運命の彼との出会い3
「ここで少し待っていてくれ」
そう言ってホンジョウ先生は目の前の教室へと入って行く。扉の上には二年二組と書かれた札がある。
そう、ここが今日から私が通う教室であり、目的の人物の教室でもある。
私は、先生達の隣で始業式を終わらせ、ホンジョウ先生に連れられてここまで来たところだ。
「入ってきて」
教室の中からホンジョウ先生が手招きをする。
それに逆らう必要もないので、言われた通りホンジョウ先生の隣まで歩いて行く。と、
「あっ!」
教室の後ろの方から大きな声が上がる。
何事かとそちらの方を向いてみると、見覚えのある顔。朝ぶつかった少年だ。
私は驚きで表情を思わず歪めてしまいそうになるが、何とか押しとどめる。
「どうしたエン、知り合いか?」
ホンジョウ先生がすかさずその男子生徒に話しかける。
「え、あ、その――朝ちょっと見かけたんで」
エンと呼ばれた生徒はしどろもどろに答える。
「ほーう」
それに対して、ホンジョウ先生はニヤッとした表情を一瞬浮かべる。
けれども、すぐにその笑みは消え、
「急な話だったんでクラス発表の時はまだ名簿に載ってなかったんだが、彼女も君達と今日から共に学ぶ事になった」
と、私の背中を軽く叩く。自己紹介をしろという事なのだろう。
私はごくりと唾を飲み込むと、
「あの、父の仕事の都合で引っ越してきたシータ=コバヤシです。よろしくお願いします」
それを聞いた他の生徒達は、拍手をしたり口笛を吹いたりするが、私はどうもこういう事には慣れない。
いつまでたっても緊張してガチガチになってしまう。何とか笑顔を浮かべようと試みるが、どこかぎこちないものになってしまった様に感じる。
そこで一瞬、例のエンという生徒の顔が目に入る。明らかに他の人達とは違う、神妙な顔付きで私の顔を見ている様子。
まさか、これはもう彼にばれてしまったのかもしれない。私の正体が。
そんな考えが頭をよぎる。
「おいおい落ち着け、お前ら」
熱くなりかけた顔から一気に血の気が引いていくのを感じながら、ホンジョウ先生の言葉に耳を傾ける。
「気持ちが分からんでもないが、あとは休み時間に個人的に彼女の所に行くんだな。と、それでだコバヤシ、お前の席は一番後ろの…エンの隣だ。さっき話してたやつの事だ。分かるだろ?」
よりにもよって私に宛がわれたのは例の少年の隣。こんな事は全くもって予定外だ。
すると、何故かは分からないが他の生徒達が何やら抗議の声を上げる。
「そう言われても名簿順だとそうなるんだ。まっ、席替えまで待つんだな。それじゃあコバヤシ、席に」
他の生徒達を静めると、私を席へと促すホンジョウ先生。
まだ何か言っている声が聞こえてくるが、気にしている余裕はない。私は覚悟を決めて、指定された席へと向かう。
エンという少年は私が席に着く時にちらっとこちらを見た様だったが、それ以上は何も私に興味がないかの様に前を向いたままだ。
ホンジョウ先生が何やら話し始めたようだ。そんな事は聞く必要がないので軽く聞き流していく。
否、聞いている余裕が無かったという方が正しい。隣の少年が朝の事について話し掛けてきたらどうしよう、どうするべきか、と頭の中で繰り返していたからだ。
気が付くと、生徒が一人前に出て来ていた。おそらく自己紹介か何かだったのだろう。
「ミズホ=イスルギです」
その声が、私を思考の世界から現実へと引き戻した。
教卓の前に立っているのは一人の元気良さそうな少女。肩に掛る程の長さの髪で、前髪はピンで留めて右に流している。
はきはきとした彼女の口調からもその性格の一部を垣間見ることができる。報告にあった通りの少女である。
彼女の自己紹介はすぐに終わり彼女が席に戻ると、次は彼女の後ろの席の生徒が前へと出て行く。
そのまましばらく、入れ替わりながら前に出て行く生徒達をぼーっと眺めていた。
そして、
「エン=スガムラです」
私の隣の席の少年の番が来る。
ここでようやく彼が誰なのかに気がつく。
エンという名前、どこかで聞いた事があると思っていた。
それもそのはず、彼の名前は調査書の中にミズホ=イスルギの幼馴染みとして示されていたのだから。
そう考えると、朝、彼とぶつかった時に目に入った少女がミズホ=イスルギだったように思えてくる。もしそうだったとしたら、私は本当に間抜けだ。ターゲットを目の前にして気が付かなかったのだから。
……はあ…初日からなんていう体たらくなんだろう……。
そんな暗い気持ちに私は沈んでいった。




