10 ハッピーエンドはいつのこと?
『明智よ……明智よ……』
「む、出やがったな、神! さあ、試練とやらを乗り越えたぞ。さっさと人間の体に戻しやがれ!」
『しかし、嫌だ』
「なんでだよ! 約束が違うだろ?」
『「第一ミッション」と言っておいたはずだが?』
「そ、それは……こんなことがあと何回も続くのか……?」
『いや、それほど多くない』
「本当か? あと何回くらいなんだ?」
『内緒』
「だから、なんで内緒なんだよ! 不条理すぎんだろ!?」
『まあ、次回は人間の身体に戻してやらんこともない』
「人間の身体に? 俺の身体は今どうなってるんだ? 本当に無事なのか? 会社はどうなっている?」
『刮目して次回を待て』
「一昔前の漫画雑誌の煽りみたいな語句を入れてきやがったな! そう来ると思ってたわ!」
『「第二ミッション」があるまでは、猫のまま正座待機』
「またそれかよ。だいたい、猫は正座できいないっつーの。……俺まで論点がずれてきてしまったよ、畜生」
『ときに』
「む?」
『柊可愛いだろ、柊』
「またそれか! 知らねぇよ、あんなチキンのガキのことなんか」
『どこが好きになったの?』
「だから、違う!」
『どんなときに、ドキドキしてくれたの……かな……?』
「なんか、どんどん乙女になっていく? でも、質問内容、面倒くさい女のそれだからね?」
『もう、ゴールしてもいいよね……?』
「古い上にそれ死亡フラグだから! あといろいろ権利関係とかやばいやつだからね? 自重しような?」
『では明智、また会おう』
「あ~もう、お前ってやつは……」
神との対話が終わり、再び俺は猫の体のまま、現実へと戻った。
まったく、こんな神経と魂を擦り切られる『試練』とやらが何回も続くのか。
それほど多くはないような事を言っていたが、あの神、信用できないし。
俺の中の信仰は死に絶えた。
まあ、あの社畜になった時点で、まるっきり信用しなくなったんだけど。
それにしても神め、適当な事ばかり言いやがって。
俺の心があの根性無し女になびくとでも?
まあ、顔は可愛い。それは素直に認めよう。
残念な胸は発展途上として、スタイルも悪くない。
……だが、性格がなあ……これだけ間近で見ていると、どうにも煮え切らない性格で、こちらとしてはどうしてもイライラしてしまう。
まして相手はJK。俺、アラサー。
ちゃんと理性の一線は引きましょうね。
まかり間違えて少女の魅力に溺れて人生棒に振るのだけは勘弁。
俺の倫理観は鉄よりも硬い! ……はずだから。
――ふと。
俺は、神の言った『柊にドキドキした瞬間』を思い出していた。
いや、まあ、ドキドキとは違うんだけど。
さっき、柊が登校するときにこちらを振り返って言った言葉。
音として感知こそできなかったが、その唇がなぞった言葉は、明明白白だった。
柊はこういったのだ。
『ありがとう』
単純な感謝の言葉。
だがその時、俺は重ねてきた苦労が少しだけ報われた気がした。
社畜として、使い捨ての道具として、酷使され、ぞんざいに扱われる日々。
そんな生活の中で、忘れ去っていた、その言葉は、紛れもなくキラキラと輝いていて。
そんな言葉をかけてくれた柊をほんの少し愛おしく思い、心から――ほんの少しだけど、純粋に応援したいと思った。
まあ、しかし。
猫になったことも、すべてがすべて、ダメダメというわけではないのかもしれない。
俺は努めて自分に言い聞かせる。どんな苦境においても、希望という名の妥協を導き出す社畜精神、尊いです。
しかしなあ……。
はあ……。
俺は肺に溜め込んだため息をつく。
まあ、とりあえずは、次の試練とやらを待ちましょうかね。
再び、柊の口から『ありがとう』を聞くことを期待している自分を自覚しながら、俺は柊の部屋のクッションの上で丸くなった。