焦燥感と来訪者4
「やばっ!」
アミはそう声をあげ立ち上がろうとしたが間に合わない。
あっという間に、アミも私もそのがっしりとした体付きの警官に腕を掴まれて取り押さえられてしまう。
「クシイさん、この学校の生徒らしき二人が隠れているのを見つけました!」
その場にいた全員が私達の方へと視線を向ける。もちろんフォルスの二人もだ。
アミを見ると少し顔をしかめ、
「お前、そんな所に隠れて見ていたのか!」
一方がそう言って近づいてくる。
二十代後半位だろうか。先程、会話の内容を盗み聞きした方だ。
目の前まで来るとじろりと睨み付け、
「一般人には関係ない所だ、さっさと帰れ!」
私はその言葉にカチンとくる。腕を押さえられたまま睨み返し、
「関係ない、ですって?」
「んっ、何か言ったか?」
覗き込むようにして顔を近づけてくる白いコートの男。
その鼻っ面に噛みつくような勢いで私は言葉を吐き出す。
「関係ない訳ないじゃない、だってここは私達の学校よ! それにエンだって巻き込まれているんでしょう!?」
目の前の男は面食らって後ろに仰け反る。
「エン?」
いつの間に近づいてきたのだろうか。もう一方のフォルスの男がすぐ横に立っていた。
口髭をたくわえた、四十代半ば位だろうか。サングラスを外すと、無表情に鋭い視線だけを私へと向ける。
「クシイさん、あなたの手を煩わせる程の事ではありません。私に任せて下さい」
若い方の男は私達に対する態度と打って変わって礼儀正しくそう言った。
「ファイ、黙っていろ」
口ひげの男は静かにそう言った。だが、それにはかなりの迫力があり、若い男はびくっとして、
「は、はい」
大人しく一歩後ろに下がる。
代わりに口髭の男が前に出る。
「名前は?」
男は私だけに対して言っているようで、アミの方には少しも視線を向ける様子はない。
「他人に名前を聞く場合は、まず自分の方から名乗るべきじゃない?」
怒りの収まらないままの私は、強い口調でそう返した。
「なるほど、その通りだな。私はクシイ。ある組織の隊員の一人だ」
男は相変わらず無表情。
「フォルスとかいうやつでしょ。そこに書いてあるじゃない、はっきりと」
そう言ったが、男は肯定もしなければ否定もしない。
「で、君の名前は?」
淡々と話を進めるクシイ。
「ミズホ! ミズホ=イスルギよ!」
私はその態度にムッとして怒鳴り返す。
けれども、クシイは私の態度など全く気にしていない様子で、
「なるほど、君がミズホ君か。報告にあった通りだな。ということは、さっき言っていたのはやはりエン=スガムラの事か」
一人、納得したように呟く。
「ちょっと! どうしてあんたがそんなこと知ってんのよ! 報告って何よ!?」
そう言ったのはアミ。今まで自分を無視して話していたクシイに対し、ここぞとばかりに大声で言い放った。
「何だ、君は?」
今気が付いたという様にクシイはアミの方を振り向く。
「あんたねぇ――」
怒りもあらわにアミが何かを口にしようとしたが、
「おい、そいつらを家に送り返しとけ」
もう聞くことは何もないというのか、クシイは私達を抑えている警官にそう命令し、サングラスをし直すと後ろを向いて歩いて行ってしまおうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
アミが呼び止めるが完全に無視。
「ほら、こっちに来い!」
クシイの命令に従って警官は車へと私達を連れていこうとするが、流石に手荒な真似はできないようだ。
私は黙ったまま、アミはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて抵抗する。それでも車のドアの前まで引きずられて行くと、
「分かったわよ、乗るわよ!」
と、逃げられないと観念したのか、アミは抵抗をやめ、ドアの開けられた車の後部座席へと渋々乗り込む。
そこで警官の手が一瞬緩んだのを、私は見逃さなかった。
手のかかるアミの事が何とか解決し安心したのか、全く暴れなかった私の事を忘れていたのか。とにかく私は警官の手を払い退け、全速力で林の中へと駆け込んだ。
背後で警官が何やら叫んでいた様だったが、そんな事を気にとめている余裕などない。
木々の間を縫うようにして、学校の敷地外を校門の裏手側に向かって走り続けた。




