凍る世界5
「なるほどね」
氷柱を挟んでフェンリルと向かい合い、そう呟く。
フェンリルの手から離れたはずの剣は、既に床に突き刺さってはいなかった。そこにあるのは氷の柱のみ。
そして、フェンリルの手には手放したはずの雷剣の光が戻っていた。奴は手放した剣の能力を解除し、改めて手元に作り出していたのだ。
その過程を僕は見逃してはいない。解除された雷剣から光が発せられたかと思うとその光がフェンリルの体へと吸い込まれていき、そして新たな剣が出現した。
つまり、
「その剣はフェンリル、お前のアルドが具現化されたものだな」
僕のゼルプストと同じ原理だという事だ。
「そして、それが恒常的に電撃の能力を発動している」
そのまま僕は、奴の能力についての解説を突きつける。
「それが分かったから何だというのです?」
フェンリルは相変わらずの笑みをはりつけたままの顔で言葉を続ける。
「私はあなたの剣を受け止める事が出来るが、あなたは私の剣を受ける事は出来ない。その事実は変わらないのですから」
同時に動き出す。
氷柱が縦に両断され、体をひねってかわした僕の鼻先を輝く刃が走り抜ける。
接近戦では分が悪いと判断、そのまま右へと飛び退き奴の斬撃の間合いから離れる。
さっきまでは迷っていた。間合いを取っての攻撃に切り替える事を。
もし奴の剣が、雷を何らかの能力で剣としているものだったならば、こちらの動きに合わせてその刀身の長さを変えてくるという事が有り得た。けれども、その剣はアルドが具現化されたものだと分かった今、その心配は必要ない。
何故なら、アルドを特定の形に具現化させる事は出来ても、自由にその形を変える事は出来ないからだ。
アルドの具現化には自分の中のイメージが重要な役割を果たす。イメージが具体的なものであればあるほど、アルドの具現化は確固たるものになるのだ。もし具現化したものの形を変えようとしたら、そのアルドは霧散して消え去ってしまうだろう。
間合いが変わる可能性として有り得るとしたら、何パターンかの具現化する形が用意されているという事だけ。
フェンリルは最初の一撃はかわされると読んでいたのか、瞬時にこちらを追いかけて剣が繰り出される。
続けざまに数発氷刃を生成、撃ちつけるが全て薙ぎ払われる。
けれども、その間を利用して僕は十分な間合いを取る。
両の掌へと大量のアルドを集中、フェンリルに向けて一気に解き放つ。発動寸前、フェンリルの切っ先が眼前に迫っていたが、計算通りでこちらの方がわずかに早い。
この距離こそが必要だった。この距離でなら、フェンリルにはこの攻撃を避けるだけの時間が無いはずだから。
「くらえええええええ!」
氷と冷気の奔流が、両手の先から圧倒的な破壊力を持ってフェンリルへと襲いかかる。
「な、こ、こんなものでえええええええ!!」
フェンリルは叫びと共に、その流れを反らそうと全力で抗う。
だが、その流れは勢いを増し、徐々に後方へと押されて行くフェンリル。
僕は両手へと出来る限りのアルドを注ぎ込み続ける。
「いっけえええええええええええええ!!」
終には、フェンリルはその流れに逆らう事が出来なくなり、一瞬にして氷流の中へと姿を消す。
わずか直径二メートル程の範囲、だがその中は全てのものが凍り付く、絶対零度の死の領域。
フェンリルを飲み込んだ白銀の奔流は斜め上方へと向かい、体育館の天井へと激突、つららというには大きすぎる巨大な氷塊を天井へと形作る。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
大量のアルドを一気に消費したため、流石に呼吸が乱れ、肩で息をする。
「エン君、こんな大技まで使えるなんてね」
戦いの終わりを確信し後ろを振り返ると、ベータがそう感嘆の声を漏らした。
「は、はは。名前は考え中なんだけど、ハァ、フリージング・プリズンってのは、ハァハァ、どうかな?」
切れ切れの声で何とかそう答える。
「全く……後半は私の出番なんてなかったわね。私がいる事なんて、忘れてたでしょ?」
「ははは、確かにそうかも」
と、呆れ顔のベータに答えたところで、
「そっちも終わったみたいだな」
別の方向から声がかけられる。
その方向へと顔を向けると、廊下から体育館へとカズヤが入って来るのが目に入る。
「ちょっと、ボロボロじゃない!」
ベータがそう叫び、カズヤへと駆け寄る。
カズヤは全身傷だらけで、左腕を壁に添えて、何とか体を支えている様に見えた。
ベータが体を支え、その場に腰を下ろさせる。
すぐにベータの能力によってカズヤの傷は治療されていく。
僕はまだ駆け寄るだけの力が戻っていないので、ゆっくりと歩いて二人へと近寄って行く。
「二人がかりだった割には、満身創痍って感じだな、エン。こっちは一人で楽勝だったぜ?」
ベータに治療されながらも軽口を叩くカズヤ。
「あんたの方が傷だらけでしょうが!」
すぐさま返されたベータの言葉に、
「口先だけは鈍ってない様だけどね」
僕は笑いながらそう付け加える。
「エーン! お前まで言うか!」
「とりあえず、三人とも無事で何よりって事で」
と、そう言った僕を見上げたベータが、
「待って」
鋭い声で、場の雰囲気を再び張り詰めたものへと巻き戻す。
その目は僕へと向けられているのではなく、その後ろへと向けられていた。その視線を追って僕も後ろを振り向く。
その視線の先にあるのは窓だった。
「何だ? まだ何かあるのか?」
カズヤが押し殺した声でベータへと問いかける。
僕もすぐにはベータが何を見ているのか分からなかった。
しかし、
「窓の外よ」
その一言で、ベータの言いたい事を理解する。
「ズスフィールドが消えていないって事か!」
「パーーーーーーン!」
僕の言葉に合わせるかのよ様に、巨大な破砕音が体育館に響き渡る。
咄嗟に三人共が音の発生源、そう僕の作り出した巨大な氷塊へと向き直る。
そこには、こなごなに砕けた氷塊が床へと衝突していく音をバックに、一つの人影が浮かんでいた。
ε end.




