カイ3
目の前には一つの大きな建物。ぽつぽつと付き始めた街灯に照らされたその建物は、結構な高さだ。所々ひびが走り、黒ずんでいる壁ではあるが、どうやら五階建の様だ。
「ここがアイツの事務所…ねぇ」
周りにも同じような高さの建物があるが、ここ程ボロい物ははっきりいってない。いつ頃からある建物なのか想像しがたい。
「と、いつまでもこうしているわけにはいかないか」
オレはそう呟くと中へと入っていく。
中は外から見た感じとは打って変わって、きれいに掃除されている。
オレはエレベーターに入ると一息つく。
目的地は五階。外から見た時にはっきりと分かった。電気がついていたのは一番上、つまり五階だけで、ここにはカズヤ達以外は住んでいない様だった。
前に『アパートの管理人のような仕事をしている』とアイさんが言っていたのはこういうことだったのかと納得する。しかし、こんな所に住もうと思う人がいるとは思えないのだが。
と、そんなことを考えている間にエレベーターは五階に着いていた。
廊下に出ると、向かうべき扉は一つ。この階にはカズヤ達の部屋しかない様だ。
「ここか」
『K.A.D.何でも事務所』という看板が扉の横に掛っている。ここに間違いはないようだ。
ドアの横についているチャイムへと指をあてる。「ピンポーンッ」と音がしたが、何も返ってくる様子はない。中から何か音が聞こえてきてもいいものなのに、全く何の反応もない。電気が付いていたのだからいるはずである。
オレはもう一度チャイムを押す。……やはり反応はない。
「ったくどうしたっていうんだ? さっき見かけた時はやけに焦っていたようだけど」
こうしていても事態は好転するわけでもない。とりあえず、ドアノブに手を掛け回してみる。すると、「ガチャッ」と、難なくノブは回り、扉が開く。
「カギはかかっていないようだけれど…オイッ、カズヤ! いないのか!?」
オレは扉を開くと中に入って大声で叫ぶ。
「誰だこんな時間に…」
小さな声が返ってくるが、その声の出所となる人物は見あたらない。
「オイッ、入るぞ!」
オレは一応一言そう言うと、部屋の奥へと入っていく。
広いリビングに大きなソファーが低いテーブルをはさんで二つ置かれている。そのソファーのこちら側に、黒い頭が見える。
「何だってんだよ! こっちは忙しいんだ!」
そう言って振り返った眉間にしわを寄せたその顔は、オレの良く知ったものだった。
「よう、カズヤ」
とりあえずそう声をかける。
「カイ、か。どうしたんだこんな時間に」
カズヤは少し驚いた顔をしたが、また元の不機嫌な顔に戻る。
「どうしたんだ、じゃねえよ。仕事に決まってんだろ」
「言ったろ、今そんな暇ねえんだよ」
相変わらず無愛想な口調で返すカズヤ。
「どうしたんだよ、さっきも何度も電話したんだぜ」
「お前だったのか」
「お前だったのか、って気付いてたんなら電話に出ろよ…ったく」
オレはいい加減、呆れるを通り越してイライラしてきた。
昔からそういう性格のヤツだとは思ってはいたが、いくらなんでも今日のコイツは無愛想すぎる。
「で、どうしたっていうんだ? アイさんがいないみたいだけど、出て行かれたとか?」
オレはふざけてそう言ってやった。と、カズヤの表情が変わる。
「えっ、おい本当にそうなのか?」
焦ってそう問いかける。
「出て行ったんじゃない、消えたんだよ!」
カズヤが大声を出す。
「お、おい、消えたって…」
「そうだよ、消えたんだ。オレの目の前で! オレは何もすることが出来なかったんだ。あの時と同じように!」
そう叫ぶとカズヤは頭を抱え込んで塞ぎこんでしまう。
『あの時』とはアイツの妹が殺された時の事だろう。
昔、カズヤの見ている目の前で、妹が何者かに殺されてしまった。アイツはその時何もできなかった自分を責め、自分で妹の仇を取る、そう決意した。だから何でも屋なんていう仕事をして、犯人の情報を集めていた。
そして、その仇は一月前の事件の犯人であり、ついにカズヤはその仇を討ったのだ。
けれども、カズヤはまだ昔のことを引きずっている。目の前で大切な人を失ったことのあるアイツは、自分が何も出来ないという事にとても神経質になっている。
オレは何と言ってやればいいのか……言葉がなかなか浮かんでこない。




