アイ4
「おーい、おい! 何ボサッとしてんだ?」
カズヤの大きな声で現実へと引き戻される。
横に座るカズヤは右手だけでハンドルを握っていて、左手は遊ばせている。
「えっ、あ、ごめん、ボケッとしちゃって…って、ちゃんと前見て運転しなさいよ!」
カズヤはサングラスをかけているので、どこを見てるのかはっきりとは分からないが、明らかに今は私の方へと顔を向けていた。
私たちの乗ったボロの軽自動車はガタガタ揺れながら、郊外のDr.ヤエノの研究所へと向かっている。日差しは強いが、開いた窓から吹いてくる風が心地よい。窓外へと視線を向けると、もうそこには市街地のような賑やかさは何もない。あるのは、ボロボロになって崩れている建造物の廃墟群。
「しっかし、いつ来ても何もねえ所だな。よくこんな所に住めるよなぁ」
今度は正面を向いたまま話すカズヤ。
「前文明の遺跡とか言うやつが近くにあるからでしょ。そういう人じゃない」
「まあな。今日のもそれ関係の話だろうな。どうせ研究なんて何の役にも立たないっていうのに」
「そんなこと言って、カズヤの腕もDr.のおかげなんだよ」
私は何の気なしにそう言い返したが、
「そうだな」
と、カズヤは急に調子を変えそう呟く。私はどうしたのかと聞き返そうと思ったが、やはりそこには何か入りこめない雰囲気がある。
どんな言葉を返せば良いのかと思い悩みながらカズヤの横顔を見ていると、急に車がガクッとゆれて、「キィーッ!」と音を立ててブレーキがかかる。
「きゃっ!」
私はふいをつかれ、思わずそんな声を出してしまう。
「何やってんだアイ、着いたぞ」
シートベルトを外し、車外に出ながらカズヤは横目で私を見る。
「え、あ、そうなんだ、ははっ」
私は慌てて立ち上がる。と、「ガツンッ」
「いたぁーい」
頭を天井にぶつける。
「ぷっ、お前は何やってんだ、さっきから」
口元をおさえながら車の外から中を覗き込んでいるカズヤを目にし、恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じる。
「さっさと出ろよ。カギ閉めるから」
私は頭を押さえながら外に出ると、「バタンッ」と勢いよく扉を閉める。続いて反対側からも「バタンッ」と音が聞こえてくる。
「行くぜ」
私の様子など大して気にしていないようで、 カズヤはサングラスを外し、皮ジャンの胸のポケットに入れるとスタスタ歩き出す。その方向には、周りの建物に比べればいくらかまともな、何とか雨風が防げるんじゃないかという位の小さな建物がある。
ぱっと見では瓦礫に埋もれているように見えるが、入口だけはきちんと付いていて、その目の前まで来ると、カズヤは扉の横についているインターホンらしき物に向かって、
「Dr.来たぜ。オレだ」
一瞬遅れて「ピッ」と電子音がしたかと思うと、人一人が何とか通れるサイズの入口が開く。そう、ここがDr.ヤエノの研究室なのだ。
私もカズヤに続いて入っていく。中に入ると崩れたコンクリートに囲まれ、天井も青い空が所々見える小さな部屋、というよりは瓦礫の中にあるちょっとしたスペースといった感じになっている。何もない。カズヤは無言で正面と左右の壁を数カ所手で触る。
すると、「ゴゴゴーッ」という轟音とともに地面に穴が開く。そして、そこには地下への階段が続いている。
Dr.の研究室は、どういう訳かここまで厳重になっている。
私も階段の出し方は知っているが、まず初めて来た者はあんな仕掛けがあるなんて気が付かないだろうし、偶然でも階段を見つけることは出来ないだろう。
階段へと足を踏み出すと、中は真 っ暗だ。横に手すりがついていなかったら間違いなく転んでしまうだろう。階段を降り終えていくらか歩いた所でやっと明りが見えてくる。
そこに一人の老人の姿があった。白いあご髭をたっぷりと蓄えて、銀縁の丸眼鏡をしている。髪も真っ白に染まっているが、あごとは対照的にそう多くはない。
「久しぶりじゃのう」
Dr.はカズヤと私の顔を見るとまずそう言った。
「本当、お久しぶりです」
「ったく、何だってんだ? 仕事ってのはどうせガラクタ採集なんだろう?」
カズヤは第一声からこの調子。
「ガラクタとは何じゃ、ガラクタとは。だいたいお前さんだってそう言うガラクタを身体につけているではないか。役にたっていないとは言わせないぞ。その前文明の素晴らしい知識の結晶を、お前さんは――」
「分かった、分かったから。もう言わねえよ。それより今日はどこで何を発掘するんだ?」
カズヤはいつも長話になるDr.の話を途中で遮り、話を進める。
「うーむ。そうじゃな。こんなことを言ってたんじゃ日が暮れてしまう。今回のはかなり大掛かりな物じゃからのう」
「大掛かり?」
私は、聞き返す。
「そうじゃ。とりあえず、いつまでもこんな所で立ち話もなんだから、ワシの部屋へ」
通された部屋には、中心に大きな机が置かれていて、その上に大きな地図が広げてあった。
「ここを見てくれ。今まで主に発掘してきたのは、この右の…だいたいこの辺じゃの」
地図はこの辺一帯の物の様で、Dr . の字で細かく何かが書きこまれている。
Dr . はその地図を指差しながら色々と話していく。
私はあまりDr.の仕事を手伝わないので何を言っているのか詳しくは分からないが、カズヤにはしっかりと伝わっている様だ。
私はしばらく黙って二人のやり取りを聞いていた。
私にも何とか分かったのは、今回は新しい発掘場所を見つけたということ。しかもそこにある物は、ほとんど壊れていない物だという事だ。
「 ――と、だいたいこんなところじゃ。分かったかのう?」
Dr.がやっと話を終える。
「大体分かった。けど、さすがにオレ達だけじゃあ ――」
「その点は大丈夫じゃ。もうワシの助手達は、皆向こうに行っているはずじゃ」
「そういえばいたな」
カズヤはポンッと手を叩く。
「アイさんはどうじゃ?」
「えっ、は、はい。分かりました」
急に話しかけられ慌てて答える。
「じゃあ出発すっか。行くぞ、アイ」
カズヤはそう言うとスタスタと行ってしまおうとする。
「あ、ちょっと待ってよー」
そう言って、私はカズヤを追いかけて歩き出した。