転校生からの贈り物
ある日の夕食の団欒のときのことです。
中学生の一人娘が転校生と友達になったと満面の笑顔で話しました。
娘は内向的な性格で、唯一の友はピアノでした。
そんな娘が、その転校生とは初対面で心をわかり合えたと言うのです。
不思議なことではありますが、とにかく私も妻も安心しました。
さらに娘は転校生から風変わりな贈り物までもらっていました。
古い映画のビデオです。
『ノストラダムスの大予言』
私は就寝前に、その映画のことが気になり、ネットで調べたら奇妙なことがわかりました。
その映画は現代社会の終末を描くショッキングな内容のため発禁版となり、今では誰も観ることができないはず。
それを居間にいる娘に教えようと二階から降りて行くと、娘は一人暗い部屋で食い入るように、その映画を観ていました…
翌朝、私は微熱があり体調がすぐれませんでしたが、その日は重要な会議があるため薬を飲んで出勤しました。
会議は予定どおり午後から10階の会議室で始まりましたが、高熱で朦朧とする私は窓の外を眺めているだけでした。
そのとき気づいたのです。
手前のビルの屋上の縁に一人の少女が立ち、私をじっと見つめていることに。
とっ!次の瞬間、少女はゆっくりと前に歩き出し、大気に身をまかせるように身を投げたのです。
まるでフィギュアが空中でワルツを踊っているようでした。
私は、そこで気を失ったのです。
私が社内の診療室で目を覚ますと隣に妻がいました。
会社から連絡を受け、車で迎えに来てくれたのです。
妻に少女の飛び降り自殺の件を話しましたが妻は、そんな事件は起こってないし、私が急に奇声をあげて倒れたと会社の人達から聞いていると言うのです。
どうやら高熱と薬の影響で幻覚を観たようです。
妻の運転する車に乗り帰途につきました。
車の助手席で堤防道路の風にあたっていると気分が楽になり、車窓から見える堤防沿いの広場にはサッカーをする少年たちや、犬を散歩させてる人たちが見えました。
その夕暮れ時の、のどかで、どこか哀しい情景は、まるで「モネの絵画」のように幻影的なものでした。
ただ過ぎゆくだけの何げない日常が幸福なんだ…
そのとき異様なほど美しい夕陽に気づいたのです。
私と妻は車から降り、その夕陽を眺めました。
しかし、それは夕陽ではなく巨大な火の玉だったのです。
その巨大な炎の球体はさらに膨張し閃光とともに炸裂し世界を飲み込みました。
私の意識が戻ったとき「モネの絵画」は「地獄絵図」と化し、焼却された世界の光景に私は茫然自失となり、原爆でも落ちたのかと思いました。
そのとき妻がいないことに気づいたのです。
しかし何故か、妻は娘と一緒に無事で家にいるような気がして、私は家に向かって歩き出したのです。
道中には異臭が漂い、赤茶色に焼けた車や、黒い木炭のような遺体が散乱し、焦土と化した街には生温かい風が吹き荒れてました。
やがて漆黒の闇夜に蛍のような明かりを灯す我が家が見えてきました。
不思議に家屋の被害がありません。
ドアを開け家に入ると、そこには意外な光景がありました。
そこにあったのは日常です。
妻はいつもの笑顔で、お帰りなさい…
と言い、私が娘の居場所を尋ねると
あの子は転校してきた友達と一緒に自分の部屋で遊んでいるの…
と答えました。
そのとき娘の部屋からモーツアルトの幻想曲が聴こえたのです。
私は娘の部屋に向かいました。
部屋に私の娘はおらず、一人の少女が娘のピアノを弾いてました。
少女に、君は誰なの?
と尋ねると少女は、
あなたたちの友達…
と答えました。
もう一度聞く、君は誰なの?
あなたたちの希望…
君が世界を焼いたの?
そう…
なぜ希望が世界を焼くの?
あなたたちが望んだから…
世界は死んだの?
光が影を消しただけ…
あの少女はなぜ飛び降りたの?
自分の世界で踊りたかったから…
私の娘はどこにいるの?
どこにもいない…
娘は生きているの?
あの子に生はない…
では死んだの?
あの子に死はない…
どういうこと?
あの子はフィギュアなの…
娘は今何してるの?
ワルツを踊ってる…
もう私は娘にあえないの?
いいえ、あえる…
どうしたらあえるの?
光を消せば…
私は少女に近づき、彼女の細い首に両手を添えて力を込めると、やがて少女は息絶え、そのあどけない唇から血の混ざった唾液がわずかにこぼれました。
あゝそして遂に気づいたのです…
私が殺した少女が自分の娘であることに。
全身がガタガタ震え、嘔吐しました。
私は冷たくなった娘の細いからだを抱き締め、血の涙を流したのです。
そこで夢から覚めました。
小鳥たちのさえずりと、娘のピアノが聞こえる暖かい休日の正午でした。
妻と娘の声がします。
ピアノばかり弾いてないで、たまには友達と一緒に遊んだら…
あたしはピアノが楽しいの
お母さんの意見を押しつけないで!
いつもどおりの日常の風景に私の心が幸福で満たされました。
終わり