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「嗚呼、愛しているよ、エミリー!」


「私もよ、アルフォンス!」


二人はひしと抱き合った。衆人環視のもと。


「泣かないでくれ、エミリー。君のエメラルドのような瞳から涙が溢れるだけで、僕は今にも跪いて神に許しを乞いたくなる。君に涙を流させてしまう僕の、なんと罪深いことか!」


そしてアルフォンスはガクリと床に膝をついた。深い悔恨を示すように秀麗な柳眉を寄せている。

そんな彼の手に重ねられた、白くまろやかな美しいもう一つの手。

言わずもがな、エミリーだ。


「どうぞお立ちになって、アルフォンス。これは喜びの涙。ようやく築かれた平和と、何より愛する貴方ともう二度と引き離させることがないことへの、抑えきれない歓喜の一雫なのです」


そう言ってニコリと微笑んだエミリーの頬に、アルフォンスはワナワナと震える手を差し伸べた。


「なんて、なんて美しいんだエミリー。改めて誓おう。この平和を二度と壊さないことを。そして、君への永遠の愛を!」


「アルフォンス!」


そして再び抱き合う二人に、周囲からは大きな拍手が沸き起こった。


そう、これはとある国の王子と王女の愛の一幕。敵国同士ながら愛し合ってしまった二人があらゆる苦難を取り越えて、両国の平和と愛を成就させた感動のシーンなのである。


二人は互いに支え合いながら立ち上がった。満面の笑みで周囲に手を振って応える二人により一層拍手は大きくなり…









そして私の目が覚めた。


「またか…」


思わず頭を抱えた私を、一体誰が責められようか。

物心ついた頃から見ている夢。繰り返し繰り返し見る夢にノイローゼになりそうだ。まるで擦り込むように、洗脳するかのように、エミリーとアルフォンスは私の夢に現れ続けるのだ。


初めて夢を見たのは3歳の頃。ちょうど今見た夢と同じシーンだった。当時は意味がわからないながらも、舞台となっている王宮のなにやら荘厳な雰囲気と、これでもかと盛り上がる二人とその他の登場人物達に子供心にただただ圧倒され、そして泣いて目が覚めた。


次に夢を見たのは5歳。女の子らしくキラキラふわふわしたものに憧れ始める時期、当然お姫様になりたいなんて考えてしまうお年頃だ。そんな中、精悍なアルフォンスと美しいエミリーは私の心を鷲掴みにした。王子様とお姫様。なんて素敵な物語。

ワクワクとした私の心を反映してか、この時期は頻繁に夢を見ていた。その回数たるや、ここぞとばかりの夢の猛攻に、もはや私の夢は何者かに操られているとしか思えない状況だった。


成長するにつれて5歳の頃程の頻度ではなくなっていったものの、中学を卒業するまで、私はコンスタントにアルフォンスとエミリーの愛の劇場を見続けることとなった。


しかしながら、しばしば同じ人物達の夢を見るという以外、私はいたって順調に普通に人生を歩んできた。

そんな私に、転機が訪れたのだ。

高校入学と共に。









「エミリー!」


「絵美里だってば!」


持っていた教科書を机に叩きつけるように置いた私に、周りにいたクラスメイト達が一瞬驚きの目線を投げてよこす。

しかしすぐに、ああ、またいつものね、とばかりに目線を外して友人達とのたわいないお喋りに戻っていった。


「エミリー、今日も綺麗だね。まるで君の周りだけキラキラと輝いているようだよ」


やめろ。

鳥肌が立つ。

私は親の仇を見るような目で振り返った。

そこには爽やかな笑顔を振りまく男子学生。スラリと高い身長。一見細身であるのに、よく見ると男らしく力強い体格。祖父がオーストリア人という彼は、日本人にしては彫りの深い整った顔立ちと、覚醒遺伝なのか鮮やかなブルーの瞳を持っている。


そう、彼の名は木下聖司。木下・アルフォンス・聖司である。


「エミリー、今日の放課後は時間あるかな?僕の家の近くに新しいカフェができたんだ。ぜひ一緒にと思って。エミリーもきっと気にいるよ。エミリーにぴったりの、とても可愛いらしいカフェなんだ」


彼は優しくゆっくりと私に語りかけた。


「今日は予定があるから」


私は一息にお断りした。


「じゃあ明日でも」


「明日も明後日もずっと予定があるの。私忙しいの。貴方と出かける時間ないの」


畳み掛けるように言葉を並べる。ゴキブリと木下は瞬殺に限るのだ。


「可哀想なエミリー。ゆっくりお茶を飲む時間もないだなんて」


そう言って彼は私を抱きしめた。

しまった。ゴキブリのしぶとさを失念していた。


「離して」


冷静に、しかし内心の苛立ちを隠しきれずに私が言うと、木下は大人しく回した手を外した。

そしてさも愛しいと言わんばかりの表情で私の頭を撫でる。


「たまには付き合ってあげなさいよ、エミリー。木下君が可哀想じゃない」


「誰がエミリーよ。私の名前は絵美里よ。馬鹿みたいに伸ばすのはやめて」


第三者のセリフに、瞬時に反論する私。視線を投げれば、友人の由紀子が頬杖をつきながら面白がるように私達を見ていた。


「冷たいぞ、エミリー」


「お茶くらい一緒に飲んでやれよ、エミリー」


ハッと気づくと、由紀子だけでなくクラス中がニヤニヤと私達を見物していた。

由紀子に便乗し、お調子者の男子達から冷やかしの声が入る。

そんな彼らに嬉しそうに笑いかける木下の横で、私は怒りに震えていた。


「だから、絵美里だってば!!」









ことの発端は高校入学式。

中学からの友人の由紀子と入学式の会場である体育館に向かっていた時のことだ。


「見て、絵美里。あの男子すごくカッコいい」


普段はあまり異性や恋愛に興味のない由紀子の言葉を意外に思いながら視線を向けた先に、彼はいた。

真新しい詰襟の学生服を着て、風に揺れる前髪から涼しげな目元を覗かせたアルフォンスが。


私は驚愕に目を見開いた。驚き過ぎて言葉が出ない。


なんで、どうして、彼は夢の中の人物じゃなかったの!?


その時の私は相当な混乱の中にいた。だから私の視線に気づいた彼がこちらを振り返り、そして私同様目を見開いた彼の次の行動を避けることができなかった。


「エミリー!!」


彼は大声で叫ぶと、入学式でごった返す人ごみをものともせずに私に駆け寄り、あろうことか広げた腕の中に私を抱き込んだのだ。


突然の抱擁。静まり返る周囲。


「ああ、神よ、感謝します」


そう言ってますます腕に力を込めた彼に、私はようやく正気に戻った。


「あの、人違いです。離してください」


必死に腕を突っ張り距離を取ろうとするも、より一層力強く抱きしめられる。彼はなかなか離してくれず、ようやく腕の力を緩めたと思ったら、潤んだ青い瞳を私に向けて言ったのだ。


「君は運命を信じるかい」


アナタハカミヲシンジマスカ。


突然知らない人にそう言われたら、神は信じずとも目の前の人間の精神異常は信じるだろう。

それ位胡散臭い言葉だった。

私は口元が引きつるのを感じた。何か変な人に絡まれている。


「いえ、あの、興味ないので。行こう、由紀子」


慌てて由紀子の手を取り彼の横をすり抜けようとした瞬間、由紀子と繋いだのと反対の腕を取られ、足止めされた。


「エミリー、混乱しているのかい?それとも忘れてしまったの?僕はアルフォンス。思い出すんだ、二人のことを。永遠の愛を誓ったことを!」


声高に告げらた瞬間、私の体に電流が走った。主に恐怖と嫌悪で。

つまりは、ドン引きしたのである。




その場はなんとか切り抜けた私だったが、その後の彼の猛攻は凄まじかった。まるで5歳の頃の夢のように、しつこく、毎日、私の前に現れては愛の言葉を囁いた。

それも時代がかったセリフ回しで。

黒曜石のような瞳、夜空のように神秘的で艶やかな髪、珊瑚の唇…

彼の私への比喩表現は枚挙に暇がない。今の時代、冗談としか思えないセリフを滑らかに口にする彼に、最初は珍獣でも見るような目で見ていた周囲も次第に面白がり、そして迷惑なことに応援しだしたのである。

彼の外見も良くなかった。落ち着いて見れば、夢の中のアルフォンスと似てはいるものの、やはりクウォーター、そう日本人とかけ離れた顔立ちをしている訳ではない。

しかし彫りの深い端正な顔立ちであることに間違いはなく、ましてやブルーアイズ。

普段の私への言動も相まって、日本生まれ日本育ちであるにも関わらず、学校の中ではしっかりと「外国人」という周囲の認識を獲得し、大げさなアプローチも臭いセリフも許される、ある意味特別な地位を獲得したのである。

そりゃ彼はいいだろう。私への告白も自主的に行っているわけで、揶揄い半分とはいえ皆に応援されて嬉しそうにしている。

しかし私はどうだ。頼んだわけでもないのに皆の前で毎日毎日恥ずかしい賛辞の言葉を並べられ、愛を告げられ、手を取られ、片膝つかれて手の甲にキスまでされる始末である。

そのうち彼が歌い踊りながら私に告白しても驚かないであろう。


なんの羞恥プレイだこれは。


大体、なぜあんなに大袈裟にしか告白できないのか。下駄箱に手紙を入れて校舎裏に呼び出し、緊張しながら必死の思いで告白する日本人の奥ゆかしさはどこにいったのだ。

オーストリアか。彼に4分の1入った外国の血がそうさせるのか。

言葉選びもそうだ。彼の数々の恥ずかしいセリフは、小説や映画、演劇では許されるが現実で口にするのは許されないセリフではないのか。主に周囲の白い目という抑制によって。なぜ我が学校では許されているのか。いや、許されるどころか、最近は面白い寸劇かのように歓迎されているではないか。


「いいじゃん、熱烈な愛の告白。羨ましいよ」


移動教室の途中、改めて木下と周囲の反応にフツフツと怒りを滾らせいると由紀子がそう言った。


「じゃあ、代わってあげるわよ」


「いや、ホント勘弁」


清々しいほどの即答に、こめかみに力が入る。


「見ている分には面白いけど、自分がされるとなると恥ずかしいだろうし。木下君のことは同級生として好きだけど、やってることは正直ストーカーレベルだと思うし」


冷静な由紀子の発言に、しかし私は納得がいかない。

ストーカーレベルではなく、木下は立派なストーカーだろう。


「でもさ、絵美里が本気で嫌がってるのは見ていて分かるんだけど、なんだろう、木下君って何か憎めないよね」


そう言って苦笑する由紀子に、私は溜息をついた。

そうなのだ。彼の私への告白は大袈裟で芝居がかっていて、もはや喜劇のようにしか見えないのだが、しかし彼は真剣なのだ。彼の私を見つめるひたむきな青い目が、それをひしひしと伝えてくる。

そして彼は純粋だ。私への告白を揶揄われても、真面目な顔で「だってエミリーを愛しているから」と言うのである。それさえも初めのうちは揶揄いの対象であったが、そんな場面が何度も繰り返されるうち、彼の真剣さ、ひたむきさに、周囲は次第に絆されていったらしい。告白されている当の本人が未だ迷惑がっているというのに、なんとチョロい連中なのか。そして今や微笑ましい目で応援されるに至っている。

そういえば、夢の中のアルフォンスも人望を得るのがうまかった。

そう気づき、ますます憎々しい気持ちになった。


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