カイ1
夕方の商店街、辺りには買い物袋を持った主婦の姿がいくつも見られる。
オレも大きな買い物袋を抱えているところだ。日頃から体を鍛えてはいるが、この量は流石に重い。
一週間に一度しか買い物に出掛ける事は無いが、自分で買い物をして夕食を作るのはこの日だけと思うと、あれもこれも作ってみたいと思って、一人では食べきれるはずもないのに、材料を沢山買い込んできては大量に料理を作ってしまう。まあ趣味のようなものなのだから良いのだけれども、やはり後が大変だ。
仕方がないから最近は、毎週休日の夕食は近くの人達を集めてパーティーみたいなものをしている。まあ、お金には困っていないし、家も人が集まるくらいのスペースはある。
はっきり言って、二十そこそこの歳でオレはかなり成功している方だと思う。セト家という大富豪の家で、いや屋敷で働いているためだ。
男のくせに、と思う人もいるかもしれないが、オレは家事一般、すべて得意である。そして、頭もまあまあ回る方だと思う。そんな能力のお陰でこのような職場で働けていて、一週間に一日だけ家に帰り、後は屋敷で寝起きするという生活をしている。
「そういやあ、カズヤも元気でやっているかな」
不意に、一ヶ月ほど前に再会した友人のことを思い出す。なんでも屋とかいう良く分からない仕事をしているヤツで、オレの幼なじみ。
セト様の一人娘であるミルト様が何者かに狙われている、という事件があり、その事件の解決のために雇われたのがアイツだった。見事事件を解決し、今は報酬をたんまりもらって金には困っていないと思うのだが――
と、オレの横を走り抜けていく一つの影が。
「え、今のってカズヤじゃ――」
振り返りその姿を探すが、もう人混みの中に紛れ込んでしまっていて見つける事は出来ない。けれども、一瞬目に入ったその顔は普段のアイツのものではなかった。
「どうしたんだアイツ、すごい表情だったな……何かあったのか?」
気になったが、「プルルルルッ」とズボンのポケットから聞こえてきた音によって、その思いは打ち消される。
「おわっと、電話か」
オレは片腕で荷物を支えると、ポケットから携帯電話を取り出す。
「ハイ、カイです」
携帯に出ると同時に、勢い良く声が聞こえてくる。
「カイか!? 私だ!」
「セト様? 何かあったのですか?」
普段とは明らかに違う口調、そして何より、普段は休日に連絡をしてくるはずのないセト様に、何かただならぬ事態を察知する。
「ミルトが…ミルトが、さらわれた!」
「何ですって? 本当ですか!? その件は解決したはずじゃあ――」
オレは一瞬言葉を失うが、
「分かりました。すぐに行きます」
そう言い終わるや否や電話を切ってポケットに突っ込むと、持っていた荷物を放り出して駆け出した。
「セト様、カイです。入ります」
半刻もしないうちにオレはそこに着いていた。セト様の書斎の前、扉をノックして中へ入る。
「休日にすまないな」
そう言ったセト様には、いつもの落ち着いた雰囲気がない。
「ミルト様がさらわれた、と。どういうことですか?」
オレはここに来るまでの間に、少し落ち着きを取り戻していた。まずは、慌てず正確に事の成り行きを確かめる事が必要だ。
「どういう事というと、それはどういう 」
セト様もやはり娘を持つ親なのだと改めて思う。それも一人娘をさらわれたのだ。気が気ではないのだろう。
「セト様、少し落ち着いて下さい!」
オレは少し強い口調で話し出す。
「どういった状況で、どの様にして、どういった者にさらわれたのですか?」
「そ、そうだな。すまない」
セト様はなんとか落ち着きを取り戻したようだ。といっても、普段の冷静さにはほど遠いが。
「私がミルトと共に車で屋敷に戻ってきた時だ。ミルトがまず先に車から出た。そのすぐ隣には扉を開けた運転手の者がいたのだが…。そう、それなのに…一瞬でミルトの姿だけが消えたのだ。その場所から……私には何が起こったのかすぐには分からなかった」
セト様は、自分自身の中で確かめているのか、ゆっくりと話を進めていく。
「だが、次の瞬間、屋敷の上空に浮かぶ一つの影を見た。白いコートを風になびかせ、そして、その腕にミルトを抱えているそいつは私が気付いたことを悟ると、私に向かってこう言った。
『こっちはちょっと事情が変わっちまってな。しかし、ガルデルムが目を付けていただけあって……こいつは素晴らしい才能を持っている様だな…クククッ』
そいつは不気味に笑うと、次の瞬間にはその場からきれいさっぱり消え去っていた…」