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タイムシェイパーFOLS  作者: 時野 京里
第三楽章 ε
73/113

檻の中へ4

「全く、さっきから不意打ちばかりね。正面から戦う自信はないのかしら」

 シータは挑発するように髪を掻き上げながらそう言った。

「何だと?」

 黒髪の男は簡単に頭に血が上ってしまった様で、視線だけで射殺せそうな形相でシータを睨み付ける。

「落ち着け、ガルデルム」

 と、今まで黙ってこちらを見ていた銀髪の男が口を開く。

「挑発に乗るな、本当に逃げられるぞ」

 ガルデルムと呼ばれた男を静めさせようと言っているのだろうが、やはりその声には感情は感じられず機械的である。

 その時、シータが耳元に顔を近づけ囁きかけてくる。

「私は向こうで倒れているあなたの知り合いを回収するわ。エン君は私の荷物と、自分の荷物をお願いね。回収できたらさっきのあなたの能力で一旦退くわよ」

「えっ?」

 僕が驚いて彼女の方へと顔を向けると、シータはウインクをし、

「詳しい話は後で」

 と言い残すと、一気に二人の男達へと低い姿勢で駆け寄る。

「ハァ!」

 声と共にシータの両腕が手前にいた男、銀髪の男の腹部へと向かって突き出される。

 しかし、真正面からの突撃はいとも簡単にかわされ、バランスを崩したシータは前のめりに倒れ込んだ――――かに見えた。

 そのまま伸ばした両腕を床に着け、反転をしつつ倒立、その体が垂直になったかどうかというその時、シータを中心として、うっすらと紫色の光を放つ紋様が床上に現れる。

 半径二メートル程度のその円形の紋様の上には、ARUTOの二人が乗っている。

「これはな――」

 黒髪の男の声が聞こえ、次の瞬間シータの体が宙を舞っていた。

 普通ではあり得ない三メートル程の高さまで飛び上がり、後ろに一回転して紋様の外側へと降り立つ。

「エン君! 荷物を!」

 シータが何をしたのかは分からないが、二人の男達の体が不自然な形で硬直している様に見える。

 僕はすぐさま入口付近に転がっている二つの鞄の下へと走る。鞄を床から拾い上げ顔を上げると、

「エン君、こっちへ! 急いで!」

 襟首を引っ掴まれ引きずられるカズヤと、こちらへ向かってくるシータが目に入る。

 言われた通りに、全速力でシータへ向かって駆ける。

「――んだ?」

 シータへと手が届くかという所で紫色の光が消失し、黒髪の男の声が響く。

 そして、

「ふぅ~、間に合った、かな?」

 僕達三人は西棟の四階、美術室の中に居た。

「ええ、そうね。けれども…ズスフィールドの外へは流石に無理みたいね」

 周りを確認しながら、シータはそう答える。

「一応外へ出られるか試してみたけどはじかれたから、結局ここに来たんだよね」

「能力の正体が分かって無かったから、もしかしてと思っただけよ。ズスフィールドの内外を行き来するのは不可能…フィールド内は外から完全に切り離されるからね。気にする事はないわ」

 そう言いつつ、シータは懐から何か銀色の物体を取り出す。そして、その手が青白く一瞬光ったかと思うと、再び懐へと銀色の物体を戻す。

「今のは?」

「やつらにすぐ見つからないように結界をこの教室に張ったのよ。これでアルドからの追跡は出来ないわ」

「で、一体何が起きてるんだ? オレにも分かる様に説明してもらえないかな」

 と、苦しそうな声が。

「あ、カズヤ、大丈夫?」

 会話の間、カズヤの存在を忘れてしまっていた。

 床に横になっていた体を起こし、机へと寄りかからせる。

「その女、思いっきり引きずりやがって」

 恨みがましくそう口にしたカズヤに、

「あら、あの程度の攻撃で身動き取れなくなっているあなたが悪いのよ。むしろ助けてあげたんだから感謝して欲しいわね」

 と、いつものシータからは思いもよらない言葉が返ってくる。

「体がいつも通り動きゃあんなもん何でもね――イッ!」

 思わず大声で反論したカズヤの脇腹へとシータの蹴りが入る。

「何しやが  ウグッ」

「あんた、大声だしてんじゃないわよ。自分が置かれてる状況分かってる?」

 みぞおちを押さえながらうずくまるカズヤに、鋭い視線を向けてそう言い放つシータ。

「分か…らんから…聞いてんだ、ろ」

 カズヤは何とかそれだけの言葉を絞り出す。

「ま、まあまあ、シータ落ち着いて。相手はケガ人だし」

 あっけにとられていたため遅くはなったが、二人の間に割って入る。

「まあいいわ。とりあえずエン君!」

「ハイ!」

 思わず返事をしてしまう。

「私はシータじゃなくてベータだから。そう呼んでちょうだい」

「え、それってどういう意――」

「それについては後で説明するわ。まずは現状確認」

「ハ、ハイ」

 シータ、いやベータの勢いに押され、そう僕は素直に返事をしてしまった。


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