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タイムシェイパーFOLS  作者: 時野 京里
第三楽章 ε
62/113

異邦人2

 続けて僕は問いかける。

「どうして時空転移なんていう禁じられた技術を使ったんです? その辺は、まず知っておきたいですね」

 カズヤは、横になったままゆっくりと話し出した。

「オレ自身にも良く分からないんだが、一つだけ確かな事がある。オレは人を捜している。人を捜してここに来た」

「人? 同じ様に時空転移でどこかに行った人を、ですか?」

 その問いに、カズヤは首を横に振る。

「分からない。お前、さっき言ったよな。禁じられた技術だとか。時空転移っていうのが何なのか、オレは何も知らないんだ。ただ、突然消えちまったあいつを捜すために……」

 カズヤの瞳には激しい悔恨の念が見て取れる。

 確証は無いが、おそらく彼は自分自身のせいで、その捜している人が消えてしまったのだと思っているのだろう。でなければ、その悔恨の色の説明は出来ない。

 予期せずして時空転移を起こしてしまい、相手を飛ばしてしまった。そして、自分もその後を追ってここまで来た。そういう事なのだろう。

 しばらくの沈黙の後、カズヤはゆっくりと口を開く。

「オレが時空転移してきた所に居合わせたって言ったよな? その数時間前に、オレと同じ様に時空転移をしてきた奴はいなかったか? 髪の長い、オレと同じ位の年齢の女だ」

 自分の体の事を理解してか動きこそはなかったが、今にも詰め寄ってきそうな勢いがその言葉にはあった。

 そして、僕は悟った。その人がカズヤにとっては、かけがえのない大切な存在なのだという事を。

 一瞬、どう言おうか迷ったが、知らないものはしょうがない。気休めの嘘を言ってもすぐにバレてしまうだろう。だったら真実を言うしかない。

「…知らないんです。僕は、カズヤさん以外は見かけていないから」

 その時、僕はどんな表情をしていたのだろうか?

 カズヤから返ってきたのは、

「おいおい、どうしてお前がそんな顔をするんだ? お前、よっぽどのお人好しだな。じゃなきゃただのバカだ」

 という、呆れた様な声だった。

「えっ、それはどういう――」

「いい、気にするな。お陰で気が緩んだよ」

 予想外の反応に戸惑った僕を、カズヤはそう言って制止する。

「今は…そうだな、もっと情報が欲しい。今、オレが居るのは何処なのか? どんな風にしてここに来たのか? 今の状況がつかめなくては、体が動くようになったとしても動きようがないから、な」


「信じられない、というのが素直な感想だな」

「それはこっちも同じですよ」

 鼻で笑うかの様なカズヤの言葉に、僕は思わずそう返していた。

 カズヤと話し始めてから既に一時間は経っただろうか?

 僕達は朝食を食べながら相手の話を、お互いに作り話を聴くかの様にして聴いていた。

 今居るこの場所が、エイジアシティー北部に位置するオキスズミチョウにある高校だと説明しても、オキスズミチョウならまだしも、エイジアシティーさえ知らないというのだ。

 逆に、カズヤがいた所の地名を聞いても、僕には全く聞き覚えのないものばかりだった。

 そして、信じられない事に、カズヤはアルドを知らなかったのだ!

 カズヤがいた所ではアルドという言葉を使っていなかったという訳ではない。 その観念さえ存在しなかったのだという事だ。

 けれども、現にカズヤ自身はアルドを持っているし、アルドを使い果たしたがために動けない状態に陥っているのだ。

 人々にアルドが存在しなかったのではない。その使い方が知られていなかった場所…。

 そうだとしても、そんな地域がこの世界、シュトゥルーに存在するのだろうか?

 否、どんなに文明の遅れている地域であったとしても、アルドは日常的に使われているものだ。そりゃあ、FOLSの様に強力な力を引き出せる者は、そうそう存在する訳ではないけれども…。

 考えられるのは――カズヤはまったく別の異世界からこの世界にやって来たのではないか、という事だ。そう、FOLSの敵、ARUTOの様に。

 そして、その世界では皆がアルドの使い方を知らないで生活している、と。

 しかし、一つだけ気になる点があった。地名がことごとく違ったカズヤの世界もまたシュトゥルーと呼ばれていたということだ。

 これは一体どういう事なのだろうか?しかし、いくら考えたところでその答えが見つからない。

 僕はただ、その信じられない事ばかりのカズヤの世界の話を、夢物語を聴くかの様にして聴いていた。

 そして、僕もカズヤも、いつの間にかお互いの話を楽しんで聴く様になっていた。

「オレは本当に異世界に来ちまったようだな。だが、お前の話を聴いていると何だかわくわくしてくる。もっとこの世界の事を知りたいと思ってしまう。…アイを捜すっていう目的があって来たっていうのにな……」

 アイというのはカズヤが追ってきたという女の人の名前だ。彼女とカズヤの関係がどういったものなのかは詳しく聴いていないのだけれども。

「そうですね。僕も楽しいです。会ったばかりだというのに…ほんと、不思議ですね」

 ふと、腕時計に目をやると既に八時を回っている。

「うわぁ、もうこんな時間だ! いつの間に!」

 僕は慌てて立ち上がる。

「確かお前は学生なんだったな。お勉強の時間か?」

「うわっ、なんか嫌みっぽい言い方ですね」

 立ち上がった僕は、マットの上に壁に寄りかかるようにして座っているカズヤを見下ろしながらそう答える。

「オレのいた所じゃあ、皆が皆学校なんてところには行けなかったからな。ちょっとした偏見があるのさ。まあ、学校を出る様な知識人の中にも、良い奴はいたがな」

「こっちじゃ義務教育なんてのがあるんですけどね」

 僕は苦笑いを浮かべながら答える。

「とりあえず、無理をしないで寝てて下さいよ。いくら腹を満たしたって、アルドはすぐに回復しないんですから。じゃあ、また後で来ますんで、カズヤさん」

 そう言ってその場を後にしようとすると、

「ちょっと待てよ」

 と、カズヤが呼び止める。

「何です?」

 僕が振り返るとカズヤは俯き加減に口を開く。

「敬語はやめろ。それと、オレのことはカズヤって呼び捨ててくれていいぜ」

 顔を見せない様にしているのは、恐らく照れ隠しなのだろう。

 僕はカズヤに聞こえないようにクスッと笑い、

「分かった。じゃあ、カズヤも僕の事はエンって呼んで下さいよ…じゃなくて、呼んでね」

 と、返す。

「分かったよ、エン。静かに寝てるよ。じゃあまたな」

「うん、またね、カズヤ」

 と、こうして僕は体育倉庫を後にした。もちろん、制服に着替えた後である。



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