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賭け勝負

「ってなことがあってな」

「あっそ。ってこれデジャブなんですが」

「俺もこのやり取りに規視感あるよ」

 呆れる言葉に不貞腐れつつ、同意を示した。

 場所は昨日の今日とで同じく喫茶店アルカイックのラウンジ。

 そこでカスミに経過報告をしたら前回と似た会話運びとなった。

 敢えて違う点を挙げるなら、向かいに座るカスミが暴食しておらず、唯々呆れた視線を返していることくらいか。


「で? 今度の相談はなんなんですか? 愚痴ですか? それは後輩を掴まえてまでやることですか?」

 カスミの辛辣な言葉がアディンの精神に突き刺さる。

 つくづく毒を吐く後輩だと思う。


「いやお前な。確かに愚痴もこぼしたいが俺にだって見栄くらいあるっての。この前の頼みごとだって恥を偲んで仕方なくだなぁ」

「後輩頼ってる時点でどうかと思いますけど。昨日の今日でこのざまですし」

「ぐッ。いや、今回でケリをつけたくてだな。おもいきってお前を頼ることにした」

「ぐうの音は出ましたね先輩。おもいきりが良くて惚れ惚れしますよ」

「どうしよう。頼み事する手前頭が上がらない訳だが、無性に腹たつ」

「そうですよねー。先輩、私への借りが貯まりっぱなしですもんね。頭上がりませんよねー」

 小馬鹿まわしに間延びした調子で喋るカスミ。

 しかしアディンに言い返すことはできない。

 我が身を振り返って思わず納得してしまった。


「マジだ、いつの間にか後輩に弱味握られてるんだが」

「随分前からだと思いますけど。あ、もちろん私タダ働きなんてしませんよ」

 驚愕の真実に神妙な顔をしたが、カスミにとっては新鮮みもない今更な事実らしくすげなく返された。

 実に不本意の極みだが、なんだかんだで借りがあるアディンに反論の余地がないので、大人しく引き下がることにした。

 そんな無償の労力を厭うカスミが、アディンの頼みを温情だけで引き受けてくれる訳もなく釘を刺してきた。


「安心しろ。今回の件でこれまでの借りも合わせた特大の報酬を支払うつもりだ」

「へえー。それでなにを頼みたいんです?」

 軽い声の調子からして期待してない様子だ。

 飯を奢ることくらいしかしてこなかったアディンに反論の言葉はない。

 アディンとて年下の後輩などに貸し借りを作りたくはないが、それでも頼りにするのは彼女が頼りになる人物だからである。


「俺はお前の腕を買っている」

「つまり?」

「言葉による説得は諦めて力業に頼ることにした」

 仔細な説明がなくとも、カスミの顔には理解がある。端的でも十分に意図が伝わるだけの信頼がある。


「それは構いませんけど私は安くないですよ」

 こうして打てば響く反応を返してくれるから頼りにしてしまう。彼女ほどの頼み事の適任者はいない。


「そこで成功報酬の話だ」

 対価の提示は、カスミを焚き付ける為に重要なポイントだ。

 やる気を出してもらわないとモチベーション以前に引き受けてもらえるかどうかもわからない。

 実質彼女を雇うと考えた場合、それに見合うだけの支払いに応じなければならない。

 報酬提示次第でアディンの依頼の成否が大きく左右される。


「考えてみたんだが結局何を対価にすればいいかわからなかった......とりあえずいつもみたいに飯を奢ることを前提にして、後で欲しいもの色々請求してもらえばと思う。料理を出す店の場所はスカイビルの展望レストラン。予約制だが景色とか良くて人気らしいぞ」

「......」

 カスミから反応がない。

 口頭で説明しながらアディンは失敗を予感した。

 この様子じゃ駄目なのかもしれない。

 諦めが頭によぎる。


「買い物にもちゃんと付き合う。荷物持ちとかなら俺がやるから」

「......食事、買い物、展望台。これはデート......!」

 矢継ぎ早に報酬を提示していくアディン。カスミが何事か小さく呟くが、手応えがない。


「やっぱ駄目か?......こんなもんじゃ報酬にならないよな。普段飯ばっか奢っているけど、それだってお前には割に合わないだろうしな......」

 怖いくらい静かな後輩を前にして破談を予期したアディンは諦めに入った。

 するとカスミはがばりと勢いよく立ち上がる。


「いいえ! やりましょうやらせてください! 先程の条件で構いません。それでいい、むしろそれがいい! ですから是非!」

 予想以上にカスミは乗り気であった。


「お、おう。やる気だな。よっしゃっ、引き受けてくれてありがとうカスミ。これで万事解決だ」

 勢いに押されつつも、アディンは交渉成立を素直に喜んだ。解決の目処が立ち一安心する。


「任せてください先輩。私超頑張りますから」

「おう。任せたぜカスミ。期待してる」

 テンションの高いカスミに期待を寄せる。

 この調子ならやる気に関して問題ないだろう。些かオーバー気味な気もするが気力は有り余って困ることはないものだ。

 これで問題は解決したのも同然だと満足する。


「先輩とのデート。ウヒヒヒ」

「見ていろよ、ミストラル。クククク」

 邪悪な笑い声が木霊した。その不気味さは、喫茶店に入ろうとした客足を遠除かせ、暫し営業妨害になるのであった。



 ◆◆◆◆◆◆



 計画を企てた次の日。

 そうとは知らずミストラルがいつもの調子でアディンの前に現れた。


「こんにちは。マスター」

「よう、ミストラル。マスターって呼ぶな」

 返事に、呼称の訂正を付け加えるのをアディンは忘れない。


「どうしましたマスター? 今日は随分機嫌が良さそうですね」

「スルーか。まあいい、どうせそれも今だけだ」

 ミストラルの指摘通り、アディンは機嫌がいい。訂正を軽く流さたのにも気に止めず、アディンは不敵だった。


「どうかしたんですか?」

 ミストラルは小首を傾げた。普段と違うアディンの様子を不思議そうにしている。

 アディンはニヤリと口角を吊り上げた。


「今日はお前に話がある」

 さっそく本題に入ろうと前置きを入れる。

 するとミストラルはハッと何かを察したように顔色を変えた。

 その瞳を期待に充ち溢れた眼差しに変える。


「ついにマスターになるのを認めてくださるのですか!?」

「違う。どんだけ自分に都合がいいんだっ。ポジティブ過ぎだ!」

「もう、マスターの強情です。まだ認めてくださらないんですか」

「もうとか、まだとか認める前提で話進めんなッ。オホン。まあ、話はそのことなんだが」

「私は諦めませんよ」

「まだ何も言ってないだろッ、話を途中で遮るな! ......いかんいかんをこれじゃあアイツのペースだ。これ以上、呑まれるな。一旦落ち着こう深呼吸だ」

 間髪入れず話を折られる内に調子が狂った。

 当初の余裕が嘘のように吹き飛んでいる。

 それでもなんとか平静さを取り戻そうとして、スゥッと息を吸った。


「マスターが、マスターになることを了承するまで私がマスターを、マスターと呼ぶのを辞めるつもりはありません。なのでマスターは、マスターになるのを認めて、潔く私にマスターを、マスターと呼ばせてください」

「ッ......ゲホッ......ゴホッ!」

 マスターを連呼され噎せた。息を苦しげなままアディンは声を荒げる。


「うるせえよ......! ちょっと頭の中でマスターって単語がゲシュタルト崩壊しかけたぞ! 少しは俺に一息つかせろ!」

 文字どおり息もつかせぬミストラルの追撃に、呼吸困難に陥る羽目になった。落ち着くどころではない。


「ど、怒鳴られました」

 しょんぼりと俯くミストラル。天然だが素直な彼女の項垂れる姿からは哀愁が漂う。


「ああスマン。強く言い過ぎて悪かった。って謝る必要なくないか、俺?」

 咄嗟に謝ってしまったが、よくよく考えると話の腰を折るミストラルの方が悪い。

 そんな二人を見守っていた人物が呆れた様子で声をかける。


「先輩。漫才するのは結構ですが、私のこと忘れてません?」

 蚊帳の外で待機していたカスミが、二人の終わらないやり取りに痺れを切らした。


「おおう、カスミ。なんか全然話が進まないんだが」

「ですね。では私から自己紹介させてもらいます」

 カスミがミストラルの前に出た。

 いつものキャスケット帽子に制服姿の彼女が、今日だけ頼もしく見える。突然の闖入者に驚いたのかミストラルは瞬きする。


「そちらの方はマスターのお知り合いですか」

「どうもアカデミーでアディン先輩の後輩やってます。カスミです、よろしく」

「私はミストラルと申します。よろしくお願いします」

 カスミが気さくに自己紹介を済ませると、じっとミストラルを凝視する。


「うっ。近くで見ると更に美人」

 カスミはミストラルの容姿に戦き呻く。


「何言ってるんだお前は」

「いえ、強敵だなと」

 アディンの突っ込みにカスミは真剣によくわからないことを呟く。


「それで、マスター。アカデミーとは?」

「おい。世間知らず」

 疑問符を浮かべるミストラルにアディンはため息をつく。


「すいませんマスター」

「そこは素直だな。その素直さで俺のこともキッパリ諦めてくれてもいいんだが」

「それとこれとは話が別です」

 期待のない呟きに即答された。予想通りなのだがこうも真面目に返されるとイラっとする。


「ふむ。御二人は話の脱線がお得意なようなので私が説明しましょう。アカデミーとは魔法関連の育成機関のトップで超がつく名門です。あらゆる教育機関で、魔法士や魔術師、錬金術師、魔導技師らを一番多く輩出している実績があります。これが制服ですね」

 カスミが自身の服に手を当てる。アカデミーの制服を身に纏う彼女はどこか誇らしげだ。

 アディンにとって見慣れたものだが、ミストラルは珍しげにその服を眺めている。


「それは凄い。マスターとカスミさんは見事な経歴なのですね」

「ええ、先輩は魔導技師を専攻している中でも優秀でしたから、経歴だけ見れば見事かもしれませんね」

「含みがあるな。何が言いたい?」

「なのにどうして就職できないんでしょうか」

「就活に乗り遅れたからだよ後輩。悪かったな優秀なのは経歴だけで」

「卑屈ですね先輩」

「お前は俺に一体どうしろと」

「そんなことより話進めなくていいんですか」

「コンニャロウ、覚えとけよ」

 この頃、鬼門か何かと思えるくらい年下の少女にやり込められている。

 ミストラルは天然で掴み所なく翻弄されているが、カスミは気心知れてる分意図的でタチが悪い。

 気を取り直してアディンは咳払いをする。


「おほん。ミストラル、お前こいつと戦え」

「私がカスミさんと、ですか?」

 唐突な提案にミストラルは面を食らう。


「実力を認めない相手とはパーティーを組まない。探索者の基本だ。俺に実力を認めて欲しければ、戦うところを見せて証明するしかないわけだ。無論、本題はそれだけじゃない」

「どういうことですか?」

「賭けをしよう。お前がこいつに勝ったら、俺はお前とパーティーを組む。負ければ俺に付きまとうことを今後一切やめてもらう」

 やっと進んだ話の本題。

 いつまでもミストラルを相手にしてられない。だが彼女も簡単には納得しない。

 平行線を辿る問題を解決するには両者の落としどころを用意する必要があった。

 それが勝負による賭け事である。

 ミストラルはこの話から逃げられない。

 実力開示を前提にして話を持ち出した以上、拒否すればパーティーの件は破談にされる。

 この時点で勝負を受けざるを得ない。

 後は条件を呑むか否かだが、これまで進展しなかった話が転がることを鑑みれば乗るだろう。

 その覚悟がなければ逆に彼女の意思はその程だったとアディンは受け取る。

 彼女の真剣な想いは届かなくなるだろう。


「先輩、私との約束も忘れないでください」

「黙っとけカスミ。ミストラル、この賭け乗るか逸るか」

 茶々を入れてくる後輩を一蹴してアディンはミストラルに向き直る。

 強い意思を秘めた目がアディンを見つめ返していた。


「乗ります」

 ミストラルが話食い付いた。

 アディンは話が上手く進んだことにほくそ笑む。


「私が勝てばマスターはパーティーを組んでくれるのですよね?」

「そうだ。勝てばの話だが」

「必ず勝ちます」

 ミストラルは静かにやる気に満ちている。それこそ報酬を提示されて盛り上がったカスミに負けない勢いだ。


「そう易々と勝負をくれてやりませんが、お手柔らかにお願いしますね? ミストラルさん」

「はい。よろしくお願いします」

 カスミの不敵な挑発をミストラルは真正面から受け止めてみせる。


 三人は訓練に使われる敷地に移動した。

 魔法や魔導器の練習にも使われる危険な場所だと認識されており、人気はなく派手に暴れても問題ない。


「ルールは相手に参ったと言わせたら勝ちとする。殺傷能力の高いものや、後遺症の残る攻撃、戦闘不能に追撃などの行為は禁止とする。あと潔く降参を認めない場合もこっちで負けと判定する」

 アディンから大雑把な試合のルール説明がされる。


「もっと制限はないのですか? 武器や魔法は?」

「基本なんでもありだ。好きなものを使うといい。ただし危険な攻撃は禁止だから、下手に威力あるものよりも、模擬刀のかの方が案外有利かもしれない。他に質問はあるか?」

 緩い基準を設けて、自由な裁量を認めた。

 細かいルールを定めたメリットとして、事故を未然に防ぎ、不正を取り締まりやすくするが、その分勝手が決まってるのでやりづらさが残る。

 遺恨を残したくない試合形式。小難しいルール抜きで実力を発揮して貰った方がいい。よってやり易さを重視した。

 少し考えた素振りを見せてミストラルは納得したよいに頷いた。


「カスミさんは武器を使用しないのですか?」

 ミストラルがカスミを見て疑問を放つ。

 カスミはアカデミーの制服姿で武器は手にしておらず素手のままだ。


「まあね。私の場合ルールを加味してその方がやりやすそうですし」

「そうですか」

 手を振り返答するカスミの様子に僅かに躊躇うミストラル。


「そういうお前こそ武器は使わないのか?」

 武器を使用しないのはミストラルも同じだった。アディンにとって見慣れた出で立ち。手には何も持たずいつもと変わらぬ格好でいる。


「いいえ。私は準備万端ですよ」

「......? お前がいいと言うならそのまま始めるが」

「はい。問題ありません」

「そうか......?」

 ミストラルの言い回しに引っ掛かりを覚えたが、本人が良しと言ってる以上、言及することはなかった。

 アディンの前に両者が並ぶ。


「準備の最終確認する。二人とも準備はいいか!」

「はい」

「いつでも始めていいですよ先輩」

 最後の呼び掛けをして、二人の準備を確認する。

 生真面目でいるミストラルと自然体でいるカスミ。


「それじゃあいくぞ。始め!」

 勝負の幕が切って落とされた。

 アディンの眼前で両者が同時に動き出す。

 距離を詰めるべく駆け出すミストラルに対し、カスミはおもむろに右手を翳してみせた。


「悪いね。長引かせるつもりはないんだ」

 不敵な宣言。先手必勝とばかりにカスミが攻撃を仕掛けた。

 直後、ミストラルは直感に従いその場から跳び退く。

 そしてその行動は正しかったと証明される。

 風を切り裂いて飛来する何か。

 隠し持っていた武器や飛び道具の類いではない。

 ーー魔法だ。


「魔法......やはり魔法使い」

 横切った蒼い閃光を眇めてミストラルが呟く。

 直後、ビキリと地面に弾けて凍てつく音が響き渡る。


「氷魔法、ですか」

 凍った地面が冷気を漂わせている。

 氷魔法。 火や水など属性に変換した魔法のひとつ。

 魔力そのものを攻撃手段としたより、優れた特性を有しているのが、属性魔法だ。


「避けたか。初手で済ませたかったのになぁ」

 カスミの態度は落胆ではなく余裕が垣間見える。

 それだけ実力が彼女にはあった。開始早々の一撃も挨拶程度のものでしかない。


「この間合いは不味そうです、ね」

 遠距離攻撃を得意とする魔法使いを相手に、間合いの不利を悟ったミストラルは、瞬時に距離を詰めるべく地面を蹴った。


「近づけさせないですよ」

 接近を見逃すほどカスミも甘くはない。

 冷気を帯びた蒼の閃光が、標的のミストラルに向かい幾つも軌跡を描き、進行を阻害した。

 一度躱した経験かミストラルはそつなく躱す。

 それでも肝は冷えたことだろう。カスミの魔法は威力調整こそされているが、強力な凍結能力を誇る。体に触れなくとも文字通り寒気を催す凶悪な魔法だ。

 接近は難しいと判断を下したミストラルは後方までさがり、小さく息を吐いた。


「かなり高位の魔法使いであると見受けました。その自信も実力に裏付けされたものですか」

「まあね」

 あっけらかんと答えるカスミの態度は堂々としたものだった。

 アディンが知る中でも、彼女程の実力者はいない。

 過去探索者の活動で、Aランク相当の魔獣を単独撃退した折り紙付きの実力者。

 たとえ魔法使い相手だろうとも、並みの実力では太刀打ちできないからこそ、アディンは彼女を頼りにした。


「降参するなら今のうちですよ」

「いえ、降参するつもりはありません」

 勝利条件はあくまでも降参させることだ。

 実力を開かした今が好機とみてカスミは勧告した。しかしミストラルは応じない。

 その反応に苦い表情を浮かべた。


「強がるのもいいですが、魔法使いの力量というものをキチンと理解していますか? 魔法と魔術だけでも歴然とした差があります。 魔術は魔法の再現を試みた劣化仕様の術式。 異能と呼べるほど特化し、圧倒的ポテンシャルを誇る魔法使いに、けして及ぶことはない。 ましてや魔導器もない素手の貴方に、その差を埋める手立てはありませんよ」

 カスミの言葉には重みがある。

 魔法とはもはや異能の領域。術式の模倣では性能に追い付かず、魔導器ですら届き得ないものがある。それほど卓越したものだ。

 力のないミストラルに勝てる見込みなどありはしない。


「見くびらないでください。もし仮にそうであったとしても降参には応じません。それに今の状況覆せない程の不利とは思っていません」

 力強い眼差しがカスミを射貫く。

 その眼がアディンをことごとく翻弄させているのだと直感した。

 カスミはようやく少女の手強さを認めた。


「本当に頑固者ですね。だからこそ私が出張っているわけですが。......いいでしょう、その意気粉々になるまで砕かせてもらいます」

 不機嫌そうに取り繕いカスミは宣言した。

 真っ直ぐ過ぎる純真な少女。

 曲がることを知らない強い信念を持っている。

 だからこそカスミはへし折ることにした。正面から信念を叩き潰さなければ諦めるないと悟ったのである。


「望むところです」

 ミストラルは緊張するでもなく受け入れた。

 彼女の覚悟は固い。土壇場でも少しも揺らぐことがない。

 束の間の休止は終わり、戦闘が再開される。


「そこ!」

 意識を切り替えたカスミの攻撃は苛烈だった。

 閃光は本数を増やし、凶悪な加速が施される。

 一呼吸の間と一瞬の判断ミスが命取りとなるシビアな回避行動。

 ミストラルはその身を削るような僅かな隙間を、針を通すかの如くすり抜けていく。


「......すごいなミストラル、殆んど曲芸の域に達している」

 感嘆とした称賛の言葉がアディンの口から零れる。

 第一波を凌ぎ切り、峻烈な攻防を続ける少女たち。しかしその様子に危惧を覚えた。


「カスミのヤツ、ちゃんと手加減できてるか?」

 カスミの熱の入りように危険を感じる。

 戦力としてかなり信頼してる後輩。だからこそやり過ぎの心配をしていた。


「これでも威力絞ってます。これが魔獣用だったら即死級ですって」

「即死以外の怪我とかも考慮しろ。アホ」

 物騒な言動に突っ込みを入れるが冷静なカスミの態度にアディンは内心ほっとしていた。

 審判であるからには公平に期すつもりだが、当然、賭けたカスミに肩入れしている。

 それでもミストラルに思うことがある。

 あんなにも一生懸命頑張る少女に何も感じないほどドライではない。

 だからこそ怪我なく何事もないまま終わって欲しかった。

 戦いが白熱すれば無意識に力がこもるものだ。

 加減を少しでも間違えれば大惨事の事故に繋がりかねない。

 しかし氷のごとく冷静さを保った状態なら杞憂だろう。

 このまま無事決着がつけばいい。そう思いながらアディンは戦いを見守り続ける。


「やりにくいなあ。全部避けられてる」

 狙いが悪いのではない。

 それを上回る回避能力を発揮されているのだ。

 それでもカスミに焦りはなかった。

 優勢なのには変わりない。

 予想外に手間取らされているが、その拮抗は長続きするものではない。

 体力と集中力の切れ目が勝負の分かれ目だ。


「すばしっこい!」

 更に出力を上げ、広範囲に拡散する凍結魔法。数と密度の暴力が襲いかかった。

 地面スレスレまで姿勢を低くしミストラルは駆け抜ける。

 その身体能力と反射速度は驚異に値する。

 しかし、体力とその動きには限界がある。

 依然としてカスミが優位な戦局。

 対象を凍らせる氷の性質上、一度でも命中すれば決着だろう。カスミが討ち取るのは時間の問題といえた。


「......手こずるな」

 勝負が引き延ばされにつれ、意識が傾き始める。


「うん、ちょっと本気出す」

 変化のない戦況に痺れを切らしたのはカスミだった。

 焦れた彼女の行動は過激なものだった。

 可視化されるほどの膨大な魔力の奔流。

 吐く息が白く染まるほど冷気に覆われる。

 ミストラルの視界にひらりと小さな破片が舞った。


「雪?」

 空から零れる白い粒の結晶。

 季節や天候を無視した細雪。

 その発生源は上空からではない。

 カスミの背後、そこから瞬く間に雪が溢れ出した。


「呑み込め」

 純白の波濤。

 幅も高さも津波のように際限なく拡がる雪崩。

 無慈悲な白銀の質量が大地を呑み込み浸食する。練られた魔力は、地面を染めるだけではあきたらず、空間までも白い靄で覆い尽くす。


「おい馬鹿野郎!!派手にぶちかまし過ぎだ!!」

 余波に巻き込まれ雪に染まったアディンが抗議する。


「あちゃーやり過ぎた。でも、私の判定勝ちですかね」

 一面の雪景色を見てカスミが呟く。

 霧霜のベールは薄まる気配もなく視界を遮り、一帯を静寂の世界に閉ざしている。

 広範囲に及ぶ魔法は確実にミストラルを捉えている。

 あの雪崩に呑まれては戦闘は続行不可能だろう。

 殺傷力のない制御された雪は、命を奪うことはなくとも、勝負の決め手になるには十分だ。

 雪が晴れるまでにはまだ少し時間がかかる。

 だがカスミは既に勝利を確信していた。


「いいえ。まだ終わっていません」

 突如、静寂を突き破る声が響く。


「え?」

「何!?」

 聞こえてきた声にアディンとカスミは驚愕した。

 白銀の世界が食って破られる。

 不可視の衝撃が、白いベールを切り裂き、一人の少女が姿を曝した。


「いまの不自然な風。魔法か」

 アディンは思い違いをしていたことに気づく。

 否、その可能性を考慮しなかった訳ではない。

 しかし、優れた身体能力と立ち回りから無意識に除外していた。ミストラルという少女は魔法が使えないのだといつの間にか錯覚していたのだ。


「貴女も魔法使いだったわけですか」

 カスミがその正体を確信しながらも問いただした。


「違いますよ」

 しかし、返答は否定の言葉だった。


「......何を言っているの。それはどうみたって魔法じゃない」

「確かに私は魔法を使います。でも厳密には私は魔法使いではありません」

 ミストラルはますます不可解な言葉を残す。


「お前は一体何者なんだ!?」

 アディンが叫ぶと、ミストラルは微笑した。

 右手を前に突き出し、言い放つ。


「私は、魔剣使いです」

 激しい風が巻き起こった。

 雪が突風にさらわれ、空白地帯が生まれる。

 その中心に佇んでいるミストラルの手には一本の剣が収まっていた。

 虚空から顕れた白銀に煌めくつるぎ。

 美しい造形で妖しい紋様を浮かばせ光輝くその剣は一目見て異様だとわかる。

 ミストラルが剣を手にしてから、無秩序に吹き荒れていた風が彼女の支配下に置かれた。


「何だアレは!?」

 アディンは驚愕し叫んだ。

 風の魔法ならまだいい。

 剣を扱う魔法なんて見たことも聞いたこともない。

 魔剣使いと名乗る未知の存在がそこにいた。


「参ります」

 ミストラルが疾走した。風が何もかも吹き飛ばしていく。


「そんな!?」

 カスミの焦った声がアディンにも聞こえた。

 風の魔法を使うミストラルに対し、氷の魔法はとっくに応戦していた。

 雪のフィールドは健在でそこから雪崩が再び形成するのをあっさりと撃ち破られる。


「クッ、手加減は無用ということですか」

 殺傷力を極限まで抑えた雪や凍結の氷魔法。

 その上限をカスミは解放した。

 氷が弾丸のように射出され、冷凍光線が見舞われる。

 風の加護を得たミストラルは猛進した。

 タダでさえ捉えられなかった速度が一気に跳ね上がる。


「これで終わりです」

 距離を詰め、間合いに入ったミストラル。

 その手に握られた白銀のつるぎはこけおどしの道具ではない。風と氷が間近に迫り、勝負は大詰めである。


「それはどうかな!」

 カスミが勝負を切った。

 強大な魔力が解き放たれる。

 散らばった氷がカスミの足元に集結し巨大な柱となってミストラルに真っ直ぐ延びる。


「せいっ」

 ミストラルは回避に動かず、前へと踏み込んだ。

 瞬間、銀色の剣閃が迸る。


「魔法を斬っただと!?」

 丸太のような氷の柱は真っ二つに裂けた。

 ミストラルの魔剣はガラス細工のように氷を砕く。

 最後の反撃を破られカスミは立ち尽くしている。

 キラキラと水晶のように舞う氷の破片が風に流れていく。


「私の勝ちです」

「......参りました」

 突きつけられた切っ先に抵抗する手段がない。

 カスミは幾ばくかの葛藤の末、降参を宣言した。


「勝ちやがった......」

 アディンはやや呆然と成り行きを見守った。



「先輩......」

「あ、カスミ。失敗したからお前の報酬はなしな」

「こんのぉ!落ち込んでる後輩に慰めの言葉もなく、そんな態度ですか、この守銭奴!鬼畜!悪魔!」

「罵声しながら走り去るのがあいつのマイブームなのか?」

 敗者となったカスミに容赦しないアディン。

 罵倒する後輩は、本当は負けず嫌いだから悔しくて、逃げ出したのだろう。

 彼女の自尊心を打ち砕く人物が現れることになるとは思ってもみなかった。


「さてとミストラル」

  アディンは少女に向き直る。もう興味がないと踏み入らないで誤魔化し続けることはできない。


「お前は一体何者なんだ?何故俺に関わる」

「それは」

「魔剣使いはパートナーを必要とするからだ」

 答えたのは第三者の男の声。

 振り返ると壮年の男性が立っていた。


「誰だ」

「レイモンド博士です。資料で拝見したことがあります」

「君は魔剣使いかね」

「そうです。名は、魔剣ミストラル」

「風の魔剣使いで、ミストラル......? 覚えがないな。カンパニーに所属する魔剣使いは全員記憶している筈だが」

「私は少し特殊ですので。師匠がなにかしたのかもしれません」

「師匠......? ああ、ひょっとして彼女が引き取ったという子供が君か。なるほど知らないのも道理だ。そうか、参加させていたのか、彼女が」

 二人は面識はないようだが、何らかの繋がりがあるようだ。

 突如現れた男とミストラルの会話は黙って見過ごせるものではない。


「おい」

「なにかね」

「さっきから何の話をしている。パートナー? 計画? 何のことか少しはわかるように話せ」

 完全に除け者にされていたアディンが乱暴に割ってはいる。


「近頃の若者は礼儀がなっていないな。そのくらいの教養は身に付けて欲しいものだ」

「あいにくこれでもアカデミー出身でね。教養くらい学んでいる」

「ふむ、アカデミーの出か。あそこは優れた人材を輩出する名門だ。カンパニーでも重宝している。そういえば今期、アカデミーから優秀な人材が入るそうだ。有名人だったらしいから君も知っているではないかね。なんでも、アカデミーの天才と呼ばれていたそうだからね」

「そいつは......」

 アディンの顔が険しく変わる。不意打ちだった。

 こんなところで聞くことになるなんて予想にもしていない呼び名。

 動揺するアディンをお構いなしに壮年の男はミストラルに眼を向ける。


「彼が君の選んだパートナーかね」

「はい。今パートナーになることをお願いしているところです」

「見たところ勧誘はうまくいってないようだが。少し悠長ではないかね。時間は有限だ、無駄にしてはいけない。こちら側の事情を何も理解できていないようでは困るだろう」

「問題ありません。マスターにはこれから説明しますから」

「マスター、か......君たち魔剣使いとパートナーの関係性は実に興味深い。君から説明するというのなら私から言うことはなにもない。これでも忙しい身だ。失礼するぞ。風の魔剣使いとアカデミーの青年」

 壮年の男は会話を打ち切り、身を翻した。

 いつの間にか護衛のような男が側に控えており、連れ添うように伴って姿を消した。


「ッ、チクショウ」

 アディンが悪態をつく。

 思い返せば一方的な会話だった。

 当事者でありながら、部外者のような立ち位置。

 いや、そうではない。本当に気にしているものは別にある。アディンの感情を掻き乱した意図せぬ発言。

 アカデミーの天才。決別した親友の呼び名。

 こんな場所で聞かされることになるとは皮肉だ。

 遠ざけていた筈のものがアディンを苛んでいる。


「マスター」

 ミストラルが心配そうにアディンに近寄る。


「煩い!俺に構うな」

 気付けばアディンは怒鳴り付けていた。


「マスター......」

 消え入りそうな声にアディンはハッとする。

 ミストラルの悲痛な面持ちが目に入った。

 ふと我に帰る。まだ感情の整理が上手くいっていないが、それでも冷静になって考えるだけの落ち着きは取り戻せた。苦い感情をぐっと抑え、掠れた言葉を吐き出す。


「......約束はきちんと守る。だが今日はもういいだろう。話は後日、ギルドで待ち合わせしよう」

 用件だけを言い残し、アディンはその場をあとにする。これ以上、顔を見せることはできない。酷い顔をしている自覚がある。

 ミストラルは追ってこなかった。それに安堵を覚える。


「カッコ悪いな俺」

 自己嫌悪に苛まれながら、アディンは一人帰路についた。



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