異邦人3
普段通り登校してきたように見せるため、僕は一度玄関へと向かう。
まあ、内履きに履き替えなければいけないというのもあったのだが、とにかく外から玄関へと向かう。校内から玄関へ行って靴を履き替えるのは、明らかに不自然だからだ。
生徒玄関で靴を履き替え、教室へと向かおうとしたその時、見覚えのある人物が近付いて来た。シータだ。
けれども彼女は何か考え事でもしている様子で、僕に気が付く事なく靴を履き替えようとする。
「おはよう、シータ」
外履きを持とうとしてしゃがみ込んだところに僕は声を掛ける。
顔を上げたシータは、全く気が付かなかった僕の声に少し驚いた表情をしたが、すぐに、
「あっ、おはようございます、エン君」
と返してくる。
僕は自分に言い聞かせる。焦る必要はない、と。
そして口を開く。
「教室まで一緒に行かない?」
普通のクラスメートとして、これくらいの会話はあるだろう。不自然では無いはずだ。
「は、はい」
シータはそう答えると、僕の隣に並んで歩き出す。
何を話そうか、と少し考えたが、考える必要もない。他愛のない日常会話をすればいいのだ。
「あのさ、シータの家ってどこなの?」
明るい口調で話し掛ける。
「東リクドウチョウよ。丁度、郵便局の隣なんだけど…分かるかな?」
シータはすぐに答えてくれた。
東リクドウチョウというのは僕の家や学校のあるオキスズミチョウのすぐ隣だ。
そこにある郵便局というのは家から一番近い郵便局なので、利用する事は良くある。場所は容易に想像出来た。
「ああ、そういえばあそこ、空き家だったな。結構僕の家から近いじゃん。僕の家はオキスズミチョウなんだ」
「そうなんだ。って言われても、私はまだこの辺の地名とか良く分からなくて…」
「あはは、そうだよね。えーっと、オキスズミチョウっていうのは――」
などと話している内に、気が付くとそこはもう教室の前。
僕は教室の扉を開ける。
すると、どどどっと何人もの男子が一斉に押し寄せてくる。それに押し出される様にして、僕はシータから離される。
昨日からそうだったが、朝、教室に入るなりこれとは。
確かにシータは美人だとは思うが、流石にちょっと行き過ぎている様な気がしないでもない。それとも僕が、他の男子達に比べて恋愛に関して無関心過ぎるのだろうか。
そんな事を考えつつ、もうシータと話すのは無理だと見切りを付けた僕は、一人で席に着く。
「おっはよう、エン!」
「おっす!」
と、席に着くや否や、声が掛かる。
見なくても誰だか分かったが、振り返り席の後ろを見る。
そこに立っていたのは案の定、ユウタとアキラだった。
「ああ、おはよう。二人とも相変わらず早いな」
「まあな。間に合うバスの時間に合わせて来ると、早く着いちまうんだよ。ったく、近くに住んでるお前が羨ましいぜ」
「全くだ」
ユウタとアキラは二人共バス通学だ。
同じバスで通学しているといっても二人の住んでいるのは別々の場所で、僕達三人が知り合ったのはこの高校に入ってから。一年の時、同じクラスだった事が親しくなったきっかけだ。
「近いからって油断してるとすぐに遅刻しちゃうけどな」
僕は笑いながら答える。
「ちっ、オレらはバスを逃したら完璧に遅刻だけどな」
アキラがそう返してくる。もっともな意見だ。
と、アキラの声色が急に変わる。
「ところで…どういう事なんだ?」
「どういう事って?」
「何とぼけてやがるんだ。コバヤシさんの事だよ。分かってて言ってるだろ?」
そう言って、ユウタが僕の疑問に答える。けれども、
「コバヤシさんの事ってどういう事だよ? 分かんないんだけど」
二人が何を言いたいのか、僕にはいまいちピンとこない。
「おいおい、朝から二人揃ってご登場したってのに、とぼけるなよ」
「お前もイスルギからコバヤシさんに早速乗り換えたってか?」
二人は大仰な身振りを付けながら話を進める。
「ちょっと待てよ、何でミズホが出てくるんだ? 関係ないじゃないか。それにシータとは、玄関で偶然出会ったから教室まで一緒に来ただけで――」
「ちょっと聞いたかよ?」
「もうシータって呼び捨てにしてるぜ」
僕が言い終わる前に、二人は茶々を入れる。
「だーかーらー!」
声を大きく張り上げる。
「はっはっはっ、そうムキになるなって。誰もお前が、あの超キレーなコバヤシさんとどうにかなるなんて思っていねーよ」
そんな僕を見て、満足した様にアキラがそう言った。
「そうそう。けれども、名前で呼んでた事からしても、実はまんざらでもないとか?」
と、ユウタが再び話を戻す。
「それは、彼女がシータって呼べって言ったからで――」
すぐさま答える僕。
「ふーん。まあどうでもいいけどな」
「これ以上、エンをからかっても何も出なさそうだしな」
自分達から話し出しておきながら結局それかい、と僕は心の中で二人につっこむ。
まあ、いつもの事ではあるのだが。
その後、会話はテレビの話やらマンガの話やらの他愛のない内容へと移って行き、そうこうしている内に先生が教室にやってきて、二人は自分の席へと戻る事となった。




