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とある青年の事情

 当初は気分転換に始めた散歩。

 しかし望んでいた効果はなく、かえって余計なことを考え込む羽目になり、気分は著しく低下した。

 趣旨に反した散歩はその名を呈するものではなく、鬱々と足を動かすだけの作業に成り果てている。

 どんよりとした重い足取りに気だるそうな顔をした姿は道行く人々から不審な目線を集めたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「嘘だろ、仕事見つかんねー」

 ポツリと吐かれた言葉が物語るように青年アディンの事情は至って単純、仕事の宛がない、それに尽きる。

 もうすぐ学生生活も終わり卒業も間近というおめでたい門出前にして焦りを募らせるのが彼一人だけ。

 皆が落ち着いて卒業の準備をする最中、就活難で困窮している彼にとってお先真っ暗な事情なのである。


 目の前を、大きな塊が動く。

 脇道から出た先の広い道を走る魔導四輪車だ。街の整備された車道を貨物用の荷台がある魔導四輪車が滑走していった。

 別段物珍しくもないがアディンは何とはなしに眼で追ってしまう。それは曲がりなりにも自分の専門分野に関わるからだろう。

 “魔導器技術”、それが現代の主流となっている技術だ。


 “魔法”文明とも呼ばれた遥か昔、魔法という力が普遍だった時代。人は誰しも平等に魔法が扱え、高度には発展した文明を築き上げた。

 しかし、人類の大半が魔法を使えなくなったことにより時代は終わりを告げる。

 突然の人に起きた原因不明の異常事態にどのような混乱と騒動が起きたかは想像もつかない。史実は具体性を欠いたまま天変地異の大災害のようにそのことを記している。

 いくつもの国家が滅び人口が激減した。“魔界”と呼ばれる領域が生まれ“魔物”たちが出現。“魔獣”、“幻獣”といった生き物はより凶暴化し猛威となった。人は住む領域を追いやられ“人界”という生活圏は狭まり魔法文明は崩壊していった。

 そうして時代は進み人々が魔法が使えないことを受け入れた“魔導器”時代。


 過去の“魔法技術”は失われつつも人類は生きながらえ躍進している。“魔法”の代用に“魔術”が扱われ、“錬金術”が体系化され、それらを現代技術と融合し誕生した“魔導器技術”。アディンの専攻は“魔導器”学だ。

 “魔導器”の専門である“魔導技師”の資格取得の為に、超難関である教育研究機関“アカデミー”を通い四年過ごしたアディンは、就活難という事態に陥っている。

 魔動四輪貨物車が走り去るのをアディンは見えなくなるまで目で追った。現実を直視するのが辛い。

 いつまでもそうしていられる訳もなく前に向き直り歩き始めた。

 街灯が並びコンクリートで舗装された道路は土埃とは無縁で丁寧に均され整備されている。

 “魔境特区”ラヴィウェスト。

 魔導器の最先端技術が集まる都心から西の駅を乗り継ぎ移動した先の都市で“魔境特区”であり、そこを潜ることを生業とする“探索者”の界隈でもある。

 “魔境”に近接している特区というだけあって探索者が持ち帰る物資や戦利品はここを賑やかせている産業のひとつだ。

 先程走っていた魔導四輪貨物車の荷台に、仕留められたばかりの魔獣がダラリと垂れ下がっていたといえばここがどんな場所かわかるだろう。


 アディンは三日前からここに移り住む気であるラヴィウェストに滞在している。

 居住先は既に確保しておりその住居となるのは賃貸アパートを確認してみたところ見事に何もない伽藍とした一室であった。

 まだ本格的な移住には早く寝起きくらいの仮宿扱いのつもりでいたが、思ったより長引きそうなので生活の必需品をある程度揃えなければならない。

 そう予定を一つ埋めて、それからふと過った就活の憂鬱を払拭する為に散歩に興じたのが今日の昼前の話である。

「はあ、折角アカデミーを出たのに仕事見つかんないとはな」

「先輩がギリギリまで何もしてこなかったから問題なんですよ。先月までに一回でも説明会や面接に顔を出したことありましたっけ」

 背後から声がする。

 誰に言うのでもなく洩らした独り言のつもりが返事を返してきた。

 振り返るとアカデミーの制服に身を包んだ見知った顔の少女が立っていた。

「ないな。でもって何でお前がここにいるカスミ。落ち込む先輩に慰めもなければ可愛げもない後輩は帰っていいぞ」

 開口一番から容赦のない発言に棘のある言葉が飛び出る。

 言われたことはまさしく正論なのだが言われた本人にとって余計なお世話でしかない。

 愛想の悪いアディンの対応にカスミと呼ばれた少女は気にした様子もなく自身の耳にかかる髪を弄んでいる。

「どもアディン先輩、見掛けたので声を掛けました。ちなみに私は小遣い稼ぎにラヴィウェストにいます」

 人懐っこくキャスケット帽子を乗せた頭に手を当てて挨拶してくる。どうやらサボりのようらしい。

 彼女の言う小遣い稼ぎの宛てはすぐに思い至った。ラヴィウェストで稼ぐ宛てといったらそれしかない。

「それと慰めようにも先輩は完全に自業自得じゃないですか。本人は仮にもアカデミー出身魔導技師資格をもった将来有望な学生だったのに、大手の勧誘を蹴ったと思ったら仕事探さないでダラダラ研究生活に浸っていたんですから」

 続いた言葉がアディンの胸を抉る。

 確かに順当な教育過程を経て実績のあるアディン。アカデミーを卒業数ヶ月前に、卒業資格足る魔導技師の資格習得も一足早かった程度に優秀であった。

 アカデミーは魔法分野の名門教育機関で、特に力を入れている魔導技師部門の卒業資格を得たアディンにも青田買い染みた大手企業からの誘いはあった。

 しかしそれを蹴ってチャンスを逃したのが自身の過ち。

「いや、それはそのあれだ。あの時期俺大変だっただろう?お前も知ってるだろ俺の事情。察してくれ」

「でも、それからも怠惰にずるずると過ごして何もしてこなかったですよね?」

 しどろもどろの言い訳が一蹴された。

 当時のトラブルで、ナーバスになっていたアディンは自棄になり色々と荒れていた。

 事情を知るカスミはアディンの内情を知りつつも情状酌量の余地を残さなかった。

 引きこもり生活のおかげで周囲の就職活動に乗り遅れ苦労しているアディン。

 勧誘を受けているのは彼だけではない。卒業予定のアカデミー生徒全員である。何しろアカデミー卒というだけで一種の成功者みたいなものだ。将来を約束された彼、彼女らは思い思いの就職先に待遇よく迎えられ、在学期間の残りは論文や卒業課題などの消化作業に専念している。

 アディンと言えば、わざわざ待遇条件も良くない微妙なところばかりを希望する変わり種のエリートとして妙に勘繰られ落とされ続けている。

 箸にも棒にも掛からない状況は心底予想外で非情な現実に彼の心は打ちのめされていた。

 そこに配慮の欠片もない後輩の追い討ちだ。

 矜持というものがズタボロにされていたが先輩の威厳という虚栄心を張り体裁を取り繕う。

「後輩よ。先輩に対して生意気が過ぎないか?」

「図星ですか」

 言葉の牽制は容赦なく切って捨てられた。

 堪忍袋に限界がきたアディンは半笑いを浮かべてカスミの頬を抓り、勢いよく引き伸ばす。

「あっはっは。黙らせるのが先だったようだな」

「ひたいれす」

「自業自得って言うらしいぞ。後輩に教えを残せて俺は嬉しいよ」

「大人気ないれふ先輩」

 間抜けに喋るカスミの頬を解放して背を向けた。

「お前に付き合っている暇はない。俺は忙しいんだ」

 じゃあな、と別れを告げて立ち去る。

 しかし振り返らず歩くアディンの足音に余分な音が追加していた。テクテクとついてくるその音の正体は誰であるか予想がつく。

「何故ついて来る」

 アディン立ち止まらずに問いただす。

 さらりと後ろについてきたカスミが返事をした。

「暇なんですよ先輩。後輩に甲斐性見せて下さい。美味しい所に連れて行って貰えれば私は嬉しいですね」

 人の財布を宛てにご馳走を要求してきた。

 思わず足を止めてアディンは振り返る。

「おいコラ。俺より金あんだろ自分の使え」

「こんな時だけ正論ですか。自分の時は暴力に訴えたのに」

 カスミが恨みがましく頬を擦って訴える。

 よく伸びるので勢いよく引っ張っていたが思いの外痛かったらしい。

 だからと言ってアディンの知ったことではない。

「なるほど、まだお仕置きが必要らしいな」

 これ見よがしに頬っぺの近くで指を摘まむ仕草をして脅してみせる。

「べえーっだ。先輩の甲斐性なし、守銭奴、どケチ、鬼畜、アクマ」

「うっせえ阿呆」

「いけずー!」

 捨て台詞を吐いてカスミは去っていく。

 状況の不利を感じ取り、撤退を選択したようだ。

 追いかける程元気がないアディンは無視して歩いた。

「なんなんだあいつは」

 生意気な後輩の態度にウンザリする。

 あの手の要求は珍しくもない。カスミはアカデミーでも、度々アディンに絡んではご馳走されることを請求してきた。

 普段は割勘でも納得するのにアディンと二人の時は妙に支払いを渋るので困りものだ。

 きっと後輩の身分を傘にご馳走されるのが好きなのだろう。

 ふと立ち止まり思考する。

 アディンとカスミ、先輩と後輩の変わらない関係。

 顔を合わせればいつものように減らず口。二人が会ったのは久しぶりだというのに距離感やブランクを感じさせなかった。

 アディンと親友の変わってしまった関係。

 あの事件を境に周囲の変化からアディンだけが取り残されているように感じている。


 きっと就職活動が上手くいかないからそう考えてしまうのだ。

 そう自分に言い聞かせてアディンは何かに急かされるように歩き続けた。

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