嘘の中の真実1
午後八時、僕はシータの家の扉の前に立っていた。
外から見たかぎりでは、その家はそこら辺にある家となんら変わらない、普通の一戸建ての家だった。
僕は改めて辺りを見回すと、スウッと大きく息を吸う。
辺りは暗く、玄関先に付けられた明かりが、その軒先だけを照らし出している。
その中で、扉の横に備え付けられているチャイムへと、僕はゆっくりと指を当てる。
「ピンポーン」
屋内にチャイムの音が響くのが聞こえてくる。それに続いて、パタパタという音が近づいてくる。スリッパの音だろう。
そして、ガチャっと扉が開かれる。
「いらっしゃい。時間通りですね」
中から姿を現したのは微笑を浮かべた美少女、シータだ。
シータは学校の制服姿のままで、学校で見る彼女とまったく変わらない。
「お邪魔します」
僕はそう言うと、彼女に続いて家内に入る。
シータは客用のスリッパを僕の前に置くと、
「こっちです」
と言って歩き出す。
招かれたのは入ってすぐの部屋。机を挟んでソファーが置かれていて、僕はその一方に座るように促され、もちろんその通りに腰を下ろす。
「父はもう帰って来ているんですが…」
そう言ってシータは壁に掛けられている時計を見上げる。
「今、父はお風呂に入っている所なんです。もう少し待ってもらえますか?」
なるほど、シータは約束の時間だというのに来ない父親に焦っているのだろう。
「別にかまわないよ。無理を言っているのはこっちの方なんだから」
僕がそう答えると、シータはスタスタと部屋を出ていってしまう。
彼女のスリッパの音が聞こえなくなったところで、僕はふぅーと大きくため息をついた。手の平にじわじわと汗がにじんで出ているのを感じ、改めて緊張している事を自覚する。
「ははは。らしくないな」
そう呟くと、気持ちを落ち着かせる様に部屋の中を見回した。
特に変わった物は見当たらず、至って普通のリビングルームといった感じだ。
机を挟んでソファーが置かれ、テレビが置かれ、棚などがあり、アルドの流れにもおかしな所は特に無い。
そんな風に部屋の中を一通り見回したところで、シータがリビングへと戻って来た。
お盆を持っていて、その上には二つのグラスが乗っている。
「まだもう少しかかりそうなんで、待っていて下さいね」
そう言って、黒い液体の入ったグラスを僕の前の机に置く。
「コーラしかなかったんですが、良かったらどうぞ」
自分の分なのか父親の分なのか、もう一つのグラスは僕の対面へと置かれる。
「様子、見てきますね」
シータはどうやら飲み物を持って来ただけの様で、再び奥へと引っ込んで行ってしまう。
まあ、二人で待っているよりは一人でいた方が、色々と心の準備ができて良いのだが。
「さて、と…出てくるのは本当にシータの父親なのか、それとも…」
僕は小さくそう呟き、目を閉じると大きく深呼吸をする。しばらくそのまま目を閉じていたが、
「落ち着け、エン。このチャンス、無駄にする訳にはいかない」
声に出して自分に言い聞かせると目を開ける。
丁度それと同時にパタパタとスリッパの音が近付いて来て、
「ごめんなさい、エン君。待たせてしまって」
シータがリビングへと戻って来た。今度は特に何も持っていない。
「お父さん、早く!」
廊下へと顔を出してそう叫ぶシータ。
すると、シータのものよりも重い足音が段々と近付いて来て、一人の中年男性が現れた。
「いやあ、すまないすまない。待たせてしまったようだな」
口髭をたくわえたその顔はにこやかな表情で、いかにもやさしそうなおじさん、といった感じだ。
けれども、百八十センチはあるだろう長身に加え、服の上からでも分かる程がっちり鍛えられた体格から、普通の「お父さん」のイメージとは明らかに違って見えた。
シータの言っていた通り風呂上りの様で、しっとりとした髪に湯気立つ姿をしてる。
「初めまして、私がシータの父です」
その言葉に答えようと僕はソファーから立ち上がり、
「は、初めまして、エ、エン=スガムラです!」
言葉に詰まりながら発したその声は、普段よりも明らかに大きな声となってしまった。
「ははは、まあ楽にして」
僕が緊張しているのが伝わったようで、ソファーに座るように促すと同時に向かい側のソファーに腰を下ろす。
シータもゆっくりとその後に続いて、隣へと座った。
そして、僕は「ふぅー」と一つ息を吐き、気持ちを落ち着けると再び腰を下ろした。




