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宣言

「てなことがあってな」

「あっそ」

「反応薄ッ」

 長々と語られたアディンの諸々事情をカスミは素っ気ない反応を返す。

 場所はラヴィウエスト中心街。

 表通りに位置する喫茶店のスタンドプレートにはアルカイックと店名が表記されている。メニューの豊富さ、値段の安さ、落ち着いた雰囲気から、この場所をアディンは気に入っている。

 そのアルカイックの店前でカスミを発見し、情けなくも身の上話を相談したのが経緯いきさつである。

 話題は件の少女こと、ミストラルについてだ。


「なんかもうちょいリアクションあるだろう。相談の対価に飯奢ってるんだから助言をくれ」

 淡白な態度でいるカスミにアディンは苦言を漏らした。

 なにしろこの相談は無料タダではない。

 常日頃からアディンにご馳走されたがっているカスミだ。当然のようにこの場の支払いはアディン持ちということで決まっていた。


「そんなことより先輩。女の子が待望していた二人きりの食事時に他の女性の話をする無神経な男をどう思いますか?」

「そいつは酷いな。で、俺はどうすればいい?」

「すいませーん。デザートのプレミアムジャンボパフェメガ盛りデラックス追加で」

「これ以上はご勘弁ください」

 高らかに追加オーダーするカスミに、アディンは恥も外聞もなく頭を下げた。

 八つ当たりするように健啖を発揮するカスミ。

 普段の食事量とは違い暴食を発揮する彼女によって空となった食器がテーブルの上に重なっている。

 アディンは青ざめた顔で会計の計算をしているが、年頃の娘であるカスミはきちんとカロリー計算できているのだろうかと、甚だ疑問に思った。


「何でお前そんな不機嫌なんだよ」

「全力で自分で考えてみてください」

「そうか。わからん」

 即答した途端、鋭い眼差しで睨まれる。

 よっほど今の言動が気に障ったようだ。

 アディンは嘆息する。わざわざ奢ってまで相談しているのにこの有り様だ。心底面倒な奴だと思った。


「プレミアムジャンボメガ盛りパフェでお待ちのお客様」

「こっちです」

 手を上げるカスミの前に運ばれてきたのは、これでもかと上乗せされた特大パフェ。

 山盛りと表現するより、天を貫く巨塔とか摩天楼とかと評された方が適しているその物体が、圧倒的存在感を放ってテーブルの上に登場した。


「デカっ、マジか......」

 驚きのあまり戦慄する。甘いものは別腹だとしても、食後のデザートとして不可解な品目だ。いっそ大食いチャレンジ御用達の特別メニューと言われたほうが納得できる。

 アディンはげんなりとした顔でカスミを見た。


「太るぞ」

「デリカシーなさ過ぎて感心しましたよ先輩。ほっといてください。食べなきゃやってらんないです」

 カスミがそっぽ向いて言う。本心からの忠告だったのだが聞き入れそうにない。不貞腐れながらもスプーンを動かした。


「よく食えるな......こっちは見てるだけで胸焼けしそうだ」

 恐ろしいことに化物パフェ。

 そのサイズは明らかに縮小している。

 驚くべきは出鱈目なパフェよりも、それを収納可能とする異次元胃袋の持ち主なのかもしれない。

 そんな奇々怪々な食事風景に呆気をとられつつも、アディンは話を戻した。


「一応これでも本当に困っているんだよ」

「私だって期待したんですよ」

 会話のキャッチボールが成立しない。

 どうも反応がいまいち芳しくない。野良猫少女の悩み事の上、これ以上機嫌を損ねた後輩の相手をするのが馬鹿らしくなってきた。

 半ば席から立ち上がりテーブルから離れようとしながらアディンは言う。


「やれやれ相談する相手を間違えたかね」

「待った、アドバイスですよね。ちゃんとしますって」

「待ってました」

 引き留められ席に座り直す。 どうやらやっと本題に乗ってくれるようだ。

 茶化した態度を取りつつ、料金分の助言は欲しいとせせこましく願った。ここまで財布を軽くさせられて成果なしは辛い。

 気がなさそうに取り繕うもアドバイスに真剣に耳を傾けた。


「先輩は女の子に付きまとわれているんですよね」

「そうだ」

「その女の子に付きまとわれているのが嫌だと」

「おう」

「だから止めさせたいと」

「うん」

「だったら正面から拒絶して諦めさせる。これしかありませんね」

 テンポよく進む会話のなか、断言された。


「ほう、やけに自信ありげだな」

 アディンは胡散臭そうにいぶかしむ。


「相談されるってことは迷惑なんでしょその人。よくは知りませんが、下手に関わっても良いことはなさそうです。世の中とんでもなく鈍感な人もいますから、関わりたくないなら態度でそう表すべきです。先輩が真正面から徹底して拒めば相手も大人しく諦めるでしょう。間違いありませんって」

 自信満々に応えるカスミ。その発言に含みを感じるがしかし説得力ある。普段のアディンなら筋の通った言葉に頷けただろう。それでも怪訝な表情を変えない。


「理に敵っている、けどな」

 そう上手くいくか?

 頭の中でシュミレートを試みるが、あの少女がどういった反応をするか全く予想がつかなかった。


「なんですか?」

「いや、なんでもない」

 言葉を濁す。せっかく貰ったアドバイスを疑ってばかりいても仕方がない。

 だがカスミは気を悪くした様子で眦を細めた。


「実は美少女が寄って来ることを、悪い気はしてなかったって言うのなら、軽蔑しますが」

「そいつは邪推って言うんだよ」

 妙な嫌疑にかけられた。

 アディンは人の好意を素直に受け取る性格ではない、裏があると疑ってかかる捻れたタイプである。

 そもそも相談を持ち掛けるような警戒心MAXの相手と仲良くやろうとは思う筈もない。


「本当にそうですか」

 カスミはじっと睨めつけられると、何故だか居心地が悪くなった。潔白なので嫌な顔だけして堂々とする。


「先輩に気がなくても向こうにその気がある可能性も捨てきれませんし」

「ないな。あれは」

 その懸念をアディンは即座に否定できた。

 思い返すのはマスターマスターと口うるさく連呼する少女。

 珍妙な動物に懐かれた感覚はあっても色恋沙汰の気配はまったく感じない。


「そーですか」

 カスミはまだ半眼で疑っている。この手のことで信用されていないアディンだが心当たりはない。

 やはり虫の居所が悪かったのでは、と考える。

 いつの間に食事を終えていたカスミは、胃もたれする気配もなく手持ちぶさたにスプーンを弄っていた。

 目の前には空になった容器が。

 こいつは化け物か。


「......食べるのもようやく終いか」

「そうですね。これ以上は先輩の財布の為にも止めにしておきましょう。ご馳走さまです」

「......その配慮に泣きそうだよ俺は」

 まごうことなきモンスターだった。まだ食えるのか。

 アディンが毒づき財布を取り出す。


「お前の提案は、そのまま採用させてもらうよ。効果が出るまで付きまとわれることに変わりはなりそうだが」

 他に代案もないアディンは、カスミの提案に乗ることにした。そうと決めてしまうと考え事の負担が減り気が楽になった。


「そんなことですか。先輩の無神経さを発揮すれば幻滅も容易いです。心配はご無用ですよ」

 感謝の気持ちが一瞬で引っ込んだ。


「お前毒吐くの上手だな。褒めてやる」

「ひたたたたた」

 無神経扱いされているアディンだが、それを逆撫でできる後輩も大概だと思う。

 憂さ晴らしに頬をこねくり回して気がすむまでいたぶった。

 途中で飽きて手を離したアディンは席を立つ。


「よし、会計は済ませとくからゆっくりしていろ。俺は財布の中身を補充しにいく」

「頑張ってくださいねー」

 食後だからかカスミの反応は鈍い。あれだけの量を食べたらやはり消化も大変なのだろう。

 是非、脂肪の蓄えにでもなって欲しい。

 遠慮なしに食べてくれた相手に太って後悔しろと怨念を送った。


「一応聞いておくが手伝う気はないか」

 金を稼ぎたいアディンが儲け口に話を向ける。


「先輩が私の依頼についてこれるならいいですよ」

「俺に死ねと?」

「またまたぁ。物を用意すれば先輩十分強いじゃないですか」

「元が取れないだろ。それに久しぶりの活動だから腕がなまっている。お前を盾にしたとしてもキツイ」

「聞き捨てならないことを言ってますが、よくよく考えると先輩と一緒なんて、物騒過ぎて御免です。お独りで頑張ってください」

「チッ。宛が外れた」

 無理強いするつもりもないのできっぱりと諦めた。駄目元だから未練も殆んどない。少し惜しい気持ちもあるが。


「アディン先輩」

 今度こそ席を離れようとするアディンに声がかかる。

 食後特有の気だるさを隠そうともせずカスミはテーブルに寝そべり、視線を送っていた。


「なんだ?」

「またご馳走してくださいね」

「金額次第だな」

「それは先輩次第です」

 したり顔で呟くカスミをうろんな眼で見返したが、結局何も言わずアディンは店を出た。

 背後からため息が聞こえたような気がした。




 ◆◇◆◇◆



「マスター」

「出たなストーカー」

 店から出るとどこからともなく現れた少女に冷たく言い放つ。


「ストーカーではありません。ミストラルとお呼びください」

 神出鬼没に姿を現すミストラルは、抗議の声を上げながら近寄ってきた。

 どうやって探し出しているのか不明だが、彼女は目敏くアディンを見つけ出しては現れる。

 そんな少女を、アディンは億劫そうに対応した。


「お前と馴れ合うつもりはない」

「呼んでくれないんですか......」

「ああ、呼ばない。俺はこれから用があるから、じゃあな」

 屹然とした態度で言い放ちその場を去る。

 カスミから授かった拒絶作戦だ。

 関わりたくないなら相手にしなければいい。相手にするから付きまとわれるのだ。実践すればそれは効果的に思えた。


「ついてくるなよ」

「......」

 無言で足音がついてくる。いつぞやと同じ光景だ。

 逃走劇を繰り返す気もなく、ひたすら振り返らず歩き続けた。それでも足音の重なりを耳にして、歩調を更に早める。

 どうやら言葉に従うつもりはないようだ、しかし無闇に声もかけてこない。

 チラリ、と様子を見るといつもの勢いはどこへやら物憂げに俯いて歩く少女がいた。

 余程ショックだったようで、アホ毛までしょげて見える。


「......」

「......」

 長い沈黙。アディンは徹底的に無視しミストラルが後を追う。

 無言のアディン。

 無言のミストラル。

 どちらも喋らず足音だけが聴こえてくる。

 しばらく歩いて、終わりのない沈黙にアディンの方が耐えかねた。


「ああ、もう、鬱陶しいな......ミストラル!」

「はい!マスター」

 結局無視できずに名前を呼んでしまった。

 振り向くと、背筋は真っ直ぐ伸び、アホ毛は復活し、おさげが尻尾のように揺れ動ぐミストラルがいた。笑顔が喜色満面に綻んでいる。構って貰えたのが嬉しくてたまらない動物のようだ。

 すっかり元気を取り戻した様子に、罪悪感は拭えたが代わりに、敗北感がアディンを襲った。

 こうなったら作戦もなにもない。

 途中折れた時点で作戦は失敗。自らやらかした失態に自己嫌悪で頭を抱えたくなった。


「よし、ミストラル。まず俺のことは名前で呼べ」

 せめてもの状況改善を試みて呼び名を指定した。

 アディンを当然のようにマスターと呼び続けているミストラル。

 目下一番の迷惑は付きまとわれることだが呼び名にも辟易していた。


「わかりましたマスターっ」

「わかってないワザとかッ」

 浮かれたミストラルに学習した様子はない。


「マスターの何がいけないのでしょうか?」

「あのなマスターなんて呼び方は、一般的かつ常識的ではないっての。変な呼び方されると、こっちが気恥ずかしい」

  何しろマスターである。

 そういう呼ばれ方をする職柄ならいざ知らず、一般人には違和感しかない呼称だ。年下少女にそんな風に呼ばれていると、周囲から誤解を受けそうで大変よろしくない。


「私は気にしませんよ」

「俺が気にするって言ってるだろっ」

 首を傾げるミストラルに声を荒げる。

 そもそも承諾しない内から、アディンをマスターと呼ぶ少女の神経はかなり図太い。

 このまま、なし崩しに事が運ばれそうで気にいらなかった。


「ところでマスターはどちらまで?」

「......コイツ、さも当たり前のように、今までのやり取りを無視しやがった」

 どうやら呼び名の撤回も失敗に終わったらしい。

 都合のいいスルー技能に溜め息を溢した。


「今から行くのは探索者ギルドだよ」

 ひょこひょこと横に並ぶ少女を尻目に、目的地を告げる。


「職が見つからないのに金ばかりが減ってな。そろそろ稼いでおきたいから、簡単な依頼でも請けるつもりだ」

 世知辛い事情と予定を教える。

 アディンは隠し事をするつもりはない。無頓着かもしれないが、知られて困ることもない。それに踏み入られることで少しでも悪感情を抱ければ、逆に切り捨てられる理由ができて都合がいい。

 もう少し嫌な奴だったらよかった。

 人懐っこいし、可愛いげがあるので、本気で嫌いになるのは難しい。

 根が悪くないからアディンにも遠慮が生まれる。

 迷惑だがやりずらさを感じさせるミストラル。

 悪気がない少女を、どう扱っていいか整理がつかない。


「マスターは探索者なのですか」

 ミストラルの興味を引いたのは、つまらない金銭事情などではなく、探索者というワードだ。


「一応な。とは言っても登録しているだけで滅多に活動していないし、最近したばかりだ」

「そういうものなのですか?」

 アディンは稼ぎになる探索者稼業に手をつけている。しかし常に危険と隣り合わせの探索者の活動をメインに据えるつもりはない。本業は魔導技師、そっちをメインにするのは当然のことである。

 しかし仕事が見つからない現状、暫くは探索者活動が中心になりそうなのだ。ギルドには既に登録を済ませているので、気軽に依頼を請けられる。


「ライセンス持ちの連中と違ってフリーの活動は気楽なもんだからな。ギルド登録だけしてる連中なんてザラだ」

 本職ではないアディンが気負いなく言った。

 実入りの良さに反した命懸けのリスクもあって、身銭がない時だけ働くアマチュアもいる。

 アディンがその例に洩れずのフリー探索者だ。


「あの、マスター」

「何だ?後、マスターじゃなくてアディンな」

 一度でも流したら、呼び名が固定されそうなので、訂正を忘れないアディン。

 ちょっとだけ残念そうな顔をしたミストラルが話を続ける。


「ライセンス持ちって、なんでしょうか?」

「知らないのか?」

「お恥ずかしながら」

 言葉通り恥ずかしげにしてミストラルが申告した。


「まあ、勝手に呼ばれてるだけの俗称だからな。知らないこともあるか」

「そうなのですか?」

「ああ、でも妙にしおらしい態度をするな、どういう心境なんだ?」

 知らないことを恥じるの感性は間違ってないが、天真爛漫な彼女がそうした態度を示すのは珍しくある。


「ちょっと常識に疎いところは自覚ありますから」

「自覚あったのか......」

 往来で人のことをマスターと呼ぶ少女は多少世間ずれしている自覚はあるらしい。ならもうちょっと行動を謹み控えていろと思う。

 しかし彼女が浮世離れしている理由が少しだけわかった気がした。整った容姿もあるが擦れてない奔放さが彼女を枠に捉えないのだろう。


「......ライセンス持ちの話だったな。ようするにギルドと直属契約を結んだ雇用探索者のことだ」

「雇用探索者?それってどういうことですか?」

「うーん、そうだな......探索者ってのは二種類に分けられる」

「えっと、探索者は危険区域で活動する者たちで、階級がSを入れてAからDまでの五段階評価ですよね。二種類となるとそれ以外に分け方があるんですか?」

「大雑把に分けると二つあるな。それが雇用探索者と登録探索者だ。違いわかるか?」

「マスターは登録していると言ってましたね」

「そう、俺は登録探索者だな。ギルドに登録するだけなら誰にでもできる。けれどギルドに正式に雇用されるとなると話は別だ。それに見合う能力と実績が認められなければならない」

 探索者の登録に必要なのは簡単な審査、適性検査、そして講習のみ。

 管理上、書面は必要であるし、当然、年齢が適してない者や怪我人、病人などは探索者になれない。

 探索者の規則事項を学ぶ講習も簡単なものだ。たいした苦労もなくアディンは登録探索者になれた。

だが雇用探索者になると話は全くの別物になる。


「それだと高ランクの探索者と違わないのでは?」

「いや違いは明確にある。雇用探索者と登録探索者では扱いが段違いだ」

「扱いの違いですか?」

「登録探索者はフリー探索者とも呼ばれている。どこに所属するでもなく個人として登録されてるからだ。探索者同士でパーティーを組むことも勿論あるが、ギルドは全く関与しないし強制力もない。登録すれば依頼を請けて危険区域に入ることができるが、許可されただけと変わらない。ギルドからの支援や援助は無いと言って等しい。ここまではいいか?」

「はい」

 一旦区切りミストラルが頷くのを確認した。

 アディンと同じ登録だけしている探索者であれば、ギルドに果たすべき義務もなく自由な裁量で依頼を請けられる。

 ギルドは自己責任による放任的な管理体制を敷いているが、一応、規定違反者に対する法的拘束力ペナルティを有する。しかし義務を課す強制力は持たないのである。


「雇用探索者はギルド、ギルドカンパニーに直接所属する探索者だ。組織に属した、現場の職員ともいえる。魔境に潜る際も、支援は当たり前。引き抜きによって腕利きの探索者を揃えているし、連携のとれるチーム単位ので活動している。欠員が出れば、人員の補充や怪我の保証もバッチリ。装備だってギルドのツテで通常では手に入れ難いモノも支給されている。ライセンスっていうのはこの辺りの違いや、特権のことを言うのさ」

 一方の雇用探索者の場合。ライセンス持ちはギルドの元締めギルドカンパニーに所属する探索者と言える。

 危険区域に潜るには装備や消耗品が必要になる。それら必需品だって出費が馬鹿にならない。そういう細かい手配は勿論のこと組織のバックアップは手厚い。ライセンスの所以とはそんなところだ。


「登録探索者は支援を受けられない.......?それはそこまで違いがあるものなのですか」

「雲泥の差だな。当然のことだけれども登録しているだけの人間に、雇用探索者と同じようなサービスを提供する謂われはない。扱いに違いがあるのも仕方無いことだ。シビアだけど組織とはそういうものだしな」

 優遇されていると言えばそうなのだが、だからと言って差別されてる訳ではない。

 二つの違いは単に雇用システによるものだ。支援制度はそのおまけでしかない。

 少なくともアディンは雇用探索者になりたいとは思わなかった。


「良いことづくめに聞こえる雇用探索者だってデメリットは存在する。組織として活動する以上、必ず果たすべき義務や責任が付き纏う。気ままに請けられる依頼とは違って割り振られた任務を放棄はできないから、それが厭で敢えてギルドに所属しない身の振り方を選んだ探索者もいる。結局どちらも一長一短ってことだな」

 気楽にやれるフリー探索者の方がいい。魔導技師として必要な素材を集めたい時や、魔導器の運用試験には持ってこいという理由で探索者を始めたのだ。ライセンスに対して思うところはなにもない。


「マスターは扱いの違いを不当に思わないのですか?」

「違いはあるがそれを僻んだり不当に思うことはないよ。そう思う輩は多くいない。それに少し考えればわかることだがギルドのシステムは正当だ。雇用した探索者を優遇するのは当然のことで、それがあまりにも厚待遇だから何の恩恵もない登録探索者が不満を抱いたりするワケだ。まあ、不満やケチが出るくらいギルドカンパニーは太っ腹って話だよ」

「マスターはそういう考え方をなさるですね。さすがです」

「一般論だ。一々持ち上げてるな。それからマスターって呼ぶな」

 アディンは溜め息を吐いた。表面上素っ気なくしているが、世間知らずなミストラルの高評価には、むず痒さを感じさせられる。


「マスター?」

「アディンだ」

「マスターのガードが堅いです」

「一生崩せないガードだから諦めろ」

「いえ崩せるように頑張ります。でもギルドに雇用探索者がいるのなら登録探索者は必要ないのではありませんか?」

「恐ろしいこと言うなお前。職を失う探索者が、溢れかえるぞ。実際は、カンパニーといえど細事まで手がまわないから、そうはならないだろうけどな。危険度や優先順位の高い依頼は率先してこなすけど、動く時は拙速に欠ける。人員をまわせないような時に外部の登録探索者が動いてくれれば助かるだろ」

 口に出すことではないが雇用した探索者を動かすのは賃金が掛かるしリスクもある。

 重要性の高い仕事は雇用した探索者を使い、優先順位の低い仕事を登録探索者にまわされる。

 そうして登録探索者の依頼は成り立っている。


「ですがカンパニーのように優れた人材がいないと成り立たないのでは」

「登録探索者を舐めんな。高ランク探索者や魔法使いを囲ってるギルドだけど、それを良しとせずフリーで活動する探索者もいるって言ったろ。武骨者だからといって侮ると痛い目見るぞ。本業の探索者は自己責任からこそ腕を磨くことを怠らない猛者たちだ。魔法を使う腕利きだっている」

 魔境に挑む人間は、屈強なものたちばかりだ。

 フリー探索者は組織の力を持たないが、ある意味自立した強者と言えるだろう。

 危険区域に大きな組織を頼らない。それだけ高い実力を身に付けている。


「すいませんマスター。そんなつもりでは」

「あ、悪い熱くなってた。そう認識されるのもわからなくないんだ。人類が魔法の力を失いつつある今魔法使いは稀少だ。多くの魔法使いを集めている雇用探索者は強大だから、比較されるとどうしても頼りなく思えるのも当然かもしれない」

 単身で魔境に挑める人間は稀有だ。

 それは大抵の場合魔法使いに限定される。

 そして魔法使いを欲しっているのはギルドに他ならない。

 ギルドに所属する魔法使いは膨大だ。

 数え切れない魔法使いをギルドは保有している。


「魔法使いは稀少......ですか」

 ミストラルがぽつりと呟いた。


「人類はこの世界の支配者って訳ではないからな。飛空艇が魔境上空を避けて通るのがその証拠だ。領土、領空、領海、そのすべてに人が踏み込めない領域がある。魔獣や魔物という存在が人を阻み、避けて通るしかない。魔法の力を失った人類は人界という安全圏でのみ生活している」

「ですが人類、いえ探索者やギルドは危険区域に立ち入りし、魔物にだって挑んでいます」

「そう。人類は無力じゃない。まだ完全には失われてない魔法の存在。魔術や錬金術。そして新たに誕生した魔導器技術によって人類は躍進し続けている」

「それって素晴らしいことですよね」

「......そうかもな」

 ギルドの建物が見えた。この辺りでは一際目立っている建物だ。アディンも何度か足を運ばせている。


「話しこんでいるうちに到着したな。俺は話した通りギルドに用事がある。わかったら、さっさと帰れ」

「いえ、そういうことなら私も利用します」

「うん?そうか、やっぱりお前探索者なんだな」

「言ってませんでしたか?」

「ああ言われてない。でもそうか通りで足も速いし体力もあったのか。納得した」

 いつかの追走劇を思い出す。運良く袋小路に追い詰めるのに成功したが、実際はギリギリのところだった。

 体力も敏捷も彼女の方が上。土地勘と運の以外の要素でアディンは勝てなかっただろう。


「いえ、私なんてまだまだです」

「おう、わかった。じゃあお前も頑張れよ」

 謙遜するミストラルに話を切り上げ、ギルド支部に向かおうとする。


「マスター」

「まだ何かあるのか」

 嫌そうな声色でアディンは向き直った。


「ですから一緒に依頼を請けさせて貰えないかと」

「一緒に依頼?」

「はい。そうすればマスターも私のことを受け入れてくれるのではないかと思いまして」

「つまり俺とお前でパーティーを組みたいと?」

「はい」

「ふうん。マスター云々よりもそういう誘いのほうがやりやすいな」

 アディンが呟き、どこか雰囲気を剣呑としたものに変える。それほどまでに苛立っていた。


「マスター?」

「断る」

 拒絶。

 一切余計なものを挟み込まない直線的な物言いだった。


「っ、何故でしょうか?」

 急変する態度に動揺しつつミストラルは食って掛かる。


「俺にパーティーを組む気はない」

「一緒に依頼を請けるだけでも」

「言ったろその気はない。臨時でもパーティーは組まない」

「理由を。理由をお教えください」

「俺がお前を信用していないからだ」

「そんな!」

 今自分はどんな顔をしているのだろうか?

 何故か強まった拒絶の気配にミストラルは困惑している。だがそんなことは知ったことではない。


「今まではっきりと言わなかったが言ってやる」

 もともと彼女の存在を認めてなどいなかった。そんな関係がいつまでも長続きするはずもない、こうなることは予測できた筈だ。その瞬間がやって来た、それだけのことである。


「俺にマスターやらパーティーやら人間関係を押し付けるな。迷惑してるんだ」

「......」

 なにもかもブチまけるつもりで言い放った。

 けして軽くはない本心が含まれた言葉。偽りがないからこそ鋭利に、そして残酷に響く。


「わかったらもう俺に関わるな」

 アディンは穏便なやり方を放棄した。いつまでも寛容ではいられない。配慮や思い遣りを一切捨て去り、おもいっきり拒絶した。

 突然過ぎると自分でも思う。しかし彼女は知らず一線を越えていた。それを越えたら容赦しないと引いたライン。触れて欲しくないからこそ過剰に反応する線を無遠慮に踏み込まれた。

生まれた忌避感が罪悪感をはね除ける。

 アディンは少女を傷付けることを躊躇わなかった。

 ミストラルは俯き表情を隠している。

 そして徐に顔を上げ、アディンを見据える。


「嫌です」

「はぁ?」

 アディンは呆気にとられた。それに構わずミストラルは続ける。


「嫌です。私は諦めません。マスターには絶対にマスターになってもらうと決めました。パーティーを組むのも、マスターになってもらうのも絶対諦めません」

 ミストラルは臆面もなく言い放った。

 アディンの冷たい拒絶に屈せず、屹然として深緑の双眸に一層強い意思を宿らせている。


「お、俺の意思は......?」

 呟きと共にアディンは愕然とする。

 立場は逆転。圧倒されているのは自分の方。

 何故こうも狼狽える羽目に陥っているのかワケがわからなかった。


「私は諦め悪いですよ。マスター」

 突き付けられた言葉に返す言葉を持たなかった。



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