檻の外で1
不意に林がとぎれ、ひらけた所に出た。
十メートル四方位の広さで、中心に小さな社が一つ、ポツンと建っている。そういえば、学校の裏側には小さな神社があると聞いた事があったような。
息も荒く、一息つこうと私はその社の前の階段に腰を下ろす。
走ってきた方向を振り返るが、どうやら誰も追ってきていない様子。
改めて考えてみると、今日は朝からずっと走りっぱなしだ。
「さてと。どうしようかな」
何とか息も整ってきた。そこで、これからどうするのかを私は思案し始める。
フォルスの、クシイの言葉が私は気になっていた。
アミが言った通り、どうしてあいつが私の、そしてエンの事を知っていたのか。もしかしたら、エンが巻き込まれたことには何か裏があるのではないか。そう思えてならない。
もし、あのまま車で送り返されてしまっていたら、私はこれ以上何もできずに、事件が解決するのを待っているしかなかっただろう。
私にはそれは耐えられなかったならなかった。ただエンの事を心配して、精神をすり減らしながら待っているだけだなんて。
だから隙を見て逃げ出した。結果、何の成果も得られなかったとしても、何もしてないよりはましだ。
「とは言ったものの……」
私は校舎があるであろう方角を振り返る。丁度社の後ろ側で、社の後ろの木々の間に、屋上がほんの少し見える。
「確かに何か学校の周りに見えるわ。薄い膜のような…。強度は直接触ってみないとわからないけど。でも、これもアルドを使った能力なら…」
今度は視覚を強め、普通は見えないであろう『ズスフィールド』とやらを凝視して、私はそう呟いた。
その時、突然に耳障りな音が周りに響き渡る。
「な、何、これは?」
両手で耳を塞ぐが全く効を成さない。
「キーーーン」というドリルで歯を削る様な不快な音が、まるで直接頭の中に流れ込んで来るかの様に聞こえてくる。
と、社の横手、地面から一メートルほどの所に、黒っぽい、直径一メートル程の円形の何か目に留まる。まるで、空中に真っ暗な横穴が開いた様な感じだ。
「あれは――」
ワーム・ホール――――頭に浮かんだのはその言葉だった。
何かの本で読んだ事がある。この世界はアルドを使った技術によって発展してきたのだが、その過程で唯一失われたアルドを使った高等技術がある。
それが『空間転移』。一瞬にして何百キロも離れた場所へと移動する事が出来る技術。
何故この技術が失われたのか、という事について色々と書かれていた本だったと思うけれども、結論ははっきりと思い出せない。
そこに書いてあった事によると、空中にワーム・ホールという空間と空間とを繋ぐ穴を開け、そこを通り抜けて移動するのが空間転移の方法だったという事だ。
その時、つまり空間に穴をあける時に、頭に響く超高周波を起こす、とも書かれていた。
もし私の予想通りなら、何かがあの穴から現れ出るはず。
私は虚空に浮かぶ暗闇をじっと見つめる。
不快な響きは一層強くなり、不意にその暗闇が揺らいだような気がした。と、穴が一瞬で何かを吐き出す。
どすんっと重いものが地面に落ちる音がして、それを追って私も地面へと視線を落とす。
現れ出たのは人が一人、いや二人だ。しかし、声がない。地面に落ちたときに、何か声を出してもいいものだが…。
私は恐る恐るその二人へと近づいて行く。と、ぴくりっ、と一人が動く。
「くぅ…」
頭を押さえながら立ち上がる。地面に落ちた時にぶつけたのだろうか。
立ち上がってみて、やっとその人物の姿がはっきりと見てとれた。
身長は百八十センチ程。黒いTシャツに黒い革のパンツ。加えてブーツも黒の黒ずくめ。長く伸びた前髪が目を隠しているあたりも、その男の黒というイメージをいっそう強くさせていた。そして、その前髪のおかげで男が何処を見ているのかよく分からない。
私は何か話そうとしたが、それよりも先に男が口を開いた。
「ここは…どこだ?」
ただ一人で呟いたのか、私に話しかけたのか。おそらく前者だろう。男はまだ私の存在には気がついていない様子だからだ。
「あのぉ~」
私はこれまた恐る恐る口を開いた。
男は瞬時に反応し、私の方に体を向けて身構える。そこには全く隙がなく、とても近寄れる様な雰囲気ではない。
「あ、そ、そんなに警戒しないで下さい、私は――」
慌てて私は手を振り、そして目を落とした先にあるものを見て言葉を失う。
「何だ?」
男は不審に思ったのか、私の顔をうかがった後、視線の先へと自らも顔を向ける。
男のすぐ足下だ。
「リシェル!?」
男は大声でそう叫び、しゃがみ込んでそこに倒れていた少女を助け起こした。




