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〜女装ヒーローの英雄譚〜

 始まりは何気なくある日常の中で起こった。

 なんとなくつまらない人生を送っていた彼は、ただ刺激が欲しかったのかもしれない。あるいはいっぱしのティーンエイジャーのごとく、自分の持つ可能性や潜在能力とやらを信じてみたくなったのかもしれない。

 ともかく詳細は不明だが、彼こと花山薫(はなやまかおる)が下校時の通学路を日頃よりも注意深く見ていたのは事実だろう。だから、午後四時台の穏やかな商店街を駆けてゆく少女と、それを追いかける黒服の男たちを発見したのは偶然であり必然でもあった。

 薫は自分の身体能力を棚に上げて、少年漫画のヒーローのように少女を助けて悪をくじく妄想をしてしまっていた。現実の人間にはなんの能力も存在せず、ましてや一高校生にできることなどたかが知れているというのに。だから、この場合において薫が取るべき行動は警察に通報するなど他にも色々あった。

 しかしながら、失態を犯した薫をどうして誰が責められようか。

 犬も歩けば棒に当たり、少女がパンを加えれば少年と出会い、少年は事件に首を突っ込む。そんな時代なのだから。

 ともかくそんな薫が少女と黒服を追いかけ、商店街を抜けて突き当たりを右に、そしてその突き当たりを左に、とジグザグに町内を駆け抜け、ついに薫の平凡な体力も尽きかけた頃、いかにもな路地裏に少女と黒服がこれまたいかにもなポジショニングで突っ立っていた。

「これ以上わたくしにつきまとうのはやめて下さる?」

 少女の凜とした声が狭い路地裏を抜けていく。

 もちろん、近くのブロック塀に手をついて荒い息を整えていた薫にも聞こえていた。だが、それだけで十分だった。少女が得体の知れない連中に囲まれていて、嫌がっている。ただそれだけで薫が助ける動機になり得た。相手にナメられないように背筋をピンと張り、なるべくドスのある低い声を出そうとしてーーー。

「やめ、ゲフンゴホンガフン!」

 ーーーなるたる失態。やはり薫には荷が重すぎたようだった。合わないことをするべきではない。先ほどまで全力疾走をして、喉に痰でも詰まっていたのだろう。

 しまった、と薫が口を押さえたときにはもう遅い。少女と黒服たちは一度睨み合いをやめ、突然現れた闖入者の方を向いた。どうやら少女の眼差しは薫を「救世主」としてではなく、「奇妙な人」あるいは「酔狂な人」とでもいうように一歩引いたものであった。

 そんな眼差しを向けられたから、というわけでもないだろうが薫は先ほどまでの威勢を失い、姿勢も元の猫背に戻り、その歳の男子にしてはやや高めな声でこう懇願した。

「え、えへへ。その女の子、困っているじゃないですか。だから僕に免じて解放してやってくれませんかね」

 ごますりまでもして「僕に免じて」もなにもない。

 そんな薫を見つめていた少女と黒服たちは、ついに相手にしないことを決めたらしい。再び向き合って睨み合った。

「幾度となく言ってますけれど、わたくしがアレを引き継ぐことはありえません」

「し、しかしお嬢。あなたほどの適合者を差し置いて他の者に引き継がせるわけには………」

 どうやら彼女らは知り合いのようだった。拉致だとか誘拐ではなかったことに安堵しつつ、薫は完全に黙殺されているこの状況をとても居心地悪く感じていた。

 もう帰ろうか、とお邪魔にならないようにそろりそろりと抜き足差し足でその場からフェードアウトしようとしていると、

「嫌だと言っているでしょう!?」

 少女の金切り声が耳に突き刺さった。薫はゆっくりと振り返り、そしてある物を見た。

 黒服の一人がスーツの内側から取り出そうとしたもの、それが薄暗い中でキラリと光った気がしたのだ。薫は悟った、これはハジキーーー拳銃だ。秘密を知り、そしてそれを断った少女を組織は決して許さない。少女は消されようとしている、と。

 よくよく考えれば部外者である薫が乗り込んで、彼が未だ黙殺されている状況でそんなことが起こるはずもないのだが、このような状況でそれを彼が認識できたはずがない。

「やっ、やめろぉぉお!」

 情けない声を上げ、へっぴり腰のおよそヒーローとは程遠い姿で、それでも少女を助けようと走り、手を伸ばす。黒服が内ポケットから光る結晶を取り出したのはちょうどその瞬間だった。

「へっ?」

 薫は彼が思い描いていた、黒光りする重厚なフォルムの拳銃とは全く違った宝石のような透明な結晶を見て、間の抜けた声を上げてしまった。が、彼は止まれない。車は急には止まれず、少年を突き動かす情動もまたすぐには止まらないものなのである。薫がその結晶に触れた瞬間、薄暗い路地裏をまばゆい光が包み込んだ。

「「「うっ!」」」

 薫はもちろん、すぐ近くにいた少女と黒服たちも突如として発生した光のあまりの眩しさに思わず目を(つむ)った。……黒服たちはサングラスをしていたので目を瞑る必要などなかったのだが。

 そうして光に目が慣れた頃、薫が(まぶた)(しばた)きながら目を開けると、なにやら少女と黒服たちがテレビに出てくる美人女優を見る目で彼を見ていた。

 それと同時に薫自身も自分の身に起こった変化を(おぼろ)げに感じ取っていた。普段から年頃の男子よりも長かった髪がさらに伸びて肩までかかり、たいした胸筋もなく薄っぺらい胸板がふっくらとして流線型のフォルムを描き、(へそ)より下、太ももより上に位置していた男性を象徴するものがそっくりそのままなくなっていた。

 それより何より先ほどまで着ていた、シャツの上にネクタイを締め、その上に某有名高校のエンブレムがついたブレザーを羽織っていた制服姿とは一転し、まるで良家のお嬢様のようにひらひらとしたレースの純白のドレスを(まと)い、いささか華美すぎるともいえるティアラを髪に差していた。

「き、綺麗……」

 目の前の少女が思わずといった様子で(ほお)を紅潮させて、うっとりと呟いた。

「ぼっ、僕…女の子になってるぅぅぅぅぅう!?」

 薫の受難はこの時より始まった。


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