夢への道程2
「まったく、新学期早々遅刻寸前で行くことになるなんて」
家を出るとミズホはすぐにそう口を開く。
「だったら先に行ってればいいじゃないか!」
僕は走りながら、その言葉にむっとして返す。
「そんな事してたらあんたいつも遅刻じゃない!」
もちろんミズホも走っている。本当に遅刻しそうなのだから。
家から学校までは走ると約五分。と言っても、走り続ければの話だが。
大抵は途中で歩く事になる。何故ならば、僕達の通う高校、「東ココノエ高校」は高台の上に建っているからだ。つまり、ずっと上り坂だという事だ。
僕は別にずっと走り続ける事は可能だ。いくら色々着けているといっても、体力だけはあるからだ。
瞬発力などは落ちているかも知れないが、毎日のトレーニングに比べたらこれ位どうって事はない。
けれども、ミズホの方はそうもいかない。そのため、歩く事になるのだ。
始業まで約十分。歩く事を考えると大体七、八分といったところ。まあ間に合う範囲内だ。
僕の名前はエン=スガムラ。今日から東ココノエ高校の二年生となる。
周りには運動音痴で鈍臭い奴って事になっているが、真実の程は、前述の通り。
重い服を身に付けたままで授業を受けているし、わざわざ運動で目立つ必要も無いので、現状に不満は無い。
そして、僕とは逆に、隣を走っているミズホはスポーツ万能で人当たりも良い。おまけに顔も良いと、男にも女にも人気が高い。
僕に言わせると、何であいつがもてるのか、と思うのだが、幼馴染みだという事で親しい僕に変な因縁を付けてくる奴もいる。
その場合は適当にあしらったり、何とか逃げ出したりして事無きを得ている。 変な所で悪目立ちしないように、気を使っているのだ。
そんな訳で、何時まで経っても僕は鈍くさい奴のままで通っている。
しばらく走り続けていると、学校前の最後の登りへと入る十字路が見えてくる。
そのまま、僕は速度を緩めず走り続けて行く。
すると、
「うわあっ!」
「きゃっ」
何かとぶつかる。
額に鈍い痛みが走り、地面に倒れ込んでしまう。
見ると、僕と同じように尻餅を付いている少女が目に入る。髪の長い少女。
どうやら彼女と衝突してしまったようだ。
「いつつつつ。大丈夫?」
額を押さえつつ立ち上がると、目の前の少女に声を掛ける。
「えっ、あ、はい」
少女は下を向いたまま痛みを堪えている様子。
ぶつかったのは額同士の様だが、少女は倒れた拍子に腰を地面に打ち付けたようで、腰に手を当てている。
「ごめん、急いでたから。立てる?」
屈み込んで少女に手を差し伸べる。
と、彼女は顔を上げ、
「あっ、すみません。私の方も前を良く見ていなかったから」
心臓がドキリッと鳴るのを感じた。
少女の顔を見た途端、僕は動くのを忘れてしまっていた。
少女は、今まで見た事のある女性の中で一番綺麗だった。純白の肌に整った顔立ち。漆黒の艶やかな髪。
全てが僕を吸い寄せている様で、その長い睫毛に囲まれた大きな黒い瞳が、僕の目を捉えて離さない。
「ど、どうかしました?」
少女のその言葉に僕は我を取り戻す。
「あ、ごめん。見とれ――じゃなくて、えっと…」
言うべき言葉が見つからず、僕は訳の分からない事を口走ってしまう。
「と、とりあえず、掴まって」
何とかそう言う事に成功し、少女の腕を掴んでゆっくりと引き上げる。
立ち上がった少女は、服に付いた砂を手で払うと、
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。と、その拍子に何か手帳の様な物が地面に落ちる。
僕はすぐに手を伸ばしてそれを拾い上げる。
そして、そこに描かれていた絵に、先程とはまた違った意味で僕は目を奪われる。
そこに描かれていたF・O・L・Sの四文字が組み合わさって構成されている紋章は明らかに――
「すっ、すみません。あの、私、急いでるんで!」
僕が口を開くよりも早く、少女は僕の手から手帳を奪い取っていく。否、元々彼女の物なのだから奪うという表現はおかしいか。
一目散に走り去っていく彼女。もしかしたら見間違えかも知れないと一瞬思ったが、あの反応…これは間違いないのではないか?
僕は確信し、小さくなっていく彼女の後ろ姿を見つめる。と、
「ちょっと、何ぼけっと突っ立ってるの!? 遅刻するわよ!」
ミズホが怒鳴り声と共に僕の横を走り抜けて行く。
「あ、そうだよ!」
今の出来事のお陰で、遅刻しそうな事はどこかへぽーんと置き去りになってしまっていた。
僕もミズホの後に続いて走り出す。
「まったく、遅刻したらあんたのせいだからね!」
ミズホは大声でそう叫んだ。




