異邦人1
二日目
ジャスト五時、今日も時間通りに目を覚ます。
ただ、今日はいつも以上にじっとしてられない気分だ。それも仕方が無い、昨日はあんな事があったのだから。
結局僕は彼、黒尽くめの男を、学校の体育倉庫の中に寝かせておく事にした。
体育倉庫といっても、彼を寝かせたのは普段は使わない物、例えば体育祭や文化祭に使う物が仕舞ってある場所なので、人が入っていく事はまず無い。
昨日はまだ目を覚ます様子はなかったが、そろそろ目を覚ましているかもしれない。そう考えるとじっとしていられないのだ。
彼の正体は何なのか? 彼は一体どこから現れたのか?
僕は手早く着替えを済ます。
着るのはもちろんジャージだが、今日はこのまま帰って来るつもりは無いので、鞄に教科書類を入れ、制服も詰め込む。
「さってと、どうなりますかねぇ」
そう呟くと、僕は窓から抜け出す。
まだ辺りは明るくないが、空には雲一つない。どうやら今日も一日、良い天気になりそうだ。
六時。僕は学校へと着いた。
ジョギングはいつも通りこなした。ただゴールが少し違ったという事と、途中で買った朝食の量が普段の倍だという違いはあったが。
朝食を沢山買ったのは、もし彼が目を覚ましていたとしたら、おそらくお腹が減っているだろうと思ったからだ。
僕は辺りに人気がないのを確認すると、静かに体育館へと向かう。
体育館の中はシーンと静まり返っていて薄暗く、ジョギングを終えた後の僕には心地よい涼しさが感じられた。
僕は一つの体育倉庫へと目を向ける。人の気配は…全く感じられない。どうやら彼はまだ意識を取り戻していないようだ。
静かに体育館を横切って、滑り込む様に音を立てずに倉庫内へと入り、そして扉を閉める。
倉庫には小さな窓が一つあるにはあるが、北向きのため朝まだ早いこの時間帯には明かり取りとしての意味を為しておらず、倉庫内は真っ暗。
電気を付けようと思えば付けられるが、それは避けた方が良いだろう。人に見つかる危険性が上がるからだ。
僕はしばらくの間、その場で目が慣れるのを待つ。
まあ、そんな事をしなくてもアルドを感覚神経へと集中させる事で辺りの様子など手に取るように分かるのだが、無駄にアルドを使うのはあまり良くない。
特に、目の前に得体の知れない男がいる今は、いざという時のために出来るだけアルドを残しておくのが得策だ。
そして……ある程度目が慣れてきたので奥へと歩き出す。彼は奥の物陰に置かれたマットの上に寝かせてあるのだ。
一応上には保健室からくすねて来た毛布を掛けておいたが、この肌寒い体育倉庫の中、どれだけの足しになったのだろうか?
そんな僕の心配を余所に、男は昨日寝かせた時と変わらぬ様子でその場所に居た。
「まだ意識戻ってないのか、やっぱり」
男の姿を視認し、僕は少しがっかりしてそう呟いた。
だが、そう呟いた直後、辺りを取り巻くアルドの流れに微妙な変化が現れた事に僕は気付く。
――なるほど、ね――
今度は心の中で呟く。そして、後ろへ一歩下がる。
すると、一瞬遅れて黒い残像が空に弧を描く。
もし、僕が動かずにいたとしたら、それは僕の首を見事捉えていただろう。
僕はニッコリと微笑む。
「あまり無理しない方が良いですよ。まだ、体を起こすのもやっとのはずだから」
「貴様、何者だ! どうしてここにいる!」
鋭い視線が僕を射抜く。その声色にも明らかな警戒心が込められていた。
先程までマットの上で横になっていた男は、上体を起こし、僕の方を向いて身構える格好へと変わっていた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。僕はエン=スガムラっていいます。あなたが時空転移して来た所に、丁度居合わせた者です」
なるべく柔らかい口調で話し掛ける。
だからといって、男の警戒がそう簡単に解けるとは思えないが。
「時空転移? ってこと…は」
と、男の体がふらりと前に倒れ込む。
僕は慌てて手を差し出し、彼の体を支える。
「だから言ったじゃないですか。まだ、アルドも全然戻ってないんですから」
そう言いながら、彼の体をゆっくりとマットの上へと戻す。
「ちっ、情けないな。…とりあえず、今はお前に頼るしかないって事か」
「そういう事ですね。まあ、あなたが一般でいう『悪い人』じゃないのなら、僕は何もするつもりはないですよ」
ため息混じりの男の言葉に、僕は明るくそう答える。
「はっ、そう言われて自分が悪人だなんて答える奴はいねーよ」
その返しに、僕は苦笑いしつつ、
「とりあえず、名前を教えてもらえませんか?」
「お前、エン、とかいったか? オレの名前は……カズヤ、だ」
彼、カズヤはそう言って名を名乗った。




