魔剣使いとパートナー
翌日、アディンは気まずさを感じながらも、待ち合わせの場所に向かった。その歩みはいつも以上に重い。
昨日は大人げない態度だったと自覚している。
抑えきれない感情、苛立ち、それが八つ当たりとなって発露されたのだ。
時間と共に冷静になると自分の不甲斐なさに情けなくなる。
それでも自分の感情ばかり優先していられない。
賭けでの約束の手前、逃げ出すわけにもいかないのだ。
アディンはギルド支部前へと足を運んだ。
大きめの建物が見えてくる。そこには既にミストラルは居合わせていた。
すぐにアディンに気付き、駆け寄ってくる。
「おはようございますマスター」
「おう、何度も言うがマスターって呼ぶなよや」
恒例となった、いつものやり取り。
屈託のない笑顔に迎えられ、緊張が和らぐ。
「慣れって恐いな」
うだうだと葛藤していた自分が馬鹿らしい。こうして顔合わせると安堵している自分がいる。
日常茶飯事となった光景。
マスターと呼ぶミストラルと、それを否定するアディン。
それが二人の通常運転だ。
「どうしたんですかマスター?」
「いや、なんでもない」
不思議そうに見上げてくるミストラルに取り繕う。
人間関係には気遣いや遠慮といったものが必要だ。
そんなものを必要としない、気安さを求めるのは贅沢なことかもしれない。
だが気が抜けてしまうくらい親しくなった距離を看過していいものだろうか?
そうならないよう気をつけてきた筈なのに。
「それより昨日の話をしよう」
弛んだ意識を切り替えアディンは本題を切り出す。
気を許し過ぎてはいけない。
今更、ミストラルが警戒すべき危険人物とは思っていない。
だが何者なのか。何故アディンに固執するのか。
理由や正体、わからないことだらけだ。
すべての事情を紐解くまでは油断できない。
「はい、わかっています。全てお話します」
「こんなところで話をするのもなんだ。取り敢えず場所を移してからにしよう」
「はい」
ミストラルの調子に普段と変わった様子はない。
自分に付き纏ってくる謎の少女。
魔剣使いという常識外の正体を隠し持ち、魔法使いを凌駕する力を持つ。
その背景はきっとアディンの想像を越えるだろう。
湧き出す不安を抑え、歩き出した。
喫茶店アルカイックに訪れる。
依頼の前に食事を摂るにも丁度いい。
アディンが馴れた様子で店に入り、ミストラルがそれに倣い続いた。
「今日は依頼でお前に世話になるだろうから、飯くらいは俺に奢らせてくれ」
興味深そうにメニューを眺めているミストラルに向かい言った。
両者の実力差は明確。アディンはミストラルに逆立ちしても勝てる気がしない。
格上に世話にならざるを得ないのは当然なので、殊勝な態度で食事を奢ることに決めた。
「いいんですか? それなら遠慮なく」
特に思うことなくミストラルは頷き、女性店員に話しかける。
「今日のオススメランチ五人前でお願いします」
「多っ。朝からそんなに食うのかよ」
平然と行われた大量注文に思わず突っ込みを入れる。
「きちんと食べないと、これからの探索に支障しますよ。ランチはお肉とお魚から選べるのですか? ではお魚でお願いします。マスターもご注文をどうぞ」
「今の全部お前の注文なのかよ。気を使って俺の分まで頼んだのかと思った」
ミストラルの食事量は一人で五人前らしい。
最近、自分の中で女性の食事量に対する価値観が崩壊しつつあることを自覚するアディン。
二度と女性イコール少食など決めつけない、と心に誓った。
「......サンドイッチとコーヒー、以上で」
「少ないですね。足りるんですか」
「......足りないのは俺の手持ちだ」
「はい? あ、もうランチ着きました。早いですね」
依頼前に食事を摂取しておきたいのはアディンとて同じである。
だが出費続きで安いメニューをチョイスせざるを得ない、世知辛い金銭事情があった。
ミストラルを責めるのはお門違いとはいえ、恨みがましい気持ちに陥る。
気を取り直して、そんなことより大事な本題に入る。
「で、食いながらでいいけど、そろそろ話を訊かせてくれ。まずはお前自身のことだ」
「ふぁい、ゴクッ。前日言った通り、私はギルドカンパニーに直属する魔剣使いになります。ランクはA-(マイナー)」
「ソースを拭け」
指摘されて備え付けのナプキンを渡されたミストラルは照れつつもソースを拭った。
「簡単な内容から消化していくか。ランクがA-になってる理由は?」
マイナー評価はそれだけ珍しい。
基本、罰則や制裁措置など、余程の理由がなければ与えられない下方修正の評価だ。当然、印象は良くない。
「カンパニーの規定によるものです。魔剣使いはパートナーがいて、始めて本領が発揮できます。パートナーのいない魔剣使いは暫定的にランクをA-で評価を統一されています。実際パートナーがいなくても能力は扱えますが、仮としての評価ということでしょうか」
魔剣使いの実力はA-以上ということだ。
それもまだ本領じゃないからという。
俄に信じがたい話だ。
「あれでまだ本領じゃないのか......気になる単語も出てきたし本命を訊くことにする。
ーー魔剣使いとそのパートナー、とは一体何だ?」
魔法使いを凌駕する存在、魔剣使い。
はっきり云って異端だ。そんな人物がアディンに関わろうとする理由を興味本意などではなく切実に知りたかった。
特にアディンにも関わっていそうな魔剣使いのパートナーという言葉が引っ掛かる。
「魔剣使いは、魔力で構成された刀剣の力を操る特異魔法能力者です。それとは別に魔法使いとの大きな違いが一つあります。それは魔法の素質、魔法発現力。それがパートナーとの絆によって変動することです」
「絆で魔力発現力が変わる?」
「そうです。自己の才や研鑽ではなく他者との絆によって左右される魔力発現力。それが魔剣使いがパートナーを必要とする最大の理由です」
その話が本当ならただ事ではない。既存の魔法使いと異なる性質を持つ、魔力発現力。現代において稀少価値は計り知れない。
「変わった性質だな。だがなるほど。魔法が衰えている現代において、あれほどの力を行使できる魔剣使い。その性質故に魔法発現力が衰えることなく現在まで引き継がれてきたワケだ。かなり特殊過ぎる。ギルドで隠されてきた取って置きの隠し玉ってところか」
「マスターの難しいことをお考えになりますね。確かにギルドカンパニーには多くの魔剣使いがいるそうです。私もどれだけいるかは把握していません。存在が秘密というのは間違いないです」
「魔剣使いがパートナーを必要とする理由はわかった。それなら何故お前は俺のことをマスターと呼ぶ?」
「それは私が決めたことです。私はこれまでずっとまだ見ぬ自分のパートナーについて思いを馳せてきました。魔剣使いにとってパートナーとは絆で結ばれた存在。その関係性はパートナーによって千差万別です。だから私はパートナーとなるその人をマスターと呼び己のすべてを捧げたいと思ったのです」
「どうしてだ?」
「私の魔剣はその人との絆の力。ならば私自身はその人への忠誠の剣であるべきだと思います。私と共に歩んでくれる人に捧げれるもの、それはこの剣と心しかありません」
迷いのない口調には芯がある。折れず曲げられない信念のようなものをアディンは感じた。
「それが、マスターと呼ぶ理由か。お前なりの考え方はわかったよ、魔剣使いとパートナーの関係は人それぞれ、か。......いや、それならそもそも何故俺が選ばれる?」
彼女なりの真摯さと誠実な気持ちを知った。
だがそれに選ばれる理由が俺にあるのか?
「魔剣使いのパートナーの選定基準ははっきりと判明していません。ですが資質を持つ者しかパートナーになれないとだけはっきりとしてます。そしてそれはマスター、貴方が秘めたる資質なのです」
「俺の資質?」
「はい。とは言っても魔法のような目に見えるものではないので説明の仕様がありませんが。魔剣使いたちにとって掛け替えのない力です」
「ふーん、自覚もなければ本人は確認しようもない資質か。でもそれって俺以外も捜せば沢山いるんじゃないのか」
「もちろんマスターだけが特別というわけではありません。マスター以外にも資質を持つ者はいます。ですが私がマスターになって貰いたいの一人だけです」
「ますますわからん。お前は俺の何が気に入るんだ?」
「言った筈ですマスター、一目見て直感したのだと。貴方こそが私の仕えるマスターであると確信したのです」
「運命とでも言いた気だな乙女チックなことだ。勘違いしないように言っておく。俺は今後もお前のマスターとやらになるつもりはない。パーティーの件は賭けでの勝負ゆえに仕方なく認めるが、パートナーとマスターやらは別件だからな」
「頑固ですね......私は折れませんからマスターが先に折れて下さい」
「そっちこそいい加減諦めろ。しつこいったらありはしない」
お互い言いたいことを言い切って、二人でため息をついた。平行線を繰り返している話だ。両者共に譲る気はなく、相手が諦めるのを待っている。
「最後の質問だ。あの男、博士とやらが言っていた計画とは何だ?」
魔剣使いの事情の知り尽くしているかのような男。博士と呼ばれた人物が洩らした計画。
そのことについてアディンはまだ何も知らされていない。
「魔剣使いは現在、とある計画を敢行すべくパートナーを捜す為にカンパニーを離れています」
隠蔽し管理されている魔剣使い。それがパートナー捜しの名目とはいえカンパニーを離れている理由が存在する筈だ。
「ーー聖剣計画。それが私たち魔剣使いが関わっている計画の名称です」
ミストラルの声が厳かに響いた。
「聖剣......計画?」
「はい。マスターは聖剣というものについてご存知ありますか?」
「......実態は知らない、が名前はどこでも聞くな。伝説の凄い剣。お伽噺や創作に出てくる代物だ。その空想の産物扱いされている聖剣が話にどう関わる?」
「......聖剣とは魔剣使いの行き着く先の果て。すべての魔剣使いの到達点であり、頂点こそが聖剣使い」
「魔剣とは未完成の聖剣、可能性を秘めた卵、それが私たち魔剣使いなのです。現在では伝説の形骸である聖剣使いも、過去には実在しました」
「......まさか、お伽噺だぞ。本当にそんなものが存在するなんて、あるわけが、いや」
本当にあり得ないと言えるだろうか?
魔剣使いという知られざる存在。その眼をもって存在が証明されている。
ならば魔剣使いの上位となる聖剣使いはどうなるだろうか。
両者の象徴ともいえる剣という類似点。
その力が伝説に並ぶ破格のものになった時、聖剣と呼ばれる神話の存在が復活したといってもいいのではないか。
「......魔剣使いもまた実態の知られざる存在。何一つわからないことだらけの聖剣だ。もし魔剣の最上位にあったとしてもおかしくはない。そしてその強さはおそらく......」
「衰退を迎える人類に大きな躍進と希望をもたらすことになるでしょう」
「......魔境どころか魔界すら攻略できるかもな。そうなれば資源も領土もこれまでより拡大できる。その目論見あっての聖剣計画か。思ったよりスケールのでかい話じゃないか」
正直、話が大きくなり過ぎてアディンの手に余る。
訊いてるだけで胸焼けしそうだ。
「元を辿れば古代遺跡の調査で、聖剣の実態を解明する碑文を見つけ出したことが発端だそうです」
「パートナーは必須。そこから何かしら条件が絡むのか?」
「パートナーを得た魔剣使いの中から素質ある者だけが聖剣使いに至ることができるとカンパニーは表明しています」
「魔剣使い、パートナー、聖剣使い、聖剣計画か。壮大過ぎてついていけない。それになんだか」
「なんだか?」
「いやなんでもない。それより聖剣計画とやらの詳細はどうだ」
アディンは違和感を言葉と共に呑み込む。
「詳細は不明です。計画の情報は秘されています。それに今は計画の前段階。準備に追われている最中で、進行していないのではないでしょうか」
「情報の漏洩防止は妥当か。そういえば、そもそもカンパニーが魔剣使いの為にパートナーを用意しなかった理由は何なんだ?」
「以前ならそうしていたようですけれども、聖剣計画が企てされて以降は変わりました。パートナーとの相性がこれまで以上に評価されるようになって一新しました。
聖剣使いとなればその相性はかなり重要だと予測されます。それと資質の話になりますが、これは魔剣使い個人の感覚によるもの。ギルドカンパニーが勝手に選出する訳にはいかないようです」
「より適性を高める為の自主性を重んじた候補者選出だと考えるのがベストか。つくづくめんどくさいな。まあ、これで魔剣使いの話は済んだ。資質を見出だされた俺は魔剣使いの候補者扱いされてる訳だ」
「はい、今すぐにでも頷いてくれれば候補ではなく確定なのですが」
「いや、益々頷けなくなった。俺には荷が重い勘弁しろ」
「ここまで聞いたのに拒否しないでください」
「じゃあ一つ答えろ。お前は何故聖剣使いを目指す」
「私は強くなりたいんです」
「強くないたい?もう十分だろ」
「いいえ、まだ魔剣使いの強さにはその先があります。私はそれを目指したい」
「強くなってどうする?」
「わかりません」
「何故だ」
「強くなりたいのは本当の気持ちです。そうですね、これは武人のような感覚でしょうか。強くなる為に力を求める。けどその先どうしたいかなんて考えはありません。ですがそれは何も問題ないことでしょう」
「どうしてだ?」
「私の代わりにそれを考えてくれる方がいるからです。何をすべきか、何がしたいか、どうすべきか、導いてくれる存在が。マスターが一緒にいてくれれば私の強さは意味のあるものになるのでしょう」
「宛にするなよ。マスターとやらに期待するのも俺に期待するのも」
ミストラルは何も言ってはこなかった。
ただ微笑みを浮かべ見詰めている。それに居心地悪さを感じたアディンは目を背けた