凍る世界2
初めての実戦。一瞬の気の緩みが死へとつながる――そんな中で僕は興奮していた。
今まで自分がトレーニングしてきた全力を初めて発揮する事が出来る場であり、相手はそれを確かめるのには十分であるという事が、今のほんの少しの攻防から判断出来た。
ドクン、ドクンと高まる鼓動を感じながら、僕は男と対峙し続ける。
「エン君、あなた大物ね」
男を警戒しながら横まで移動してきたベータが、感心した様にそう口にした。
「あなた、実戦は初めてのはずよね? その割にはその思いきりの良さ…全く緊張してないでしょう?」
「うん、今のところはそうだね」
銀髪の男への視線はそのままに、僕はそう答えた。
「君は、なかなか不思議な力を持っているのですね」
と、こちらの会話が途切れるのを待っていたかの様なタイミングで男が口を開く。
「先程まで、アルドなど微塵も感じられなかったのが、一瞬の内にあれほど強力な能力が使える程までアルドの量が跳ね上がるとは…通常では考えられません。奇妙な事ですが、実際今の君のアルド量は、もしかすると私のそれより多いかもしれませんね」
男は一歩足を踏み出す。
「もっとも、アルドの量だけが勝敗を決する要因ではないという事はお分かりでしょうがね」
そこで男は片手を胸に当てると、慇懃に頭を下げる。
「申し遅れましたが私、名はフェンリルと申します。自分の命に終りをもたらす者の名前位、知っておきたいでしょう?」
言い終わると、打って変わって不敵な笑みを浮かべ挑む様に視線をぶつけてくる。
「それはこっちのセリフよ!」
ベータの怒鳴り声がそれに答える。
「まあまあ、ベータ落ち着いて。僕の名前はエン=スガムラ。で、こっちがFOLSのベータ」
僕は笑顔でフェンリルにそう返す。
「エン君、何のん気に自己紹介し返してるのよ!」
「一応、礼儀には礼儀をもって返さないと」
「礼儀って、あれはただの挑発でしょ!」
そんなやりとりをしている、僕とベータの間に雷が一閃駆け抜ける。
「私を目の前にして、そこまで余裕で構えていられたのはこれが初めてですよ。実に面白い方々だ。くっくっくっ。ですが、おしゃべりはこれ位にして、続きを始めますよ」
言い終わるや否や、フェンリルは動いた。
一瞬でベータの横へと移動し、勢いの乗った回し蹴りを繰り出す。バチンッと電気の弾ける様な音がして、ベータが吹き飛ばされる。
フェンリルはそのまま僕へと向かってくる。それを見越して僕は後方へと飛び退いてやり過ごす。
そして、目の前の男へと向かい能力を発動する。瞬時に前方十メートル程の床が凍り付き――しかし、そこには誰の姿も見あたらない。
「上よ!」
そのベータの声を聞く前に、僕はもう一度後方へと飛び退いていた。
目の前、一瞬前まで僕がいた場所に上空から雷が落ち、続いてフェンリルも降りて来る。
雷の衝撃に飛び散った床の破片を両腕でガードし、その腕の間からフェンリルの動きを追う。
すると、フェンリルはそのまま僕へと追撃を加えようとはせずに、床の上を滑る様にして、後ろへと下がる。
遅れて、ベータの足が空を蹴る。
それを確認して僕は叫ぶ。
「ベータ、右へ!」
同時に前へと床を蹴って飛び出す。ベータの左をすり抜け、一瞬でフェンリルへと肉薄する。
奴の体へと直接氷の刃を叩き込もうとしたその時、不敵な笑みが目に入る。
そして、次の瞬間その顔の意味を思い知る。
体を雷が駆け抜け、後ろへと弾き飛ばされる事となったのだ。受け身もとれずに床へと体を強く打ちつける。
と、目の前にすべり込む様にしてベータが現れ、何度か聞いたバチンッと弾ける音が聞こえる。
どうやらフェンリルが僕へと雷の追撃を加えた様だ。
素早いベータの守護に感謝しつつ、僕は痛みにきしむ体を何とかすぐに起こし、立ち上がる。
フェンリルは攻撃の手を止め、僕達を、いや、僕の方を見下した様な目つきで見つめていた。
そして、僕が立ち上がるのを待っていたのか、ゆっくりと口を開く。
「良く分かりましたよ」
何が、と聞き返そうと口を開きかけた所で、
「あなたの実力の程が、ですよ」
嘲るような口調でフェンリルはそう口にした。




