アイ5
三十分程歩いた頃、
「おい、Dr.早く来いよ」
カズヤは振り返って、私たちに遅れてついてきているはずのDr.に声を掛ける。が、返事がないどころか姿すら見当たらない。
「やっぱりどこかで倒れているんじゃ……ああ見えてもけっこうな年だし」
私は心配になって戻ろうとする。
「待てよ、アイ。あのじじいの事だ。先回りして着いてるくらい――」
そう言って進行方向に再び向き直ったカズヤは驚く。
「誰がじじいじゃ。わしゃあまだまだ元気じゃぞ!」
「お、おいDr.…どうして先に着いてるんだ? オレ達よりも後に研究所出たはずじゃ…」
軽口を叩いておきながら、うろたえているカズヤ。
かくいう私も、目の前に不意に現れたDr.に驚いていた。
Dr.はというと全然疲れているという様子もなく、それもそのはず、カズヤの問いにあっさりと答える。
「車じゃ」
「へ? 車って、こんな場所に道なんて――」
言い返そうとするカズヤにDr.はニヤッと笑って、
「道はちゃんと造ってあるんじゃ。そうでなかったら発掘した物を運ぶのが大変ではないか」
「それならそうと先に――」
また言い返そうとするカズヤ。
「お前さんがさっさと出ていったんじゃぞ。人の話を最後まで聞かぬからこうなる」
「ちっ」
カズヤは舌打ちをすると、これ以上の問答は無駄だと諦めた様子で話を進める。
「それで、何をすればいいんだ?」
そんな不機嫌そうなカズヤを見て私は思わず微笑んでしまった。
最近ずっとボケーッとしていたカズヤが、何だかやっといつものカズヤに戻った。そんな風に思うと自然に顔が緩むのだった。
ポカポカと暖かい日差しの中、私は頬をかすめていく、埃くさい風を感じる。なんだかこれが大昔の文明の臭いなのかな、などという思いが湧いて来る。けれどもきっとそれは違うのだろう。これは廃墟だからこその砂埃なのだ。この文明が栄えていた頃はきっと街の中の様な――否、今以上に発達した街並みが広がっていたのだろう。
そんな昔の風景に思いをはせながら、私はカズヤとDr.のやり取りをしばらく見守っていた。
目的地には、既に三人の人影があった。Dr.の言っていた助手達なのだろうが、雰囲気はDr.よりもカズヤの方に近い、学者というよりも力仕事が似合いそうな若い男達だった。
私達が近付くと、それに気が付いたその中の一人がすぐに駆け寄って来た。
「師匠、準備は整っています」
「そうか、ご苦労じゃった」
Dr.の事を師匠と呼んだその男性は、カズヤと私に向き直ると軽く会釈をし、
「それでは、此方へ付いて来て下さい」
と、元居た場所へと向かって歩き出す。Dr.がその後に続き、その後ろに私、最後にカズヤと続く。
着いた先は、周囲は瓦礫の山になっているが、大人六人が入っても十分なスペースがある広場で、地面に大小様々な木箱の山が築かれていた。
「めぼしい物は、運搬しやすい様に助手達に箱に入れさせておいたんじゃ。ほれ、カズヤはそっちの大きいのを。アイさんは小さいので良いから運べる奴を頼むぞ」
「あ、はい。分かりました」
言われるままに、手近な箱を持ち上げる。思った程箱は重くなく、中からカラカラと物がぶつかり合う音が聞こえて来る。
カズヤはというと、両手で抱えれば前方が見えなくなるんじゃないかという位の大きさの箱を、左手一つで軽々と持ち上げていた。
「流石アームじゃな。こういう時は頼りになる」
満足気に頷くDr.に、カズヤは顔をしかめて答える。
「いいから早く行こうぜ。乗って来た車ってのはどっちに有るんだ?」
「うむ、そうじゃな。こっちじゃ――っと、カズヤ、箱を乱暴に扱うんじゃない! 壊れやすい繊細な物も入っておるんじゃぞ!」
「ふふっ」
怒鳴り声を上げるDr.にウンザリした表情のカズヤ。
そんな様子に私は思わず笑いをこぼした。
車と広場とを四、五往復位した頃には、広場に残る木箱の数は数個になっていた。そうなって初めて、広場の周囲の様子が分かる様になった。
そこで、一つ私の目に止まるものがあった。
「あれ、なんだろ?」
広場脇の瓦礫の山の中から覗いている、円柱状の物体。地面から生えていて、私の身長以上の高さまで続いているが、その上の瓦礫の中へと再び消えてしまっている。
私の言葉を聞きつけてDr.が応える。
「おお、アイさん! 流石良い目をしておるな。あれも何かの機械の様なんじゃが、掘り出そうとしたところ何処まで行ってもあの通り、端が見えて来んのじゃ。あそこまでの大物は中々無いのじゃぞ! じゃから、今は一先ず諦めて、他のものを集めてじゃ、後日改めて発掘する予定なのじゃ!」
興奮気味のDr.の様子に、流石に私も苦笑いする。
「へぇー、そうなんですか。凄いですね」
言いながら、その柱の元へと歩いて行き、手を伸ばす。
触ると、意外な事にツルツルとした感触で、とても瓦礫に埋もれていたものとは思えない。何となく気になったので、私はそのまま上まで見上げてみたり、しゃがんで下まで確認して見たりする。
「おい、何してんだ?」
と、いつの間にかすぐ横にカズヤが立っていた。
「え、えーっと…何か気になってちょっと見てたんだけど」
自分でも何で気になったのか良く分からなかったので曖昧な返事になってしまう。
「なんだそりゃ? この柱が一体どうしたってんだよ」
そう言ってカズヤは柱へと左手を伸ばす。
そして、手が触れた瞬間――――柱は眩いばかりの光に包まれた。