二股裁判
これは百合作品です。閲覧する際にはご注意ください
これもお題を与えられて書いた作品になります
お題は「学級裁判」です
これは小百合女学院高等部のある春の放課後のお話である。普段の放課後であれば音楽室などの教室を除けば、どの教室にも殆ど人はいない。ただ、今日は一年二組の教室が例外的に人が多く集まっていた。それもそのはず。一年二組の教室の机はまるで裁判所の法廷のように並べられており、今にも裁判のような何かが始まりそうな雰囲気だからだ。
「えっと、これはなにかな? 茉莉ちゃん」
証言台の位置に立たされている詩乃は困惑する感情を隠すように軽く笑っている。それが気に食わないのか裁判長席の位置に座っている茉莉は詩乃を凝視していた。
「裁判なの! 詩乃ちゃんの最近の行動が怪しいから二股かけてないか確かめてやるの!」
「でも裁判は普通二人じゃなくて検察とか弁護人がいるよ」
茶化すように詩乃は言った。その言葉に傍聴席側にいるクラスメイト達は大笑いしていた。
「うるさいの! とにかくやるといったらやるの!」
茉莉は怒鳴りつけると笑い声が一瞬で止んだ。そして詩乃を睨みつけていた。一方で詩乃の方は軽く受け流すようにはいはいと返事をした。
「それでは裁判を始めます。まず、被告人の詩乃は私の親友の奏音と二股関係にあると強く疑われています。これについて被告人はお答えください」
茉莉がルーズリーフを見ながらたどたどしく言うと、詩乃はまるでそこにマイクがあるかのように両手を机に付けて前かがみになった。
「えーっと裁判長でいいのかな。裁判長、私はそれは間違いだとだと主張します。確かに最近は茉莉よりも奏音と多く会っていたのは事実なんだけど、それは決して付き合うためではありません。そして私は茉莉のことを愛している。そんな私が二股なんてするはずがない。彼女がこういっているのに、茉莉はそれを信じないのかしら? 茉莉はそんな子じゃないと思うけど。まあ私からは以上です。どうぞ」
この雰囲気になれないのか、少し笑いながら詩乃は答えた。するとまた茉莉は詩乃を睨み付けていた。
「それはあり得ないの! だって私見たの。昨日、詩乃と奏音がキスしてるとこ」
そう言うと、茉莉は詩乃に近づきながらバッグの中からおもむろにスマートフォンを取り出す。そして、そのシーンを映し出した写真を突き出すように見せていた。その写真は完璧に、詩乃と奏音がキスを交わしているところを捉えていた。
「あっ……。これはえーっと、その」
流石に不味いと思ったのか詩乃は焦り出した。その様子に傍聴席がざわつき始める。その一方で茉莉はなぜか悲しげな表情を見せていた。
「私知ってるの。詩乃は軽い気持ちでキスなんかしないって。だから付き合い始めて三カ月たつけど、今までキスはしたことなかったわけだし。そして昨日見た時に思ったの。実は私よりも本当は奏音と先に付き合ってたんじゃないかなあって。だからキスしてくれなかったのかなあって」
「えっと、茉莉さん? 少し私のお話を――」
詩乃は何かを茉莉に言おうとするが茉莉はそれを遮った。
「ううん。いいの。さっきまでの怒りはもう収まったの。だから、これからは私とじゃなくて奏音と仲良くしてね。私からなんとか言っておくから。奏音と幸せにね」
「茉莉……、私も話したいことが――」
「今までありがとう、詩乃。楽しかったよ」
茉莉は涙を浮かべながら強く詩乃を抱きしめた。
「茉莉。私からも一言いいかな」
「うん。なんでもいいよ」
茉莉がそう言うと、詩乃は優しく茉莉の手を解いてあげた。
「じゃあ後ろを見てごらん」
詩乃に言われて茉莉は後ろを振り返る。振り返った先にいたのはなんと奏音だったのだ。
「か、奏音?! な、なんでこんなところに?」
「ごめんなさい茉莉! 全部私のせいなの」
奏音は深々と頭を下げた。それを見た茉莉は頭の整理が追いつかないのかあたふたしていた。
「えっと、どういことなの?」
「私と詩乃は付き合っていないの。さっきのあれは私が扇動しただけだから、詩乃は悪くないの」
奏音はそう言うと、昨日のキスシーンのことについて詳細に説明し始めた。
「えっと、つまりあれは詩乃のためのキスの練習ってことなの?」
ようやく話を理解できた茉莉は奏音に問いかけた。
「うん。そういう事よ。詩乃はやめておこうって言ったんだけど……本当にごめん!」
奏音はまた茉莉に頭を下げた。話を要約するとこうだ。詩乃と奏音は買い物に出かけていた。その帰りにカフェに寄って雑談をしていた時に、キスのことが話題に上がったのだ。その時に詩乃が未経験者だと奏音に告げると、奏音がキスの練習を強要したのだ。詩乃は断るつもりでいたが、茉莉のことを奏音に言われて仕方がなくキスをすることになったのだ。そしてそこに偶然出くわしてしまった茉莉がその様子を写真に収めた。これがキス写真の真相だ。
「もーっ! 奏音のせいで詩乃とやらなくていい喧嘩しちゃったじゃないの!」
「ほ、本当にごめん! これについてはまた後で償させてもらうから。それで許して」
仏壇に祈るような姿勢で謝る奏音に対し、茉莉は腕組しながら黙り込んでいたが、しばらくして口を開いた。
「奏音だから許してあげる。でも次は絶対に許さないの」
「本当にごめん。もう二度としないから」
「だけどそういう意味じゃないならなんで二人だけで買い物にいったの?」
確かにキスの謎は解明されたが、二人だけで出かけていた理由は語られていなった。すると、詩乃がしゃべり出した。
「茉莉。今日なんの日か憶えてる?」
「えーっと、三カ月記念日は先週だったから、雑誌の発売日だったっけ?」
茉莉が呑気そうに答えると、詩乃は少しバランスを崩して倒れそうになりかけた。
「そんな小さな理由で二人だけで買い物に出るわけないでしょうが。じゃあ答えを言うよ。答えは、これだよ」
詩乃が指をパチンと鳴らすと、傍聴席の位置にいたクラスメイト達がクラッカーを取り出した。
「まーりちゃん! 誕生日おめでとう!!」
クラッカーの爆発音が教室中に鳴り響いた。そう、この日は茉莉の誕生日だったのだ。
「あ、そうだった。私すっかり忘れてたの」
「ハハハ。茉莉らしいといえば茉莉らしいわ。まあでも誕生日おめでとう、茉莉。これ、私からのプレゼント」
詩乃は桜色の包装紙でラッピングされた長方形の箱を渡した。
「ありがとうなの。中身は何?」
茉莉が訪ねてみると、詩乃は開けてごらんと返した。そう言われると、茉莉は丁寧に包装紙を剥がした。すると中から出てきたのは腕時計だった。カラーベルトは薄いピンク色で時計の丸いフレームは金色などでコーティングされており、あきらかに高そうなモデルではあった。
「時計が壊れたって二か月前に言ってたから時計にしたんだけどどうだった?」
「す、すごいの! これ絶対高かったよね?!」
「メチャクチャ高かったよ。だけど茉莉のためのプレゼントだから手抜きはできなかったから色々なバイトやってお金を貯めてたんだ。奏音にはいいバイト先をいくつも紹介してもらったし、この時計を勧めてくれたのも奏音なんだ。だから奏音にはすっごく感謝してる。ありがとうね奏音」
詩乃が奏音に向かってお礼を言うと、奏音は控えめに頭を下げた。
「ごめんね茉莉。茉莉に寂しい想いをさせちゃって。けどもうこれからは二人でいれるから安心して」
詩乃はギュッと優しく茉莉を抱きしめた。茉莉はまた目から涙を浮かべていた。
「あと本当はこうなる予定じゃなかったんだけど、どこかの誰かさんが茉莉に色々と変なこと吹き込んでくれた人がいたせいで裁判とかいうあほらしいことになっちゃったんだよねえ。誰だろうねえ」
詩乃が皮肉を込めた風に言うとクラスメイト達は二人から目線を外した。どうやらクラスメイト全員が茉莉に吹き込んでいた犯人だったらしい。
「まあいいや。これで茉莉も安心してくれたでしょ」
「……キス」
茉莉はポツリと呟いた。
「茉莉。今なんって言った?」
「キスして欲しいの。私を心配させたんだし、練習までしたんだから私にキスして欲しいの」
茉莉が上目遣いをしながら甘えるように詩乃を見つめている。詩乃は少し顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた
「き、キスって。そんなここでするなんてちょっと恥ずかしいよ」
「今日は私の誕生日なの。だから、して欲しいの」
今度は目に涙を含ませながら訴えかけてきた。こうなると茉莉は引かない。詩乃は諦めてキスをすることにした。
「茉莉。初めてだから下手かもしれないけど、笑わないでよ」
「うん。わかったの」
茉莉は受け入れる態勢に入った。それを見たクラスメイト達がざわつき始めた。普段の詩乃ならばここで恥ずかしがってやめていただろう。だが、詩乃はそんなことを一切気にすることなく茉莉と唇を重ねた。
そして詩乃と茉莉は二人だけの世界で愛と幸せに包まれていた。
Fin
これは中々苦労しました。二、三時間くらいかかったんじゃないかなと思います。かかった理由はテーマから何を連想するかというところですね。ここだけで一時間は消費したと思います。
で、反応はと言うと何もありません。思ってたのと違っていたのか単純に面白くなかったか。
後者でしょうね