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タイムシェイパーFOLS  作者: 時野 京里
第二楽章 θ
44/113

運命の彼との出会い5

「そっか…じゃあ、そのお守り、良く見せてもらえないかな?」

 しばらくの沈黙の後、エンは落ち着き払った声でそう言った。

 まさか見せるわけにはいかない。何せ、私の写真があの証明章には入っているのだから。

 大丈夫、そう言われるだろう事は想定済だ。

「…父がね、このお守りは誰かに見せたら駄目だって言っていたんです。だから朝も慌ててしまって…」

 ちょっと苦しい言い訳かな、とは思ったがそれで突き通すしかない。他の理由が私には見つからないのだから。

 次はどうくるのか、と私は構える。

 これで引き下がってくれれば良いのだけれども……。

「だったら君のお父さんに直接会って話ができないかな?」

「えっ?」

 思わず聞き返してしまう。まさかそう言ってくるとは思いもよらなかった。

 エンはもう一度同じ事を口にする。

 しかし、そんなことは不可能だ。私には父も母も、家族は誰もいないのだから。強いて言うなればFOLSが家族だ、と言う事は出来るかもしれないが…。

 私は、気が付いた時にはもうFOLSの一員となっていた。そして、今の様な優秀な人材のスカウトや様々な雑用の任務を行ってきた。

 何故私がそうなったのか、家族はいるのか、そして本名は何なのかさえも私は知らない。

 分かるのはシータというコードネームと、与えられた任務をこなさなければならないという事のみ。

「父には――」

 会わす事は出来ません、と言おうとして言葉を止める。

 そう言ったところで、この問題を解決する事は出来ないのではないだろうか。

 この調子なら、絶対に何か食い下がってくるはず。それならいっそ――

「分かりました。父に伝えておきます」

 私の父と言って通用するような年齢の隊員に事情を説明して手伝ってもらえば、事が上手く収まるのでは――そう思って私はそう答えた。

 すると、エンの表情がぱっと輝くように明るくなる。

「サッンキュー!」

 子供のように無邪気な笑顔。

 今まで私が警戒していたのは何だったんだと思い、あっけらかんとしてしまう。

「僕さ、実はFOLSにずっと憧れてたんだ」

 エンは溢れ出してくる言葉を塞き止めることが出来ないかの様に、矢継ぎ早に話していく。

「子供の頃にちょっとした事件に巻き込まれて、その時にFOLSの事を知ったんだ。それからなんだ。僕もFOLSに入りたいって思うようになったのは」

 その言葉に私は目を見張る。FOLSは選ばれた人間しか入る事が出来ない。その基準は相当高いものだ。ただの憧れというだけで入れるよ様な所ではない。

「そうなんですか。フフッ、いい話が何か聞けるように父に言っておきますね」

 その言葉に対して、私は微笑んでそう答えた。

 けれども、少し罪悪感に苛まれて、思わず目を反らしてしまう。

「ほんっとにありがとう。何かもう言葉では言い尽くせない位だよ」

 彼の純粋さにまた胸が締め付けられる。彼に嘘をつくのは、どうしてこんなにも苦しいのだろう。

「じゃあ、僕はこれでもう帰るから」

 エンはスキップでもしそうな調子で校舎へと戻って行く。

 校舎に入る寸前、

「またね!」

 と振り返って手を振ってくる。

 私もそれに答えて手を振ると、

「じゃあ」

 と何とか笑みを浮かべる。

 しばらくそのままの姿勢でエンが去っていった方向を見つめていると、ふとある事が頭に浮かぶ。

 彼のアルドは一体どれ位なんだろうか、と。

 もしかしたらコンピュータがまだ見つけていないだけで、彼にもミズホ=イスルギ並のアルドがあるのかもしれない…そう思ったのは私の罪悪感から来るものだったのだろうか。

 とにかくエンのアルドを探ってみる。

 すると、思ってもみなかった事実が明らかになる。

「何? このアルドの数値は…」

 それだけしか言葉は出てこなかった。こんな事が実際にあって良いのだろうか。 そう思う程、彼のアルドは――――


 私はとりあえず周りを見回してみる。誰も居ないのを改めて確認すると、ブレザーの内ポケットから通信機を取り出す。

 もちろんこれはFOLS特製のものだ。普通の携帯電話としても使うことはできるが、この機械は普通の電話などの通信器機とは全く異なる造りをしている。

 普通の電話が電波で情報交換するのに対して、この通信機はアルドによって会話を成り立たせているのだ。と言っても、私は機械には詳しくないので、細かい造りなどは分からないのだが。

 これを取り出した理由は、

「クシイ? 私、シータです」

 と、仲間の隊員と連絡を取るため。

 先に言った通り、この通信機はアルドを利用しているため、真空中にでもいない限り圏外などと言われる事はない。

 何せ、アルドはこの世の全てのものに宿っているのだ。地中奥深くにいようが、上空何千メートルにいようが、光速で移動中だろうが周りに物質がある限り、必ず繋がる。

「シータ? どうしたんだ? 何か問題でも起きたのか?」

 通信機から流れてくる声は、私の良く知った壮年の男性の声。

 私の思い当たる範囲では、この人しかいない。私の父だと言って通じるような年齢の隊員は。

「相変わらず鋭いんですね、クシイは」

 私は苦笑いを浮かべると事の成り行きを話し、私の父の振りをして欲しい事をクシイに話す。

「…珍しいな。シータがそんなミスを犯すなんて」

 私が話し終えるとクシイはそう呟いた。

 確かにクシイの言う通り、私は今までの仕事を全て完璧にこなしてきた。それがこんな事になるなんて。

「で、まあ他ならぬシータの頼みだ。引き受けよう。早い方が良いだろうし、明日の夜でどうだ? 八時頃にはそっちに行けると思うが」

「ありがとうございます。それと、少し話したい事もあるのですが…」

 私は先程調べたエンのアルドの事を思い出す。

「それは明日、直接話します。それでは」

 通信を終えると私は通信機を元の場所に戻す。

 そして、ハアーーッと溜め息を一つ。

「今日は何も出来なかったわ。もうミズホ=イスルギは帰っているだろうし…」

 独りごちる。

 そんな訳で私はこの日、そのまま帰途につくのであった。


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