接触2
さてと、このままこうしていても埒があかない。一向にコバヤシさんの周りの男子は減る様子を見せないからだ。
僕は決心を固めると席を立つ。そして、
「コバヤシさん、ちょっと」
その声は、緊張していたためか異様に大きくなってしまった。
一瞬にして教室が静まり返る。
「朝の事で聞きたいんだけれども」
僕は続けてそう発声する。
「えっ、あ、あの…」
コバヤシさんは困惑した様子で僕の方を見つめ返す。
そして、
「ちょっと来て下さい!」
いきなり腕が引っ張られ、そのまま廊下に出る。
そう、引きずって行ったのがコバヤシさんの方で、僕が引きずられて行ったのだ。
そのままコバヤシさんに連れられ、僕は屋上に出る。
この慌て様、恐らく僕があの中でコバヤシさんの正体を明かすとでも思ったのだろう。だとしたら、彼女は本当に…。
「僕の言いたい事、何だか分かってるみたいだね」
まず、僕はそう言ってコバヤシさんの反応を探る。
けれども、ずっと走ってきたせいで彼女はハアハアと息を切らしているため、何も返す事は出来ない様子。
それならば、ここで改めて自己紹介でもして時間を稼ぐか。
「もう知ってるかもしれないけど、一応自己紹介をしておくね。僕の名前はエン=スガムラ。エンって呼んで。呼びやすいでしょ、シータ=コバヤシさん」
「私もシータでいいですよ」
そう言ったコバヤシさん、じゃなくてシータの笑顔に僕は思わず言葉を失ってしまう。一瞬、自分が何をしたかったのかも忘れてしまった程だ。
僕は頭を掻いて気を取り直し、何とか話を続ける。
「えっと、じゃあシータ。朝、学校に来る時に道で僕とぶつかったのは覚えているよね」
シータは頷きでそれに答える。
さっきの笑顔とは打って変わっての無表情。感情が顔に表れない様にしているのだろうか。
「それじゃあその時、君は小さな手帳を落としたよね、僕が拾ってあげた…」
「はい…」
今度は言葉で返してきたが、その声は心なしか強張っている様に感じる。
「君がすぐに取り上げたからはっきりとは見えなかった。だから、もしかしたら僕の勘違いかもしれないけど…」
僕はごくりと唾を飲み込む。そして、核心へと。
「その手帳に『F・O・L・S』つまりFOLSって書いてなかった?」
シータの反応は……なし。
否定も肯定もしない。考え込んでいるのだろうか? どうやってこの場を切り抜けるのかを。
だとしたら、僕の考えは当たっているはずだ。つまり、彼女はFOLSの隊員の一人。
そう確信し、彼女の答えを促す様にもう一度口を開く。
「あの紋章は確かにFOLSのマークだったと思うけど…」
実は私、FOLSのファンなの、という風に答えたらこう言えばいいのだ。
じゃあ、その手帳見せてもらえないかな。僕もファンなんだ、と。
本物かニセ物かなんて、僕にはすぐに分かる。伊達に十年もの間、FOLSに憧れてた訳じゃない。
「あれは…その…父のなんです」
とぎれとぎれにシータは答える。
何だって、どういう事だ?
「父が、お守りとして持ってろって…」
予想外の答えだ。
まさかそういう返しがあるとは思わなかった。けれども、この流れで誤魔化せると思っているのだろうか?
いずれにせよ、僕の返事は決まっている。
「そっか…じゃあ、そのお守り、良く見せてもらえないかな」
その言葉に対して、シータがどう対応するのか僕には大方予想出来たが、そう言うしかなかった。黙ってしまったら、次の言葉を発する事が出来ない様な気がしたのだ。
「…父がね、このお守りは誰かに見せたら駄目だって言っていたんです。だから朝も慌ててしまって…」
思った通りの答えを聞き流しながら、僕は次の言葉を考える。否、考えるまでも無い。次の言葉はこうだ。
「だったら君のお父さんに直接会って話が出来ないかな?」
「えっ?」
シータはもうこれで逃げ切れると思っていたのだろうか。その声は、思いもよらなかった事態への戸惑いのものだ。
返事を促すために、もう一度僕は口にする。
「だから、お父さんと直接話が出来ないかなって」
彼女がFOLSの関係者だという事に、もう疑いは無い。
とにかく、これはチャンスなのだ。FOLSに入るためには、このチャンスを逃す訳にはいかない。
あれこれと考えを巡らせているのだろうか、再び黙り込むシータ。
「父には――」
そう言いかけてシータは口を閉じる。
そして、微妙に表情が変化する。何か決意を固めた様な表情へと。
「わかりました。父に伝えておきます」
誤魔化し続けて僕の追及を逃れるのは無理だと判断したのか、シータはそう返事をした。
よし、これで今の所の目標は達成だ。
これで、シータの仲間か、もしくは本当の父親か、とにかくFOLSの関係者と直接話す事が出来る。
「サッンキュー!」
本当に、心の底からその言葉が溢れ出てきた。
そして、僕は気が付くとFOLSに対する思いをどんどんと語っていた。
子供の頃、FOLSと出逢った事。それからFOLSに入りたいと思うようになった事……。
「そうなんですか。フフッ、いい話が何か聞けるように父に言っておきますね」
その言葉が再び僕を刺激する。
「ほんっとにありがとう。何かもう言葉では言い尽くせない位だよ」
全く胸の高鳴りを押さえる事は出来そうにない。
このままでは、今はまだ言うべきではない事まで口にしてしまいそうだ。そんな事をしたらシータに必要以上に警戒されてしまい、FOLSとの接触も、もしかしたら駄目になってしまうかもしれない。
まあ、今のままでも絶対に会わせてもらえるとは限らないのだが、それでも今はこの約束を足掛かりにしていくのが最上だと思う。
とりあえず、今はもう引くべきだ。僕はそう考え、一歩後ろへ下がる。
「じゃあ、僕はこれでもう帰るから」
そう言ってシータに背を向けると、屋上入り口へと戻る。
シータの方もこれから色々と準備があるはずだ……僕を煙に巻くための。
「またね!」
校舎に入る前に、もう一度シータの方を向いて手を振り、ひんやりとした校舎の中へと入って行く。
これでいい。急ぎ過ぎては駄目だ。
チャンスを確実に自分のものにするには、焦りは禁物なのだから……。




