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出逢い

「さて、どうしたものか」

 尾行けられている。

 アディンがその異常を察知したのは背後から不穏な気配を感じたせいだ。敢えて気がついた素振りはみせず相手の動向を探った。

 露骨に視線を向ける訳にもいかず人物の特定とまではいかないが、単独犯だろうことは掴めた。

 いつから尾行けられたのだろうか。

 カスミと遭遇した時はそのような気配は感じなかった。

 となると市場での騒動前後のタイミングが合いそうだ。

 進路の主導権はこちらにある。行き先を安全そうな場所にして逃げ込むのも自由だ。

 しかし相手は一定以上近づいてこない。どこかへ誘導したり待ち伏せしてるような節もしない。

 何が目的だろうか?

 アディンを標的にする理由。取り敢えず財布目当てではなさそうだ。だとしたら尾行なんて無駄なことはせず、人気のない場所で張り込んでいた方が手間もリスクも少なく済むだろう。

 ならば怨恨か。

 人の恨みを買った覚えはあるがしっくりこない。

 せせこましい報復目的だとしてやり方が迂遠かつ突拍子がないように思える。

 だとしたら魔導技師であることが理由か。

 どうせ今後着る機会は少ないと思ってギリギリまで着用しているアカデミーの制服姿は目立つ。

 この制服が示す所属が原因なら相手は本格的にヤバイ奴だ。

 でもそんな奴が単身でアディンを付け狙ってるとしたらやり方が杜撰すぎてピンとこない。

 どうにも犯人の目星がつかず相手を見極めきれない。


「なんにしても面倒なのは変わりないが」

 治安機関に頼ろうかとも考えたがまだ被害が出た訳でもないのに事を荒立てるのも早計だろう。

 現段階では尾行された程度。問い詰めたとして惚けられでもしたら手が出せない。最悪こちらがお騒がせ者扱いにされそうである。

 かと言ってそのまま放置するつもりもない。

 不審人物を相手に引き下がるようなおとなしい性格をアディンはしていなかった。

「どう対応するか」

 他力本願が難しいとなれば自力解決しかない。

 そっちの方がアディンの好みだ。必要があれば誰かを頼ることもあるが自分で解決できるならそれが一番だと思っている。

 現状、相手は一人で動機も目的も不明。

 特に被害を受けた訳ではないがこのまま放置するのは論外。

 ざらっと状況をお浚いして方針を決める。

「よし。やるか」

 アディンは決断してから行動は早かった。

 突如、その場から駆け出した。

 雑踏を走り抜けていくアディンに追っ手の動揺した気配を感じた。そして暫くして追走してくる気配を感じる。

 予想ではそのまま振り切れるパターンと、追い掛けてくる二パターンあったが、余程のことが無い限り前者だと予測したのに反し後者のパターンだった。

 ここまでご執心だと何かあるに違いなさそうだと考えたがアディンは心当たりに見当が付かない。結局本人に訊き出すのが一番だろう。


「ついてこれるならついてきてみやがれ!」

 挑発しながら人気のない道へと進んだ。

 後ろからは追跡者がついてくる。

 結構な速さで走っているつもりだが振り切れるどころか距離が開く様子もない。

 それでも構わず狭い裏路地に駆け抜ける。

 入り組んだ構造の路地裏は追手を撒くのに適した場所で一瞬でも見逃したら見失ってしまいそうだ。

 それを嫌った追跡者が空けた距離を詰めてくるのをアディンは感じた。

「速いな。だが最後に笑うのはこの俺だ」

 これ見よがしに角を曲がると身を翻してアディンはその場所に待機する。そのまま待ち構えるつもりだ。

 足音が聞こえる。追跡者のものだ。

 ここで相手の正体を暴く。


「出たな「え?わわっ!」不審者め、って早っ!?」

 姿を見せた途端待ち構えるアディンに反応して犯人は踵び返してみせた。

 あまりに一瞬の出来事で相手の全体像をはっきり捉えらることができず、かろうじて判明したのは思ったよりも小柄な人物だということだけだ。

 勿論このまま逃がす手立てはない。

「ええい逃がすか、待ちやがれ!!」

「ーーッ!?」

 前方を走る相手が驚きの声をあげた。いつの間にか逃げる側と追い掛ける側の立場が逆転している。

 そのまま追走劇を繰り広げるが、向こうの方がすばしっこくて追い付けない。だが入り組んだ地形と狭い通路の急な曲がり角や多くの障害物がアディンに上手く味方したおかげで走る速度に大差はなかった。

「おっしゃっ。逃げ道を間違えやがった」

 混乱した逃走者は来た道とは別の道を辿っている。

 土地勘に優れたアディンはそこがどんな場所に繋がるか知っていた。

 程なくして相手を袋小路に追い詰める。

 アディンを追って逃げた人物は行き止まりに立ち往生したまま背を向けている。

「はあ、はあ、やっと追い詰めた。もう逃げられん。観念しろ」

 息を切らしたアディンが言い放つ。

 勧告を受けて諦めたのか、ゆっくりとした動作で相手は振り返った。

 フードで顔を隠した謎の人物と対面する。

 両者が何かをする前に路地裏に強い風が吹いた。


「あっ」

 捲れ上がるフードを咄嗟に押さえつけようと手を伸ばすが遅れてしまい素顔が露になる。

 その相貌に思わず茫然とした。

「女の子?」

 女性という性別も意外なことだったが容姿にも驚かされた。

 神秘的な深緑の双眸と整った顔立ち。三つ編みに束ねた銀灰色の髪を尻尾のように垂れ流している。

 歳は十代半といったところか。フードのついた外套の下には肩を晒し袖のある東国の衣装。着物とは違うそれは島国でなく大陸のものかもしれない。分離した袖単体をベルトで固定し腕に巻きスリット等露出はあるが纏まった異国情緒ある装束姿だ。

 そんな少女がアディンをつけてきた犯人である。

「お前は何者だ。どうしてつけてきた?」

 すぐさま状況を思い出し鋭く目を細め訊問する。

 アディンより頭一つ小さい少女が見上げてくる。

 そして口を開いた。

「ご、ごめんなさい。追い掛ける真似をして申し訳ありませんでした」

 追い詰められた少女は実に素直に謝罪してきた。

「はあ?」

 予想外の展開に素頓狂な声を上げる。

 アディンは荒事を予感していただけにあまりの予想外の出来事に困惑した。行き場のない警戒心が動揺に変化する。

 尾行犯と思わしき少女はアディンに頭を下げたまま動いていない。隙を見て逃げ出す算段とか油断させる為の手段とかではなさそうだ。

 悪意による行為や悪びれないパターンならともかく、こうして謝られた場合どうしたものかとアディンは悩んだ。

 誠意のある畏まった態度を前に強弁な態度を維持するのも難しい。

 とりわけ年下の少女が萎縮していると、なんだかアディンが悪いことしてる気までしてきた。

 混乱しつつも、埒が明かないので言葉をひねり出す。

「ええっと。ああ、うん。まあ謝るのなら、仕方ない、のか?」

 自分でもよくわからない状況に陥っていた。

 理由もわからず尾行の被害に遭いそのことを糾弾する立場にいるアディン。

 当初は犯人を特定するだけでなく懲らしめる気満々でいた。が、それは相手が善からぬ輩であり、何かしらの後ろめたい理由でアディンをつけ回していると予想してのことである。

 それがどういう理屈か、想定していた悪漢ではなく犯人は美少女であり、悪どい人間かと思えばそうでもなく、非を認めた上で謝罪するマトモな人物である。

 なまじ物騒な展開しか予期していなかったアディンには状況についてこれず混乱を招いた。

 尾行されたとはいえ少なくとも謝罪してきた相手に気が引けてしまったのである。

 だからと言ってそのまま即座に彼女を開放する訳にはいかず対応に困る。

「とりあえず、頭を上げてくれ」

「......はい」

 少女は随分としおらしい態度だ。自身が悪いことをやらかしたと自覚している子供が怒られるのを待ってるかのような顔をしている。

 どっちが悪者なんだと思わずにいられない。

 とりあえず非難めいた態度を軟化させてみせることにした。

「どうして俺のことを尾行してたのか訊いてもいいか?」

 アディンは当然の疑問を口にする。

「ええっと、その、あのう」

「ああ、怒ってないから理由だけ教えてくれ。どんな理由であっても責めたりしないからさ」

 少女が狼狽えたのでアディンは落ち着かせるように言い聞かせた。

 尾行してきた不審者の少女を宥めすかす。

 厳ついゴロツキではなく美少女につけられてたのだと思えばそう悲観する事態ではないのかもしれない。

 どんな状況だよとアディンが心の中でツッコミするが目の前の状況がそれだった。

 どこか浮世離れした雰囲気を纏う少女はアディンの言葉に安心したのか落ち着きを取り戻した。

「最初は尾行とか、そんなつもりはなかったんです。夢中になっていたら、いつの間にか追いかけることになってしまいまして」

「それは何故?」

 少女がアディンを見つめる。

「その前に名前を名乗っておきます。私はミストラルといいます」

 アディンは僅かに残る少女への警戒心を掻き消した。

 ミストラルと名乗った少女の様子からは害意や悪意も見受けなければ悪人にも見えかった。それでもアディンをつけてきた不審人物であるのは代わりない。少女の信憑性はともかく挙動には注意していた。

 だが謝罪から始まった律儀な態度と名乗られたことで最後の警戒網を解いたのである。

「ご丁寧にどうも、俺はアディンだ」

 アディンが少女ミストラルに名乗り返す。

 名前くらい本気で調べればすぐにわかることだし隠す必要もないだろう。

 アディンの名を聞くとミストラルは顔が弾けるような笑顔を浮かべた。花のような笑顔だ。

「アディンさん」

「なんだ?」

 内心ドキリとしたのを隠してアディンは応える。

「初めてお見掛けした時から確信しました。この人しかいないと。私は自分を抑えられず追い掛けたのです」

「は?」

 唐突の告白にアディンは素で返した。

「貴方にどうしても話がしたくて」

「えっと、なに?」

 なんだろう。甘酸っぱい空気を感じる。ミストラルのもじもじといじらしい態度にアディンはたじろく。

 一生懸命言葉を伝えようとする少女に圧倒されていた。

「アディンさん」

「お、おう」

 真剣な顔をしたままの少女。

 彼女は一体どれほどの緊張を隠し、勇気を振り絞ってアディンに声をかけたのであろうか。

 生半可な気持ちであれば、これほどまでに思い詰めた表情をしていまい。

 そう思えるほど彼女の眼差しは力強く強い意志を秘めていた。

 覚悟に引き締められたその唇からハッキリと言葉が紡がれる。

「私のマスターになってください」

 フードをつけていた時に頭を押さえられてた反動か、少女の頭からぴょこりとアホ毛が跳ねた。

 辺りに沈黙がおちる。

 唖然として言葉を呑み込むこと数秒。

「はあ?」

 アディンの素っ頓狂とした声が路地裏で響き渡った。


 何者かに追われていたアディン。

 追跡していた者の正体はミストラルと名乗る謎の美少女であった。

 そして彼女の目的は意外なものだった。

「つまりなんだ。マスターとやらになって欲しくて俺に付きまとっていたのか?」

「はい」

「そうか」

「お願いします。マスターになってください」

 そう繰り返しアディンにマスターになることをお願いする少女。

 アディンを追いかけてまで頼みこむ少女は切迫した真剣な表情をしている。

 そして、その願いをアディンは、

「断る」

 容赦なく断った。

 逢ったばかりの少女の頼み事を安請けするほどアディンは情け深くない。それが意味不明な要求なら尚更の事だ。

「......」

 少女はそのまま呆然とする。

 まさか即決で断られるとは思いもよらなかったと愕然とした顔で停止していた。

 がすぐさま再起動する。

「そこをなんとか!」

「お断りします」

 再度、熱意も込めて頼み込んできたが二度目の返答はすんなりとしたものだった。最初に受けた衝撃を乗り越えると後は余裕ができるというものだ。

「お試しに」

「結構です」

「ちょっとだけ」

「イヤ」

「なし崩しでもいいので」

「願い下げします。あと、本音出てるぞ」

 自らを押し売る少女をすげなく返すアディン。

 悪質なセールスとそれをやり過ごすお手本のような光景だ。

「勝手につけてきたことについてはもう咎めない。これで問題ないよな。それじゃあお達者で」

「待って下さいまだ終わってません。私のマスターになってもらう用件を果たしてません」

 ミステリアスな少女が怪しい勧誘に成り下がっていた。

 やはり不審人物は不審人物だ。

 何かやんごとなき深い事情があると思っていたのだが宛が外れて白けてしまう。

 しつこくアディンに追い縋る少女を辟易としながら路地裏を後にした。

 そんなアディンの背後からまた一人少女がついくるのだった。

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