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タイムシェイパーFOLS  作者: 時野 京里
第一楽章 μ
35/113

檻の外で1

 不意に林がとぎれ、ひらけた所に出た。

 十メートル四方位の広さで、中心に小さな社が一つ、ポツンと建っている。そういえば、学校の裏側には小さな神社があると聞いた事があったような。

 息も荒く、一息つこうと私はその社の前の階段に腰を下ろす。

 走ってきた方向を振り返るが、どうやら誰も追ってきていない様子。

 改めて考えてみると、今日は朝からずっと走りっぱなしだ。

「さてと。どうしようかな」

 何とか息も整ってきた。そこで、これからどうするのかを私は思案し始める。

 フォルスの、クシイの言葉が私は気になっていた。

 アミが言った通り、どうしてあいつが私の、そしてエンの事を知っていたのか。もしかしたら、エンが巻き込まれたことには何か裏があるのではないか。そう思えてならない。

 もし、あのまま車で送り返されてしまっていたら、私はこれ以上何もできずに、事件が解決するのを待っているしかなかっただろう。

 私にはそれは耐えられなかったならなかった。ただエンの事を心配して、精神をすり減らしながら待っているだけだなんて。

 だから隙を見て逃げ出した。結果、何の成果も得られなかったとしても、何もしてないよりはましだ。

「とは言ったものの……」

 私は校舎があるであろう方角を振り返る。丁度社の後ろ側で、社の後ろの木々の間に、屋上がほんの少し見える。

「確かに何か学校の周りに見えるわ。薄い膜のような…。強度は直接触ってみないとわからないけど。でも、これもアルドを使った能力なら…」

 今度は視覚を強め、普通は見えないであろう『ズスフィールド』とやらを凝視して、私はそう呟いた。

 その時、突然に耳障りな音が周りに響き渡る。

「な、何、これは?」

 両手で耳を塞ぐが全く効を成さない。

 「キーーーン」というドリルで歯を削る様な不快な音が、まるで直接頭の中に流れ込んで来るかの様に聞こえてくる。

 と、社の横手、地面から一メートルほどの所に、黒っぽい、直径一メートル程の円形の何か目に留まる。まるで、空中に真っ暗な横穴が開いた様な感じだ。

「あれは――」

 ワーム・ホール――――頭に浮かんだのはその言葉だった。

 何かの本で読んだ事がある。この世界はアルドを使った技術によって発展してきたのだが、その過程で唯一失われたアルドを使った高等技術がある。

 それが『空間転移』。一瞬にして何百キロも離れた場所へと移動する事が出来る技術。

 何故この技術が失われたのか、という事について色々と書かれていた本だったと思うけれども、結論ははっきりと思い出せない。

 そこに書いてあった事によると、空中にワーム・ホールという空間と空間とを繋ぐ穴を開け、そこを通り抜けて移動するのが空間転移の方法だったという事だ。

 その時、つまり空間に穴をあける時に、頭に響く超高周波を起こす、とも書かれていた。

 もし私の予想通りなら、何かがあの穴から現れ出るはず。

 私は虚空に浮かぶ暗闇をじっと見つめる。

 不快な響きは一層強くなり、不意にその暗闇が揺らいだような気がした。と、穴が一瞬で何かを吐き出す。

 どすんっと重いものが地面に落ちる音がして、それを追って私も地面へと視線を落とす。

 現れ出たのは人が一人、いや二人だ。しかし、声がない。地面に落ちたときに、何か声を出してもいいものだが…。

 私は恐る恐るその二人へと近づいて行く。と、ぴくりっ、と一人が動く。

「くぅ…」

 頭を押さえながら立ち上がる。地面に落ちた時にぶつけたのだろうか。

 立ち上がってみて、やっとその人物の姿がはっきりと見てとれた。

 身長は百八十センチ程。黒いTシャツに黒い革のパンツ。加えてブーツも黒の黒ずくめ。長く伸びた前髪が目を隠しているあたりも、その男の黒というイメージをいっそう強くさせていた。そして、その前髪のおかげで男が何処を見ているのかよく分からない。

 私は何か話そうとしたが、それよりも先に男が口を開いた。

「ここは…どこだ?」

 ただ一人で呟いたのか、私に話しかけたのか。おそらく前者だろう。男はまだ私の存在には気がついていない様子だからだ。

「あのぉ~」

 私はこれまた恐る恐る口を開いた。

 男は瞬時に反応し、私の方に体を向けて身構える。そこには全く隙がなく、とても近寄れる様な雰囲気ではない。

「あ、そ、そんなに警戒しないで下さい、私は――」

 慌てて私は手を振り、そして目を落とした先にあるものを見て言葉を失う。

「何だ?」

 男は不審に思ったのか、私の顔をうかがった後、視線の先へと自らも顔を向ける。

 男のすぐ足下だ。

「リシェル!?」

 男は大声でそう叫び、しゃがみ込んでそこに倒れていた少女を助け起こした。


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