檻の中へ4
「全く、さっきから不意打ちばかりね。正面から戦う自信はないのかしら」
シータは挑発するように髪を掻き上げながらそう言った。
「何だと?」
黒髪の男は簡単に頭に血が上ってしまった様で、視線だけで射殺せそうな形相でシータを睨み付ける。
「落ち着け、ガルデルム」
と、今まで黙ってこちらを見ていた銀髪の男が口を開く。
「挑発に乗るな、本当に逃げられるぞ」
ガルデルムと呼ばれた男を静めさせようと言っているのだろうが、やはりその声には感情は感じられず機械的である。
その時、シータが耳元に顔を近づけ囁きかけてくる。
「私は向こうで倒れているあなたの知り合いを回収するわ。エン君は私の荷物と、自分の荷物をお願いね。回収できたらさっきのあなたの能力で一旦退くわよ」
「えっ?」
僕が驚いて彼女の方へと顔を向けると、シータはウインクをし、
「詳しい話は後で」
と言い残すと、一気に二人の男達へと低い姿勢で駆け寄る。
「ハァ!」
声と共にシータの両腕が手前にいた男、銀髪の男の腹部へと向かって突き出される。
しかし、真正面からの突撃はいとも簡単にかわされ、バランスを崩したシータは前のめりに倒れ込んだ――――かに見えた。
そのまま伸ばした両腕を床に着け、反転をしつつ倒立、その体が垂直になったかどうかというその時、シータを中心として、うっすらと紫色の光を放つ紋様が床上に現れる。
半径二メートル程度のその円形の紋様の上には、ARUTOの二人が乗っている。
「これはな――」
黒髪の男の声が聞こえ、次の瞬間シータの体が宙を舞っていた。
普通ではあり得ない三メートル程の高さまで飛び上がり、後ろに一回転して紋様の外側へと降り立つ。
「エン君! 荷物を!」
シータが何をしたのかは分からないが、二人の男達の体が不自然な形で硬直している様に見える。
僕はすぐさま入口付近に転がっている二つの鞄の下へと走る。鞄を床から拾い上げ顔を上げると、
「エン君、こっちへ! 急いで!」
襟首を引っ掴まれ引きずられるカズヤと、こちらへ向かってくるシータが目に入る。
言われた通りに、全速力でシータへ向かって駆ける。
「――んだ?」
シータへと手が届くかという所で紫色の光が消失し、黒髪の男の声が響く。
そして、
「ふぅ~、間に合った、かな?」
僕達三人は西棟の四階、美術室の中に居た。
「ええ、そうね。けれども…ズスフィールドの外へは流石に無理みたいね」
周りを確認しながら、シータはそう答える。
「一応外へ出られるか試してみたけどはじかれたから、結局ここに来たんだよね」
「能力の正体が分かって無かったから、もしかしてと思っただけよ。ズスフィールドの内外を行き来するのは不可能…フィールド内は外から完全に切り離されるからね。気にする事はないわ」
そう言いつつ、シータは懐から何か銀色の物体を取り出す。そして、その手が青白く一瞬光ったかと思うと、再び懐へと銀色の物体を戻す。
「今のは?」
「やつらにすぐ見つからないように結界をこの教室に張ったのよ。これでアルドからの追跡は出来ないわ」
「で、一体何が起きてるんだ? オレにも分かる様に説明してもらえないかな」
と、苦しそうな声が。
「あ、カズヤ、大丈夫?」
会話の間、カズヤの存在を忘れてしまっていた。
床に横になっていた体を起こし、机へと寄りかからせる。
「その女、思いっきり引きずりやがって」
恨みがましくそう口にしたカズヤに、
「あら、あの程度の攻撃で身動き取れなくなっているあなたが悪いのよ。むしろ助けてあげたんだから感謝して欲しいわね」
と、いつものシータからは思いもよらない言葉が返ってくる。
「体がいつも通り動きゃあんなもん何でもね――イッ!」
思わず大声で反論したカズヤの脇腹へとシータの蹴りが入る。
「何しやが ウグッ」
「あんた、大声だしてんじゃないわよ。自分が置かれてる状況分かってる?」
みぞおちを押さえながらうずくまるカズヤに、鋭い視線を向けてそう言い放つシータ。
「分か…らんから…聞いてんだ、ろ」
カズヤは何とかそれだけの言葉を絞り出す。
「ま、まあまあ、シータ落ち着いて。相手はケガ人だし」
あっけにとられていたため遅くはなったが、二人の間に割って入る。
「まあいいわ。とりあえずエン君!」
「ハイ!」
思わず返事をしてしまう。
「私はシータじゃなくてベータだから。そう呼んでちょうだい」
「え、それってどういう意――」
「それについては後で説明するわ。まずは現状確認」
「ハ、ハイ」
シータ、いやベータの勢いに押され、そう僕は素直に返事をしてしまった。




