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私は静かにお茶を飲んでいた。いや、正確には私ではなくエミリーが。

やはりか。

私は内心溜息をつく。夢が初めてエミリー視点となってからは、見る夢見る夢私はエミリーであり続けた。

そうして早三ヶ月。抱擁もキスも男女のアレコレも我がごとのように体験しなければならない苦痛。

寝室での出来事を初めてエミリー視点で体験せねばならなかった夢の翌朝、問答無用で木下の頬を捻り上げたのは致し方ないと思う。

乙女の純情を返せと言いたい。


今度の夢もエミリー視点。何者かに強制されているかのように、私はこの夢から逃れられないらしい。


しかし珍しい。この場にアルフォンスがいない。どうやらお城の庭でお茶を飲んでいるようだが、近くに控えている侍女以外は誰もいないようだ。


こんなシーン見たことあったっけ?


私は意識の中で首をかしげた。

この夢は基本的にはアルフォンスとエミリーのワンセットで展開され、二人の愛だ恋だを観劇する仕様のはずだ。舞台によっては臣下や侍女や国民達がギャラリーとして加わる。


うーんと過去の夢を思い返していると、エミリーが口を開いた。


「あの人、どうにかならないのかしら」


んん?

溜息と共に吐き出された言葉に、私は知らず注目した。


「エミリー様、今更ですよ」


侍女のアネットがお茶を注ぎ足しながら答えた。

アネットはエミリーが幼少の頃から側に仕え、そしてアルフォンスの国へ嫁ぐ時にも一緒に付いてきてくれた、非常に頼もしい女性だ。


「両国の平和のためです」


そんなアネットの言葉に、エミリーは継ぎ足されたばかりのカップに視線を落としながら長い息をつく。


「恋の奴隷なんて……」


そこで言葉を切ると、聞いてる私の度肝を抜くセリフを一気に吐き出した。


「ちゃんちゃら可笑しくて鼻で嗤いそうになっちゃったわ」


……なんだって?


私は耳を疑った。頭の中でエコーがかかったように、エミリーの言葉がリフレインされる。

そしてようやく今のセリフを飲み込めた時、私は心の中で絶叫した。


エ、エ、エ、エミリー!?


その瞬間、どっとエミリーの感情が私の中に流れ込んできた。

主にアルフォンスへの、なんとも言えない白けた感情が。


そして今まで見てきた数々のシーンの真意を知った。


両国の長きにわたる隠された不和。エミリーが社交界デビューをした年には、表面上は友好国としながらも、その実戦争まで一触即発であったこと。エミリーの国には不利な戦争になるであろうこと。

そんな折、当時まだ第二王子であったアルフォンスが特使としてエミリーの国を訪れ、彼と出会ったこと。


当然初めは特使としての節度を保つアルフォンスだったが、自分に向けられるその視線に好意を感じ取ったエミリーは、チャンスだと思った。

国のため。愛する我が故郷のために、王女としての義務を果たそう、と。


そしてアルフォンスと恋仲になった。両国の平和の足がかりとなるべく。

しかし初めは甘い期待もあった。アルフォンスは世の女性の憧れを集約したかのような美丈夫であったし、頭も良く、武芸にも秀でていた。要は完璧な王子様だったのだ。

だからもしかしたら、本当に恋に落ちるかもしれない、なんて。

しかし現実は甘くなかった。予想外だったのがアルフォンスの人並み外れた愛情表現。

エミリーの気持ちが自分に向いていると気づくや否や、舞台俳優のように愛だ恋だを声高に叫ぶ。

彼の愛は、王女としてしっかりと世情を見据える眼を持っていた現実主義者のエミリーには荷が重かった。

つまりは相性が悪かったのである。

しかし時代が時代。彼の大袈裟な愛情表現など、周囲からは、なんて愛情深いのでしょう!素敵!と言われるばかりであった。


誰も共感してくれない。

それでもエミリーは頑張った。表情筋を鍛えて鉄壁の笑顔を作り、こっそり役者を招いて演技の練習さえした。

鳥肌も脂汗も全て意思の力で抑え込み、アルフォンスの愛の劇場のヒロインであり続けた。


しかし無情にも両国は戦争に突入。二人は引き離された。敵国の王子と情を通じたと、謂れ無いスパイ容疑をかけられたこともあった。

戦争において、女の出番など無きに等しい。それでもエミリーは王女として国のためにできることを探した。

そしてその唯一の方法が、悲しいかな、アルフォンスにせっせと恋文を送ることだけだったのである。

停戦の可能性を見出すべく、そして万が一敗戦となった際には家族と国民の助命嘆願を少しでも通りやすくするように。


その思いが天に通じたのか、状況に変化があった。アルフォンスの歳の離れた上の兄、つまりは敵国の皇太子が急な病であっさりと帰らぬ人となったのだ。

そうなれば当然アルフォンスが皇太子の地位につく。発言力を強めたアルフォンスは、父である王を説き伏せ、戦争推進派の臣下たちをどうやってか黙らせ、そしてあれよあれよという間に終戦にこぎつけたのだ。平和条約の証として、敵国の王女である私との婚姻を条件として。


平和条約が結ばれ、再び相見えたあの日、アルフォンスが言った。


「全ては君のために。僕は愛の戦士として闘った」


と。


エミリーの鍛えた表情筋でも、ヒクリと口元が引きつるのを止められなかった。








衝撃的な夢から覚めた時、私は改めて認めた。

エミリーは私の前世であると。

この得もいわれぬ親近感。胸に押し寄せるエミリーへの共感、同情。


あの場に私がいたのなら、せめて一言言ってあげたい。


凄いね、頑張ったねって。




愛の戦士って、私なら噴き出してきっと大惨事だったよって。









「エミリー。僕の愛しい人。君の前では僕はただ愛を囀る無力な小鳥だ」


今朝も木下は通常運転だ。

奴隷やら戦士やら小鳥やら、変幻自在のメタモルフォーゼか。せわしない男である。


いつもは無視を決め込むが、しかし今日の私は少し違った。

じっと木下の青い瞳を見つめる。


いつもと様子の違う私に木下はやや驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せた。


花が綻ぶような、全ての女性の心を掴むような、そんな魅力的な笑顔を見て、私は木下に対して初めての感情が湧き上がった。


なんて、なんて……


不憫な男なんだろう。


エミリーにすら、愛されていなかったなんて。


私はなんだか可哀想になった。

木下もアルフォンスも、全く残念な男達である。

相手がエミリーや私でなければ、女などよりどりみどりだろうに。


そうか、Mか。Mなのか。


私にM認定されたとは知らずに、木下は嬉しそうに私の手を取りニコニコとしている。


彼への変な同情心から手を振りほどかないでいる私に、由紀子やクラスメイト達から意外そうな目線が寄越される。


みんな、誤解しないでね。

ただ木下が可哀想になっただけだから。


愛する女のために戦争まで終わらせたのに、その実愛されていなかったなんて。

ちょっとくらいの愛情表現、許してあげてもいいかなって。


そういつになく私が優しい気持ちになった時。


「あ、そうだ。エミリーを生徒会の副会長にしておいたよ。みんな賛成してくれた。これから毎日放課後一緒だね。楽しみだな」


木下はさも幸せそうにそうのたまった。


私はうっかり忘れていた。

この男がただのお目出度い王子ではないことを。

前世においては終戦の立役者となり、両国の平和を築くほどの策略を巡らせることができるのだということを。

そして何だかんだ自分の欲したもの(エミリー)をしっかりと手に入れているのだということを。


私は静かに手を振りほどいた。

そして話しかけてくる木下を無視して教室を飛び出した。

もちろん、生徒会顧問に副会長辞退の直談判をするために。


しかし恐らく無駄だろうとの諦めがあった。


だってエミリーはその生涯を閉じるまで、ついにアルフォンスの愛の劇場から降ろされることはなかったのだから。


お読みいただきありがとうございました。

一旦完結としますが、気が向けば二人のその後などを書くかもしれません。

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