檻の中へ1
三日目
「う~ん」
僕はゆっくりと体を起こすと、枕元の時計を見る。
時計の針はいつもと変わらず五時を指していたが、普段と違って目覚めは悪い。昨日夜遅くまでFOLSについて調べていたせいだろう。
ベッドから立ち上がるとカーテンを開き、窓の外を見る。
「曇り、か。雨も降りそうだな」
まだ真っ黒な空を見上げそう呟く。
とりあえず、昨日と同じ様に支度を済ませると窓から外へ出る。
「けれど、まさかミズホがねぇ」
走りながら、僕は昨日FOLSのコンピュータから調べた事を思い出し、そう口にしていた。
昨日僕が調べた事は二つ。FOLSのスカウトリストの中に学校関係の人間がいるかどうか。そして、その任務についている隊員は誰なのかだ。
これだけ調べるだけでも、終わった時には日付が変わっていた。
コンピュータを介してはいるが、僕の能力で調べる作業は、例えるならFOLSという図書館から手作業で目的の本を探し出して読む様なものなので、時間がかかる割には大して多くの情報を得る事は出来ない。
まぁ、目的の本は何とか見つけ出す事は出来た訳で、その内容もしっかりと頭に入っている。
僕の予想は当たっていて、学校の生徒の中にスカウトの対象はいた。そしてその担当者はコードネーム「θ」、つまりシータだ。
名前そのまま? と逆に訝しく思ったが、顔写真を見るとシータそのものだったので間違いないだろう。
ただ、予想外だった事が一つ。スカウトの対象が僕の良く知る人物、ミズホ=イスルギであった事だ。
データには、潜在アルドの値に目を見張るものがあるとかなんとかあったのだが、まさかミズホに、FOLSにスカウトされるほどのアルドがあったとは。
実際、普通に生活している限りはその人その人のアルド量がどの位なのか、他人に分かる事はない。だから、毎日顔を合わせていたのに全く気がつかなかったからといって、僕が鈍い訳ではない。
けれども…けれども、どこかしてやられたような気がしてならなかった。
とにかく、シータもFOLSの一員で、ミズホをスカウトするために転校して来たという事を知られないために、あんな面倒臭い事をしたというのは分かった。
きっと順調にスカウトが進んでいれば、ミズホがFOLSに勧誘されたという事は僕には知らされなかったであろう。そして、一般人である僕は、ミズホ=イスルギという本名のFOLS隊員が居るという事を知らずに生活していく。
それが、シータ達の考えていた事なのだろう。
時間があればシータの家で会った男の正体も詳しく調べたかったのだが、流石に眠気に耐え切れず寝てしまった。
とりあえず、コードネームが「ξ」クシイだという事だけは分かったのだが。
そんな事を考えながら十字路を右折しようとした時、視界の端に人影が映る。
「ん? あれは…」
それが気になり、思わず足を止めてそちらの方を向いてしまう。
朝早いといっても人が一人や二人見えたところでおかしくはない。
何故気になったのかというと、その人影は僕のよく見知った格好、そう東ココノエ高校の制服姿の様に見えたからだった。
時刻はまだ五時を少し過ぎたばかり。登校にはいくらなんでも早すぎる。
「やっぱり制服だ。それにあの後姿…シータ?」
足を止めてよく見ると、それはやはり学校の制服だった。そして、腰まで届く程に長く整った黒髪。その後姿を忘れる訳がない。
彼女は僕からは段々と離れていき、その後ろ姿を見続けていた僕の視線は徐々に上がっていく。そう、彼女は坂道を上っていて、その先にあるのは――
「学校に向かっているのか。こんな朝早くに…?」
疑問符が頭に浮かぶ。
彼女は特に急いでいる様子ではない。けれども、こんな時間に学校に行くのは普通では有り得ない。
何か、そうFOLSに関係する何かがあるに違いない。
「行ってみようかな」
そう呟き、気配を消して学校への坂道へと歩き出す。トレーニングはひとまず中断だ。
坂を上りきり、校門へとシータは辿り着く。ここまで後をつけて来たが、気が付かれている様子はない。
この時間、学校には全く人気がなく静かなもので、小鳥のさえずる声がよく聞こえてくる。
まだ開いていない門をどうするのかと見ていると、シータはそのまま門を乗り越え校内へと進んで行く。
僕は素早く隠れていた木の陰から校門へと近づく。
門の隙間から中を覗くと、シータは校舎の玄関へは向かわず東棟の方向へと向かっていた。
その方向にあるのは東棟、駐車場、そして体育館。
「もしかして、カズヤの所へ……?」
有り得る。
カズヤは異世界から現れた。そのため、彼のアルドはこの世界から見たら異質なものである。
そして、FOLSならその事に気付く事が出来る。否、ARUTOという異世界からの侵入者に向けて常に目を光らせているのだから、むしろ気付かない方がおかしい。
だから、それが何なのか確かめるためにシータが来たのではないか。
シータの今の任務はミズホのスカウトなのだろうが、目の前にARUTOが現れたのかもしれないとなったら、そちらが優先されるに違いない。
ARUTOへの対応こそがFOLSの本来の目的なのだから。
とは言うものの、その他の可能性もない訳ではない。
とりあえず、僕はそのままシータの後を追うために校門を乗り越え、ゆっくりと駐車場へと歩いて行くシータの後に続いた。




