊! お前はやれば出来る子だ!
「ウザ……」
「…………ッ!」
柊は両腕を組むと、ふん、と鼻を鳴らし、冷ややかに西沢を睨めつけた。
「そういうの、私好きじゃないから。それに、そんなヤツに哀れみで誘われても、全然嬉しくないし」
「そ、そんなんじゃ……!」
……ない、と言いかけたのだろうか?
西沢は罪悪感と羞恥に震えるように下を見た。
柊はそんな西沢を一瞥すると、傍らを通り過ぎていった。
柊よ、ぼっち飯スポットを去っていって、お前は今日はどこで飯を食うつもりなんだ?
ぼっち飯、悲しいだろ?
……まあ、社会人になったら、ぼっち飯なんて当たり前なわけだが。
さらに言うと社畜にはそもそも飯を食う時間が充分に与えられていないまであるわけだが。
「ぬあー」
俺は思わず天を仰ぎ、運命の理不尽を呪った。
リミットまでのカウントダウンが再び始まる。
柊をぼっち飯から解放する期限は、あと七日以内だ。