依頼
「何の依頼を請けます?」
ギルドに到着したアディンたちは依頼書の貼られている掲示板と睨めっこしていた。魔境を探索する前に依頼という形式でギルドに申請する正式な手続きと義務がある。
魔境に潜る際、目的開示の必要がある。
危険行為や犯罪の抑制といった意味が含められている。
魔境で起きる出来事はどんな些細なことであろうとも目を光らせているのがギルドだ。
そこで必要とされる探索活動の名目を果たすのが依頼書の貼り紙だ。
これを受付に通すことで探索者がどんな目的で、どの期間、魔境に潜るのかをギルドは把握している。
依頼と矛盾する内容が発覚した場合、あらぬ疑いやギルドの信用を失うことに繋がるので、いい加減な選び方はできない。
掲示板自体に有益な情報が掲載されている。ギルドに来たら目を通しておくのが流儀だ。
アディンは良い条件を探しながら貼り紙に目を通していく。
「折角実力者がいるんだ。それなりの難易度のものを請けたい。だが連携には不安があるし、実力不足の俺がいる。採取系の依頼を請けようと思うが意見はあるか?」
「いえ、私に意見はありません。マスターの方が考えるのに向いていますので方針はお委せします」
「そりゃあこっちとしては命懸かってるから慎重にもなるよ。これなんかどうだ、魔鉱石の採取。深く潜ればそれなりに良いものが割りと見つかるから、お手頃だしモノによってはいい収入になる」
貼り紙から選んだ物をミストラルに見せる。
アディンは魔導技師、それなりに目端が利く。
高額で取引される品を見分ける真贋には自信があった。
「私に異論はありせん。道中の魔獣や魔物に関してはおまかせください」
「出ないことに越したことないけどな。その時は頼りにしている」
「はい。頑張ります!」
仕方なしとはいえ、年下の女の子に守られるのは男として素直に喜べない。
絶対に足を引っ張らないとアディンは決意する。
「潜る場所はラヴィウェストが保有するゲートだ」
ラヴィウエスト魔境特区。
特区に指定されている魔境区域は、ゲートと呼ばれる巨大隔壁で封鎖されている。
人や危険生物の移動を制限し、防衛している。
魔境は、魔素の影響で土地そのものが変質したものである。稀有な鉱物、貴重な資源、珍しい植物が手に入る、そこは探索者が戦利品を求めて冒険する舞台だ。
無論、良いことづくめばかりの場所ではない。
見返り相応のリスクが潜む。
魔獣や魔物といった危険生物。
魔素の濃い場所は魔獣にとっての最適の環境といえる。
魔獣は獰猛であり、魔物は問答無用に人間を襲う。
それら脅威を退け、魔境に挑むのが探索者の生業だ。
「どの辺りまで移動しますかマスター?」
ラヴィウエストのゲートはギルドで管理された森林地帯の魔境区域だ。
魔素の濃度によりAからDまでエリアが分類される。
危険度はDが低くでAが最も危険だ。更に危険な領域には、深域エリアと呼ばれる魔物の巣窟が存在する。
「エリアBまで潜る。日帰りできる距離で出現する魔獣も対応できるレベルだ」
「しかし森林で鉱物なんて採れるものなんですか」
「川沿いに近くに鉱脈があってなそこから採掘できる。エリアBともなれば採掘に適した場所もあるだろう。そこがポイントだな。そうでなくても魔境は異界化の影響で資源が枯渇しにくいから問題ない。ミストラルはこういう採掘系の依頼ははじめてか?」
「そうですね。今まで任務は討伐系ばかりでした。カンパニーから割り当てられたものなので支援体制は常に万全でした。目標の動向には監視がついていますし、行動は常にグループ単位、指揮や役割分担などもはっきりしていたので存分に戦闘に集中できました」
「そっかミストラルはカンパニー直属だったな。依頼ではなく任務か......しかし、討伐任務に戦力投入だけだとなると、事前調査や作戦はお膳立てされている訳か。さすがだな」
「その、なんだか申し訳ないです」
「っと、なんだか皮肉っぽくなって悪かったな。別に非難するつもりじゃないんだ。そもそも依頼と任務じゃ、引き受けるリスクが同じだとおかしいだろ。依頼は自主的なものだが任務は半ば強制的なものだ。支援されて当然だ。だから気にすることない」
「クスクス。マスターはお人好しですね」
「ウッ、マスターって呼ぶなミストラル。俺は別にお人好しなんかじゃない」
「ではそういうことにしておきますマスター」
顔を合わせずらくなりアディンは前だけを見て歩いた。
「ピッケルをお一つしかお持ちしていませんが私の分も用意すべきだったのでは?」
荷物を用意したのはアディンだ。持ち物に疑問を持ったミストラルが疑問を投げ掛ける。
「採掘中も背中から魔獣が襲いかかる危険性がある。ピッケルを使って採掘する役と警戒しいつでも戦闘できる役で二分されるから一つだけでも十分だ」
「それでも荷物多いですね。私も何か準備すべきではなかったのではないのですか?」
「いや、先の会話でも思ったがミストラルは魔境で必要な荷造りに不慣れだろう?ギルドは魔境の管理も兼ねているから持ち込みが厳しいんだ。理由は知っているか?」
「ええっと。検査のことは知っていますが、理由まではよくわからないです。お察しの通り任務活動で、私が荷造りを担当したことはないので。大抵必需品は支給されてます。そういえば魔境で認可された物以外を持ち込むことが禁止されてましたね。何故ですかマスター?」
「魔獣は人工物を嫌う。特に自然界にない物質の臭いが駄目らしい。そうした物を魔境に持ち込み、魔獣を刺激するとどうなると思う?」
「気性が荒くなるとかですか?あるいは逃げ出したりとか」
「正解だ。興奮して凶暴性が増したり、または無秩序に逃げ出す魔獣もいる。前者も危険だが後者の方も大きな問題だ。興奮した状態ので人界に飛び出した魔獣が大きな被害を及ぼす危険は枚挙に暇がない」
「でも人界に魔獣は滅多に現れないのでは?」
「そうだな、だからこそ滅多にあってはならない。魔獣は魔力が濃い魔境から出てくることは少ないし、人界を避けている。だから魔獣を無闇に刺激して暴れたり飛び出すのを防ぐ為に、魔境に持ち込みするものは厳選される。特定のモノを持ち込み禁止というより、許可したモノしか持ち込めないというのが正しいな」
「魔境に銃器などの通常兵器が持ち出されないのはそのせいですか?」
「ああ、過去に悲惨な前例があるからな。通常兵器の投入で刺激された魔獣たちが、領域を飛び出し大群となって押し寄せ、国を滅ぼした実例もある。魔獣の群を相手に効果は低く、しかも災害級の魔獣まで現れたとなってしまっては、なす術ない」
「現在のリクラグナ大陸は平和ですが、戦争に関する規定は多いと聞きます。それにも関わっていたのですね」
人間同士で使われる兵器の類いは魔獣や魔物の災害を前に無力だった。
改めて人類は思い知らされた。魔獣の恐ろしさを。人がわきまえるべき己の領分を。
「お互いの生存領域を棲み分けてるだけで、人類はこの世界の支配者ではないからな。陸、海、空その全てに人の侵入を許されない領域が存在する。それらは魔界と呼ばれ、人、船、飛空挺はそこを避けるしかない」
人類未踏の地、或いは禁足地、魔界。
陸はもちろん、空には空の魔獣が、海には海の魔獣が、それぞれの領域を支配している。
襲われるリスクを考えるとなると、どの通行手段でも行路を避ける選択しか残されていない。
「だからといって人類はやられっ放しじゃない。魔法が使えない人類だって対策は取れる」
「対策ですか? 魔法使いならわかりますが、一般人にとって魔獣は脅威でしかないのでは?」
「それなら俺みたいな一般人は魔境に入る探索者にはなれないだろ。......魔法の代用となる魔術を武器に応用した魔装具がある限りこっちも無力ではない」
「魔装具ですか。私たち魔剣使いには馴染みがないものです。マスターはどういった魔装具をお使いになられるのですか」
「俺の武器はこれだ。ボウガン」
肩にかけた魔装具を見えるように傾けた。
見た目、銃器の印象が強い魔装具は真っ白な直方体をしており、弾も矢ではなく特殊な弾丸を射ち出す武装である。
それでもボウガンと呼ばれるのには理由がある。
「マスターのそのボウガンよく検査に引っ掛からなかったですね」
「確かにボウガンと言い張るのはどうかと思うくらい見た目銃器だが歴としたボウガンの魔導器だ。ほら、検査済みだし認可されているだろう」
「ありますね。なんの印でしょうか」
「魔導技師協会の認可だ。これがあれば持ち込みは認められる。偽装なんて真似をしたら即処罰される重要なシンボルだ」
「銃器の持ち込み禁止されていましたよね。ボウガンは許されているのですか?」
「そうだ。ボウガンって呼び名も銃器取り締まりに対する体裁みたいなものだ。薬莢を使わない特殊な術式の射出機構になっている。そのメンテナンスを含めてコストが掛かりすぎるのがネックだが」
「それでもマスターはお使いになられるのですよね」
「これでも魔導技師の端くれだから自分でメンテナンスできるしな。それに後方支援できる武器の利便性は捨てがたい。ぶっちゃけお前たちのように魔獣と白兵戦できるほどの勇敢さは俺にはない」
「お前達?他の接近戦が得意な探索者のことですか」
「ああ、いやなんでもない。気にしないでくれ。本当は風の魔法の影響を受けそうだから、飛び道具は控えようかと悩んだんだ。でもこれしか使えそうになくてな」
「私の魔法がお邪魔でしたか......」
「だから一々落ち込むなって。もともと連携には不安要素があるし、射線を読むことに長けてない前衛に撃ち込むつもりはない。俺の護身用として持ってきたものだ。まあ、だからなるべく援護射撃なしにパパッと魔獣を倒してもらいたい。頼りにしてるぞ」
「任せてくださいマスター。私の魔剣がマスターに代わって敵を切り刻んでみせましょう」
「......扱いやすい、単純だな」
「何か言いました?」
「いや、何にも」
「でも意外でした。てっきり普段つけているその腕輪が魔導器なのかと思っていましたから」
「これは別用だ。なるべく使用したくない」
「......?」
「あっ、魔獣がいました」
「マッドラットか。よしっ」
泥のような土気色をした巨大なネズミの姿を確認する。
魔獣に属するだけあって鋭利な歯が覗いている。
「早速やりますか、初陣です」
張り切った様子でミストラルが伺いをたてる。
格上の実力者がこうも完全に判断を委ねるのも珍しいな、と感じる。
実力が必ずしも指揮能力に繋がらないが、現場だと実力者の意見が尊重されやすいものだ。
そうでなくとも指揮を委せるのは信頼関係が必要だ。
全幅信頼を寄せてくるミストラル。
少しはこっちの能力も疑えとアディンは思った。
ともかく今は目の前の魔獣だ。
「いや避けて通る」
勇み足のミストラルが思わぬ肩透かしをくらってガクッとした。
不満そうな顔を貼り付けて振り向く。
「マスター......出鼻を挫きましたよ」
「そんな顔するな。わざわざ相手するほど旨味ないだろあんなの。依頼に関係ないしさ」
「ですが、折角張り切っていましたのに」
「ドンマイ。また次の機会があるさ」
ミストラルを適当に励ます。
アディンにとって戦う機会は少ない方が好ましい。
探索に歩き回る疲労も馬鹿にできたものではない。採掘にかける体力を考えれば戦闘は避けて通った方がよかった。
「少し森が騒がしいですね」
「変だな。この辺りの魔獣はそこまで活発でない筈なんだが」
「この先は警戒して進みましょう」
「ああ、そうだな」
「丘が見えました。あそこがB深部の領域ですよね?」
「目的地はここらだ。この辺りに鉱脈があるはずだが」
「マスターあれでは?」
ミストラルが岩場の方向を指差す。風雨の影響で剥き出しになった地層から雑多な色合いの鉱物が覗かせていた。
「おっ、いいね。余り荒らされてない様子だ」
手付かずの採掘ポイントに心踊る。
人の手がついてないほどリターンも期待できる。
Bエリアとなると腕が立つ探索者しか来ないのか、気骨のいる地味な依頼を請ける者が少ないのかもしれない。
「俺は荷物下ろして採掘に専念する。ミストラルは周囲の警戒と荷物番を頼む」
「わかりました」
ピッケルを構えて鉱脈に立つ。
魔境や魔界の資源変化は激しい。
なんでもない石ころが魔力の篭った石に変化する事だって起きる。
一説には異界の影響を受けていることが関係しているらしいが詳しくは解明されていない。
アディンはピッケルを叩きつけると、あとは無心に掘り進めた。
「おおっ、これはいい触媒になるヤツだ。質も良さそうだしサイズも文句ない。こいつは高く売れるぞ。やべえ、ここ掘るの楽しい」
アディンが掘り始めて一時間もすれば十分な量の魔鉱石が手に入った。
めぼしい鉱石の数々についつい作業が捗り熱中して堀漁っていた。
「楽しそうで何よりです......」
発見がある度に嬉しそうな声を上げるアディンと正反対に閉口気味なミストラル。
斬った張ったがないと戦闘専門の探索者には退屈なのかもしれない。
「なんだよテンション低いな。見ろよこの魔鉱石の量。持って帰るにも、数を調整しないといけない程、大量に取れたぞ。種類も豊富で品質も文句なしだ」
「マスターはテンション高いですね。正直ここまで地味な探索は初めてです......」
「魔導器を扱う俺からすればテンション上がらずにはいられないさ。確かに戦闘専門のミストラルにはつまらないかもしれないな。よし、折角だ。魔鉱石の種類を幾つか講義しよう。この機会に興味を持て」
強引にアディンが講義を始めた。ミストラルの返事も構わず白い鉱石を一つ摘んで解説する。
「これは吸魔鉱石。触れたものの魔力を吸い取る性質を持つ。人から魔道具に魔力を送る媒体に使われる。試しに持ってみろ」
「ん、違和感はありますが、これといって魔力を吸い取られてる実感はありません」
「まあ、それ単体だとそれほど魔力を吸収する力はない。だからこれと組み合わせて使われるんだ」
「あっ、先程より違和感が強くなりました」
今度は青を濃くした魔鉱石を一緒にミストラルの手に乗せる。魔力が吸われる感覚を感じミストラルは感嘆を上げる。
「それは他の鉱石の性質を強く引き出してくれる増幅器の役割を持つ。だがその分、磨耗も激しくなるから、触媒としてはさじ加減が難しい。魔力調整に用途される」
「面白いですね」
「だろう? 他には魔力を蓄える蓄魔鉱石、魔法に変換するのに扱われる触媒や魔力伝導に優れたものなど多様な魔鉱石が存在する。魔境にある魔鉱石は高品質で人気が高い。人界では手に入れられない貴重なものばかりだ」
「流石はマスター。博識です」
「お前俺をヨイショし過ぎだろ。こんなのアカデミーでは基礎の基礎だ」
「そうなんですか? ですが私にとって知らないことを知っているマスターは物知りで聡明な方だと思いますよ」
「そういえばミストラルはどういう経緯でギルドに所属しているんだ?」
「魔剣使いは幼少の頃からギルドの施設に集められ、力のコントロールを学ぶことが多いそうです。強大な力は制御が難しくて危険ですから。私の場合、両親はいなかったのでとある人に保護されました。変わったお方でして、カンパニーとの関わりは薄いのはその人に育てられたからだと思います。ギルドに所属するのはその人の手回しと流れでいつの間にかって感じですね」
「すまない。余計な詮索をしたな」
「いえ。似たような境遇の魔剣使いは多いらしいので私が特別という訳ではありません。それになんだかんだでこうしてやっていけるので十分です」
「そうか。ミストラルは前向きだな」
それまで知ろうとしなかった少女の内面に触れて、アディンの胸には言いようがない感情が募る。
魔剣使いの事情を知ったのは最近で、それ以外のことも知らないものが多い。
今になって自分のことばかり考えていた事に気付き、気掛かりを覚えた。
「さすがにこれ以上持って帰るのは無理か。背嚢に纏めたら引き上げよう」
アディンが帰還を提案したのは随分と時間が経ってからのことだ。
休憩を挟みながらの作業も既に汗が滲むほど労力を使った。疲労で動けなくなるヘマをしたくないので切り上げ所だろう。
「了解です」
と頷いたミストラルが荷を集める。
「個人的に欲しい魔鉱石は取っておくか。提出するのは選別して数を揃えたものを渡せば問題ないし」
「取っておく魔鉱石はマスターがお使いになられるのですか?」
「おう。その分の俺の報酬は差し引いてくれ」
「構いませんよ私は。マスターは熱心ですね」
「性分みたいなもんだよ。研究好きな奴なんて他にもいる」
「他にもマスターみたいなお方がいらっしゃるのですか」
「ああ。......それより大概拾い終えた、すぐにでも引き上げよう」
「顔色が悪いですよマスター」
「心配ない。おっとこんな所まで散らばっていたか」
あまりにも順風満帆だったから気が緩んでいた。
そう自覚したのはすぐだ。
「......しまった」
ここは水辺に近い。
魔獣との遭遇率が高い場所だ。
そんな場所で発掘作業に集中していたらどうなるか。
答えは転がった魔鉱石の近くに存在していた。
「グガァッ」
すぐ側で息遣いを感じた。背筋が凍る。
恐る恐る顔を上げると、それは居た。
全体的に顔つきは細く鋭い牙を覗かせ、尖った耳が狡猾そうな印象を与える大猿の魔獣。
その体躯は屈んで直立した熊とタメを張る。
魔獣の中でも大型に分類されるサイズ。
死を連想させる強者の威圧感がアディンの身体を膠着させた。
「マスター危ないっ」
「ヤバ!」
不測の事態にから立ち直ったアディンは慌てて魔獣から飛び退いた。
即座に襲われはしなかったものの、魔獣は睨み付けながら緩慢な動きで道先を立ち塞いだ。
完全にこちらを捕捉して逃さないようにしている。
「おいおい、このタイミングで魔獣かよ......」
順調だった探索の帰り際、魔獣との遭遇。
覚悟しておくべき事態だが起こるといい気はしない。
偶発的急接近という元来回避したいケース。
奇襲されなかったことが不幸中の幸いだが、それでも準備や心構えが不十分だと不安が多い。
「マスターは下がってください。ここは私が」
頼もしい実力者の同伴の存在は心強い。
緊急時をものともしない猛者。
魔法使いを超越した魔剣使いの存在。
彼女がいるからこそアディンはここまで危険な領域に侵入することを躊躇わなかった。
「任せた。俺は後衛に徹する」
「はい」
「グオオオオオ!!」
魔猿が威嚇行動をとった。筋肉の膨れ具合が体毛の上からでも伝わる。
アディンは魔動機を構えるが即座に撃ち込めなかった。ミストラルが前に立っていたからだ。
「魔剣よ」
ミストラルが魔剣を呼び出す。
虚空から白銀の魔剣を呼び出すとその手に握り、周囲一帯の風を荒れさせる。
「折角の見せ場です。張り切らせて戴きます」
感触を確かめるように魔剣を振り払うと、空気が引き裂かれる気配が伝わった。
「グオオォォッ!」
魔猿が突進する。図体を活かした体当たり。厄介なのは小回り程度の動きでは逃げようがないことだ。激突するかのように叩き込まれた拳は、人間など枯れ枝のようにへし折ってしまいそうな膂力を発揮した。土埃が舞い、大地を揺らす。
そこにミストラルはいない。彼女は既に間合いから離れていた。
「グオ!グオ!」
空振りに腹をたてた魔猿が追撃を仕掛ける。
「無駄です」
またも一瞬の隙に距離を取ったミストラル。
そのカラクリは風を利用した高速移動。
瞬時の移動を可能にした風の機動力は、自在な間合いの移動で相手を翻弄している。
「はっ」
ミストラルは剣を薙いだ。
剣先から生じた衝撃波が、強風でも揺らぎそうにない巨体をいともたやすく弾き飛ばす。
「グオォォォォォ」
深緑魔猿が樹にぶつかり、停止する
すぐに起き上がるが動きに精細さはない。明らかにダメージを受けていた。
しかし興奮状態にあるのか、痛みを無視して突貫した。
両腕を広げ、抱き竦めるように突撃する。
ミストラルは真正面から受けて立った。
接触の直前、宙に跳躍する。
「終わりです」
頭上を越えた高さから魔剣が振り下ろされた。魔猿の身体が大きく傾く。ミストラルが地面に着地したのと同時に、距離を空けた。
その傍を音を立てて頭を割られた魔猿の巨体が倒れる。
「あっという間に仕留めやがった。これが魔剣使いの実力か」
戦慄すら覚える戦闘ぶりだ。
平然と楽に大型魔獣を撃退していた。すんなりと魔獣を仕留めるのは熟練の探索者ですら難しいことである。
そもそも力押しで通用するほど大型魔獣は弱くはない。普通、追い込むのに時間と手順を要する。脚を狙い機動力を削ぎ、体力を奪いゆっくり弱らせる。数時間にも渡ることだってあるのだ。それだけ魔獣の生命力は高い。
致命傷でもとどめを刺さない限り長時間活動し、深手も休息をとり回復しようとする。
大型魔獣を一撃で仕留めるのは難しい。頭部も毛皮や肉厚と堅牢な頭蓋骨で守られている。急所を狙ったところで大型魔獣を一撃で仕留められる探索者がどれだけ居ようか。
少なくともアディンは狙ってできるものではない。
「マスターご無事ですか」
「おう。出番なくて何もできなかったけどな」
「そんなことはありません」
「いいってお前の手柄だ。それにしてもどうしたものかな。殺して放置じゃ気分が悪いけど荷物も手一杯だ」
「そうですね。めぼしい素材はないので十分かと」
「肉や毛皮はそれなりに価値があるけどな、さすがに持って帰れないか」
「それにしても魔獣がこうも積極的に襲いかかってくるなんて珍しいですね」
「そうだな、でその珍しいものがお見えになったんだがどうする?」
アディンたちの視界にはワラワラと姿を現した魔獣たちが出現していた。