凍る世界1
「これは…」
後ろに飛び退き体勢を整えた銀髪の男は、周りへと視線だけを巡らせる。
「なるほどね。先程、姿を突然消したのもこの能力ですか。触れている者をまとめて瞬間移動させる…なかなか面白い能力ですね」
男は目の前にいる二人、つまり僕とベータを交互に見つめる。
「私達を分断させて、各個撃破という作戦ですか?」
「そうよ。まずあなたを二人で倒して、残りを三人で軽くひねり潰す作戦ね」
男の質問にベータが答える。
確かにベータとしてはそういう作戦なのかもしれないが、カズヤは本当に一人でもう一人の方を倒すつもりなんだろうな、などと思っていると、
「クククッククッ」
何がおかしいのか、男が笑い声を漏らす。
その僕の疑問を代弁するようにベータが、
「何がおかしいのかしら?」
しかめ面でそう言った。
「クククッ、いや、失礼。ガルデルムの方なら分かりませんが、まさか私を倒すなどと言うとは思いませんでしたからね」
そう言った男は口の端を上げ、相手を小馬鹿にする様なニヤニヤ笑いを浮かべている。
「ふん。そんな事を言っていられるのも今の内だけよ。私とエン君で、あんたなんかけちょんけちょんにしてあげるわ!」
怒気をあらわにして言い返すベータ。
改めてシータとベータの性格が正反対だな、と感じる。さっきベータから聞いた話によれば、まあ当然の事なのだろうけど。
「威勢の良いお嬢さんですね。そういう人は好きですよ。なにせ、そういう人の苦痛に歪んだ顔程、美しいものになりますからね」
真紅の瞳を大きく見開き、不気味な笑みを浮かべた男はペロリと舌なめずりをする。
「やれやれ」
僕は小さく呟く。
これがARUTOなのか。これじゃあまるっきり分かり易い悪役ではないか。
自らの快楽のためだけに破壊活動を繰り返し、人々を苦しめる。そんな奴らに負ける訳にはいかない。
正直、相手も人である以上、戦うという行為に少し抵抗があった。けれども、こうして相対してみて、その思いは心の隅へと追いやられていた。
今考えるべきはただ一つ。こいつを倒し、僕はFOLSへと一歩近付くのだという事だけ。
「私はあんたみたいな奴は大嫌いなのよ! 他人を虫ケラとしか考えていない様な奴はね!」
怒気を増したベータの叫びが轟く。
このまま奴と話をしていてもベータの怒りが高まるだけで、特に何も利益はない。むしろベータが冷静さを欠く事で不利益を被りそうなくらいだ。
そう判断した僕は、
「前置きはこれ位にして、そろそろ始めませんか? 話し相手になってもらうためにここまで移動した訳じゃないんですから」
なんとなく男の口調につられ、丁寧な言葉になってしまった。
男はベータから僕へと視線を移すと笑みを作り、
「そうですね。楽しいお遊びを始めますか」
いい終わるや否や、男は床を蹴る様にして一歩で間合いを詰めると、右腕を僕の顔面へと向かって繰り出す。
僕は瞬時に体を半分ひねってその攻撃をかわす。
眼前をすり抜けていくその右腕を横目に見ながら相手の腹部を狙って膝蹴りを放つ。
しかし、男はそれを見切っていて、残りの手で膝を受け止め、その勢いに任せて後ろに飛び退く。
と、そこにベータの全体重をのせた一撃が真上から加えられる。
寸前で男はその攻撃をかわし、体育館の床がドーンという鈍い衝撃音と共にひび割れる。
ベータ一人の重みだけでそうなるはずもなく、何か能力を使った事がすぐ分かる。
攻撃する能力はないと言っていた割には十分破壊しているじゃないか、などと思いながら、着地したベータへと本日三度目の電撃が襲いかかるのを視界におさめつつ、僕は胸元にある「お守り」へと手を伸ばす。
「ゼルプスト、行くよ!」
獣の姿としては実体化せず、そのまますぐに僕の体は白光に包まれる。
パキンッと先程と同じ様に雷がベータに弾かれる音が聞こえ、続いて接近する勢いの乗った男の蹴りがベータの胴体へと繰り出される。
ベータは両腕でガードし、後に飛び退きながらその勢いを殺す。
そのまま追撃をかけようとしている男へと僕は左腕を差し出し、パチンッと一つ指を鳴らす。
「なっ?」
突如目の前の地面から生えるようにして現れた直径二メートル、高さ五メートル程の氷柱に驚きの声を出す男。
頭から衝突するかと思ったが、すぐに氷柱を避ける為に両の手を前に出し、氷柱へと触れ、そして、
「行け!!」
叫びと共に僕は氷柱へと向けていた手を開き、その先から無数の氷の刃が前方へと向かって飛んで行く。
氷柱に触れた途端、男の両拳は凍り付き、男は一瞬体の自由を失っていた。
そこに横から降り注ぐ鋭い氷の雨。
男の拳が眩く輝き、「ドーン!」と大きな音と共に氷柱が砕け散る。
その衝撃を利用して後方へと飛び退く男の姿が目に入る。
男の反応は確かに素早いものであったが、一瞬の行動不能により氷の刃を少なからず受けた様で、服にいくつもの裂けた跡が見られ、ほほにもうっすらと赤い線が現れていた。
流石はARUTOと言うべきか。この程度の攻撃で致命傷には全く至らない様だ。
男はいつでも行動出来る様に身構えながら、こちらを睨む様にして見つめている。
その目を見ていると体がぶるっと震える。
恐怖ではなかった。奴に敵わないとは全く思っていなかったし、奴を倒すという強い意志が僕の中にはあった。
ということは、これは、
「武者震いってやつかな」
誰に言うでもなく、僕はそう呟いた。




