魔法使い
賑やかな露店が並ぶ大通り。
一般客には物珍しい魔境からの戦利品が並べられた市場を覗こうと、多くの人が行き交い道幅狭しとひしめいている。
「今日はやけに騒々しいな」
人が集まれば活気があって賑やかなのものだ。
しかし今日の騒がしさには普段の熱気とは異なる物々しさが含まれていた。
キョロキョロと目線を動かし原因を探す。すると少し道を進んだ先の方向に目立つ人だかりを発見した。
その珍しさにアディンも野次馬に混ざりに入る。
「ご容赦くださいお客さま!」
露店の店主だろう男が悲鳴のような声をあげて客に対応をしていた。
「なんで低級の魔鉱石がこの値段なんだよ!」
怒鳴り散らすのは迫力のある短髪の男だ。
「ここは中央の魔法区のように関税のない魔鉱石の取引は行われていないんです。これが市場での適正価格なんですよ」
「知らねえよ。魔法使いだからこそ魔鉱石を安く提供される権利があるんだろうが。つべこべ言わずそれを寄越せよ!」
「そんな!」
店主は悲鳴を上げる。彼とて意地など張らず、ハタ迷惑な客を相手に商品の一つ二つ格別安く渡すことで無駄なトラブルは避けたい。
しかし男は一つどころか多くの品を買い占めようとして、下げに下げた値段に納得してくれなかったからの困りようだ。
相手が“魔法使い”であることが面倒事に拍車を掛けていた。
“魔法使い”、現代で稀少となった“魔法”の才ある人間だ。
あそこまで威張り散らしているケースは稀だが、魔法使いの多くはプライドが高く、魔法という強大な力を保持している。
実際優遇されているだから扱いが難しい。
一部の都市では貴重な人材確保の思惑があり、魔法使いのみを関税免除した優遇政策が行われている。
しかしラヴィウエストではその特例を適用していない。
特例はあくまでも特例でありその都市が特別なのだ。
男もそれくらい百も承知しているだろう。ようするにいちゃもんだ。法外の値段を吹っ掛けられて店主の顔色は絶望的に蒼く染まっている。
いざこざに巻き込まれたくない観衆はただ遠巻きに成り行きを眺めるだけだ。
「騒がしい理由はこれか。タイミング悪い、あいつさえいればなあ」
見物に混ざったアディンはどこか他人事のように呟いた。
アディンも積極的に介入するつもりはない。
魔法使いとのいざこざなんて大怪我のもとでしかなく、善意で動くには割高過ぎた。
そもそもこういったことを取り締まるのは警邏の仕事で一般人がシャシャリ出る幕ではない。
ハタ迷惑な恫喝だが、問答無用な暴力手段を用いてるわけでもなく、辛うじて交渉の範疇に収まっている。
すぐさまどうこうなる状況でもないならば、時間が改善させるだろう。
魔境特区は魔法使いだろうとある意味平等なところだ。
あのような横暴がまかり通るほど甘くないと知っている。
緊急でもない以上、余程上手くやれる人物以外の横やりは事態をややこしくするだけと考え、控えた方が賢明だと判断した。
アディンが消極的な解決方法を決断した時、人だかりから低い男の声が通る。
「値引き交渉に恫喝はないだろう」
どうやらアディンの考えとは裏腹に事態は進展するようである。
体格のいい男が前に出る。
背丈の高い大男で、ボサついた前髪が目元を覆い隠くし彫り深い顔立ちが威圧感を放っている。浅黒い肌の下には鍛え抜かれた身体が逞しく、並大抵の人なら目を合わせるだけで臆してしまいそうな屈強な男だ。
「おっ、これはもう解決したな」
呑気に言いアディンは野次馬に徹する。
「なんだてめえは!?」
大男の登場に魔法使いは強気なまま構えた。
彼も体格でいえば大男に引けをとらない図体の持ち主であり、強面な大男に物怖じ気しない程度には肝が座っているらしい。そうでなければチンピラ紛いのことをしてないだろうが。
大男が巌のような分厚い唇を動かす。
「探索者だ。店頭で騒動なんて不粋な真似はよせ」
「探索者ァ?お前魔法使いか」
「残念ながら魔法使いではないな」
「ハッ。能無しの連中か。失せな、てめえみたいなのが出張っても魔獣の餌になるのがオチだぜ」
探索者を名乗る大男。野性的な見た目に反して理知的な対応をみせる。
ここラヴィウエストでは珍しくない探索者のようだ。 両腕に嵌まった頑丈そうな朱色のガントレットが異彩を放っていた。
彼の真摯な対応は魔法使いに通じず、嘲笑するように揶揄される。
能無し、その言葉は魔法が使えない者への侮蔑を隠さない。魔法を自在に扱える者と何の力を持たない一般人では大きな差が生じている。魔法使いは力を持つ特別性から選ばれた人間である優越感を抱く者が少なくない。
実際に優遇されていることが彼のような勘違いを加速させる一因になっている。
もちろん魔法使いによる差別は容認されてない。
もはや大衆の人々が魔法を使えないほど魔法衰退が進んだ時代、“魔法使い主義”を支持する思想はとっくに廃れている。結局のところ魔法使いの男の態度が横暴なだけとしかいえないだろう。
「怖いもの知らずだな。あの様子だと低級の魔法使いだろうに」
アディンは静観しながらチンピラ魔法使いを分析する。
魔法使いとはつまり魔法発動体なしに魔法発現を可能とする者たちのことだ。
過去、魔法文明時代に誰しも備わっていたものであり現代では稀少な素質である。
魔法の才能は備わる備わらないだけでなく力量もランク付けされている。
アディンは横暴な魔法使いの男が下級魔法使いだと見抜いていた。
男が欲している魔鉱石は露店で扱われる高品質と呼びがたい魔鉱石。そんなものを態々大漁に欲しがる時点で実力の低い魔法使いだとしか思えない。
「ご忠告痛み入るがその心配は自分にした方が良さそうだ。ここが探索者の界隈だときちんと認識して行動した方がいい」
「喧嘩売ってんのか能無し風情が!」
「慢心していると足元を掬われるぞ魔法使い」
ここラヴィウエストは探索者による実力主義の土地。魔法使い主義の考えがまかり通っていい場所ではない。
あんな悪目立ちする行為をしていたら警邏でなくとも今のように都市に溢れている腕自慢の探索者たちが助け船を出すだろう。
そうした事情を踏まえた上での忠告だとアディンは理解していたが、肝心の魔法使いには皮肉にしか伝わらなかったようだ。
「やってやろうじゃねえか。表へ出ろ!」
火に油を注がれた男は激昂する。頭に血が昇っているのか周囲には目もくれず怒りに満ちた形相をしている。
「ムウ。まあいい、やろうか」
大男は唸りつつも応じる。
見掛けよりも穏やかな性格をしているで交渉の失敗に落胆しているのだろう。
「相変わらず口下手な人だな」
アディンはその様子を呆れて見ていた。
二人は露店から離れ、道の中央で対峙する。
人だかりが大男と魔法使いを中心に囲んでいる。
荒事を予感し距離を取りつつ物好きな野次馬たちは遠巻きに見物している。
そんな観衆が見守る中で大男が構えた。
「フム。いつでもいいぞ」
手足に厳つい装備した大男は籠手を嵌めた腕を確かめつつ言った。
「魔法使い舐めたこと後悔させてやる!」
魔法使いが口火を切り動いた。
「くたばりやがれ!」
魔法使いの右手に魔力が集まる。独特の蒼白い光を放つ光球が出現した。
周囲から驚きの声が聞こえる。
今更ながら危機感のない野次馬の一部が魔法が使われたことに慌てたらしい。
「ホウ。魔力弾か」
大男が意外そうに呟いた。
「ハッ。今更怖じ気づいてももう遅えぞ」
不敵に笑う魔法使い。
アディンは下級と侮ったが手のひらに安定した魔力塊をつくり出す技量はそう悪くはない。
ただアディンの知ってる魔法使いは予備動作抜きで魔法をぶっ放すので求める基準が高いのだ。
「せいヤッ」
魔法使いは気合いの入った声で魔法が放たれる。
拳大の魔力弾はまっすぐ矢のように放たれた。
「ムッ」
様子を伺っていた大男は飛来する魔法に一歩退く。
それだけでは避けきられず真っ直ぐ突っ込んでくる魔力の塊は大男の上半身をぶつかり周囲に砂埃を巻き起こした。
衝撃の余波が広がり陳列品が吹き飛ばされる。
どう見ても軽い怪我では済まない威力だ。
「どうだ見たか」
勝ち誇る魔法使いに人々は短い悲鳴をあげる。
いくら騒動を期待していた野次馬とは言えここまでの傷害沙汰は予想外だったのだろう。
喧嘩の延長線と高を括っていた見物人は恐ろしげに魔法使いを見ていた。
大男の安否を誰もが心配したがアディンだけは慌てた様子もなく事態を眺めていた。
「思ったよりやるな。なかなかだ」
砂塵の中で声が響く。
大男が埃を払うような仕草でその場に立っていた。
「なっ、てめえ。魔法を使えるのか」
直撃したのに無傷でいる大男に魔法使いが驚きを露にする。魔法を使わない限り攻撃を防げるとは思えず動揺している。
「これは知人に作ってもらった“魔装具”の籠手だ。魔力のある人間なら魔法使いでなくとも扱える便利な代物でな。特注品だ」
朱色の籠手の正体。
“魔装具”と呼ばれる“魔導器”の一種だ。
魔導技師の技術により造り出される“魔導器”。
そのコンセプトといえる最大の特徴は“魔法発現力”のない人間でも魔法が使える“魔法発動体”であることだ。
魔法とは体内の“魔力”を使い、それを放出することで起こす現象のことである。
魔法を使えない者は体内の魔力を体外に放出する素質、“魔法発現力”を備えていない為自前では魔法を扱うことはできない。
だがどの人間も魔力が備わっている事に違いないのでその体内魔力を運用し、魔法を再現しようとした試みが行われた。
それが“魔術”であり、単体で魔法が使える道具として応用したのが“魔導器”である。
武器に特化した魔導器を“魔装具”と呼んだ。
「っ!それがどうした!」
あきらかに焦り出した魔法使いの男はそれでも啖呵を切り、魔力弾を生み出した。
先程と変わらない魔力弾が大男を襲う。
今度は大男が受けに回らず行動を示した。
籠手に魔力を供給し刻まれた術式を発動する。朱いオーラを覆いそのまま殴った衝撃で魔力弾を掻き消した。
「やはり芸がない。上級魔法使いの攻撃はこんなものではない。単調で捻りが無さすぎる。これでは魔獣を相手にする経験もないのでは」
「うるせえェ!」
激昂し立ち直れない魔法使いは実力差に気づいても引き返すことはしなかった。
更なる魔力弾を生み出し交戦の意思を曲げようとはしない。
説得を諦めた大男は両腕の籠手で拳を作り唸った。
「出直してもらおうか。それが自身の為になる」
「クソッおおおお」
巻き散らかすよう放たれた魔力弾を、掻い潜るように躱しおそろしい速さで大男が近づいた。
そして彼の間合いに到着する。
「フンッ」
強烈な打撃音と共に大男の拳が魔法使いを打ち捉える。
魔法頼りの戦闘しか経験のない魔法使いは後方へと吹き飛ばされ、地面に転がり回ると泡を吹いた。
立ち上がるどころか気を失っているのは明白である。周囲から歓声があがった。
「あ、居たー。ガノンこっちこっちー!」
騒がしい雑踏から女性の声が通る。
大男の知り合いのようだ。
ガノンと呼ばれた大男は声の主の下に歩いて行く。
「騒がせたな。悪いが通してくれ」
観衆はガノンに道を譲りよくやったと健闘を讃えたり、おっかなそうに縮こまったりとそれぞれの反応で彼を見送った。
「何してたの?人がいっぱい集まっていたけど」
「ムッ、気にするな。たいしたことではない」
女性と合流したガノンは何事もなかったかのようにして去っていった。
「行ったか。つくづく無茶苦茶な人だ」
アディンもその姿を見送りつつボヤいた。
同時に人混みに紛れて見付からなかったことにほっとする。
雑踏に散らばっていく人々と同じくその場から抜け出した。
その背をじっと見詰める人物に気付けずに。