檻の内で3
――――よっ、私! 元気かね?――――
何処かから声が聞こえて来る。
「誰? 私って…?」
私がそう問いかけると、急に目の前に人影が現れる。
長い金髪をなびかせて、優雅に微笑んでいる。
「ふふっ、そろそろお目覚めの時間よ。ゆっくり休めたかしら」
問いには答えずに、一方的に話し掛けて来る金髪の彼女。
「目覚め? 私…寝て…?」
そこで、私は理解する。これは夢なのだと。
目の前に居るのは理想の私。憧れの人物像。美人で明るくて快活で、人の言う事なんて気にせずに我が道を行く。そんな、現実の私とは全く正反対の眩しい彼女。
「ほらほら、いつまでもぼーっとしてないでシャキっとする!」
「五月蝿い……私は、貴方とは…貴方とは違うのよ!」
私は大声で怒鳴り返していた。
私だって、好きでこんな風に生きている訳じゃない。自信が無くて、勇気が無くて、何も出来なくて、居場所が無くて…。
与えられたこの居場所を守るために、FOLSでの任務を一生懸命やってきた。FOLSだけが、私の唯一の居場所だから。
金髪の少女は、呆れた様な、それでいて悲しそうな表情を浮かべ、
「ホント、しょうがない子ね。だからこそ、可愛くてしょうがないんだけど」
そう言って、私の顔へと両手を伸ばして来る。
「な、何よ?」
身構えるが、その両手は優しく私の両頬に添えられる。
「大丈夫よ。あなたはちゃんと皆に愛されてる。私はもちろんだけど、お父さんにもお母さんにも。FOLSの人達にもね。だから、安心して戻りなさい」
じっと私の顔を見つめてくるその表情は、優しい微笑みに包まれている。
「な、何を言っているのか…分からないわ」
「怯えないで。人は怖くないから。ミズホもエン君も、あなたにとってかけがえのない存在になるから。大切にしなさい」
「…分から…ないわ…」
「恋も友情もまだまだこれからよ。頑張りなさい!」
バチンっと両の頬を叩かれる。すると、急に視界が白くかすんでくる。
――え、あ、ちょっと?!――
声を出そうとしたが、それはもう発する事は出来なかった。
どんどん薄くなって来る周囲。
――――さあ、私! いってらっしゃい――――
最後に、そんな言葉が聞こえた様な気がした。
「あっ、気が付いたみたいだよ」
まず、意識の中へと入ってきたのはその声だった。
次に目の前が段々とはっきりとしてきて、私の顔を覗き込むようにしている少年の顔が目の前に現れる。
「う…。わ、私は…?」
横になっていた体の上体だけ起こすと私は辺りを見回す。辺りには煙が立ちこめ、焦げ臭い臭いが鼻をつく。
「奴らはもう倒したよ」
目の前の少年、エンの言葉に私は記憶を取り戻す。
「そうだ! 確かARUTOの二人組が…」
「だからもう片付いたんだよ」
その声は私の背後からだ。
そこに立っていたのはエンと知り合いらしい、例の最初の男だ。
「二人が、倒したんですか?」
二人の服はボロボロに破けていて、赤黒く染まっている所もある。けれども、不思議な事に全く傷跡は見られない。
「ははは、まあ、そういう事にしておいてよ」
エンは、何故かは分からないが、顔を引きつらせてそう言った。
「全く信じらんねえぜ」
ぼそりと後ろの男が呟くのが聞こえる。一体どういう意味なのだろう? 自分達がARUTOを倒せた事が、奇跡的な事だったという事なんだろうか?
「とにかく外に出よう。シータの仲間が外にはいるはずだから」
エンがそう言って立ち上がる。
「お前、まだ動けねえんだろ? オレの背中に乗りな」
「えっ、そんな」
私はそう言って断ろうとしたが、半ば無理矢理に男に担ぎ上げられる。と言っても、本当に体が動かないんだからどうしようもない。
エンと男は並んで体育館の入り口へと向かう。
「そういや、まだ名前を言ってなかったな。オレはカズヤ」
男は私を担いでいるというのに、全く辛そうな声を出さずにそう言ってきた。
「えと、シータです」
私は普通に答えたつもりだ。けれども、返ってきたのは奇妙な反応。
「ほんとに違うんだな」
まるで呆れているかのような口調。何故そう返してくるのか、理解出来ない。
「まあまあ、良いじゃないか。シータも困ってるよ」
エンがカズヤの左肩をポンッと叩く。
「僕としては、そのアームってやつの方が驚きだったけどね」
アーム? 何なのだろう、それは?
と、もう目の前には体育館の扉が。
「ガラガラガラッ」
エンが扉を開ける。
すると、数メートル先に三つの人影がある事に気付く。
私は何とか頭を動かしてその姿を確かめようとする。けれども、首すら動かす事が出来ない。
「ミズホ?」
と、エンが呟く。
続いてカズヤの体が震え、呟き声が耳へと入ってくる。
「ガル…デルム? それに、その隣にいるのはもしかして――!」
θ end.




