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タイムシェイパーFOLS  作者: 時野 京里
第一楽章 μ
31/113

焦燥感と来訪者1

三日目


 目を覚まし、窓外を見ると黒雲が空を覆い隠している。今にも雨が降り出しそうな雰囲気で、まるで私の心の内を表しているようだ。

 ベッドの脇に置いてある時計へとゆっくりと視線を落とす。いつもと同じ時間を指している時計の針。

 どんなに気持ちが沈んでいたとしても、相も変わらぬこの習慣。エンの家に行くために、少し早めの時間に目が覚めてしまうのだ。

 エンに会いたくない。

 昨日、あんな別れ方をしてしまって。しかもその後、エンはシータの家に行った。一体何の用だったのか…気になる。そうして、考えれば考えるほど、考えは悪い方に進んでいく…。

 会いたく……ない。

「はぁーーっ」

 大きく一つ溜め息をつく。

 目が覚めてしまったんだからしょうがない。

 ベッドから起き上がると洗面所へと向かう。

 ちなみに、朝食はいつも私が自分で作る。まあお弁当も自分で作ってる訳だから、当然といえばそうなのかもしれないが。

 両親はというと、私が家を出る頃になって起きてきて、私の用意した朝食を食べるのだ。別に親が料理下手という訳ではないのだが、私がお弁当を作る様になってから、いつの間にかそういう習慣になってしまった。

 まあそんな事は置いといて、今日も普段と五分と違わずに家を出る私。

「何だかなあ」

 思わずそう呟いてしまう。嫌だ嫌だと思っていても、何故か足がエンの家へと向かってしまうのだ。引き返すのも何だか悔しい気がして、どんどん進んで行く。

「おはようございます」

 いつも通り玄関に入ると大きな声で挨拶をする。

「あら、ミズホちゃん。おはよう」

 やっぱり顔を出すのはエンのお母さん。

「わざわざ来てくれてごめんねぇ。それでね、今日もいないのよ、エン」

「えっ、今日も、ですか?」

 今日も、と言ったが私は忘れていた。昨日、エンが朝いなかったことを。おばさまの言葉を聞いて思いだしたのだ。色々な事があって、そんな事はすっかり記憶から抜け落ちていた。

「そうなのよ。本当に何かあったんじゃないの? ミズホちゃん昨日にもまして落ち込んでない?」

 私の顔を覗き込むようにして、おばさまはそう言った。私はぶんぶんと手を振ると、

「そんなことないですよ、本当に。私は元気ですよ」

「そう? ならいいんだけど」

「それじゃあ私、そろそろ行きますんで」

 ペコリと頭を下げる。

「行ってらっしゃい」

 そう言っておばさまは明るい笑顔を浮かべ、私を送り出した。


 外に出てしばらく歩くと、ポツポツと雨が降り出してきた。私は青い、お気に入りの傘を開く。

「あーあ、降ってきちゃったな」

 一段と暗くなってきた曇り空を見上げ一人呟く。

 すると、遠くからサイレンの音が近づいてくる。音は背後からしてくる様だ。

 どんどんと大きくなってくるサイレンの音。そして白と黒とで塗装された一台の車が、けたたましく鳴り響くサイレンと共に私を追い越していく。

「ん? 何があったんだろう?」

 そう呟いた直後、ぞっとした感覚が背筋を駆け抜ける。

「何? 今の嫌な感覚…。何か悪いことでも  」

 と、そこで私は、ある事実に気付きはっとする。

 小さくなっていったサイレンの音がどっちの方向に行ったのか。そう、それは紛れもなく私が目指している方向。高台の上へと消えていったのだ。

「もしかしてエンに何か――!」

 そう思い立つと、私はいてもたってもいられなくなり、傘を放り出すと全速力で走り出す。

 続いてまたどこからかサイレンの音が。今度の音は一つではない。いくつもの音が重なり合い、静かだった街を騒然とした空気が包み込み始める。

 いよいよ私の胸中の嫌な感じも高まってきて、普段なら絶対に途中で力尽きてしまう登り坂を、休みも取らずに一気に駆け上がる。

 

 何台もの車に追い越されながらも必死に走り続け、やっとの事で学校の前に来た時には、私はぜいぜいと肩で息をしていた。

 汗と小雨とで濡れた前髪が鬱陶しい。髪をかき上げながら顔を上げ、辺りの様子を確認する。

 何台もの車が、門の周囲に押し寄せるようにして止まっている。

 警官の制服を着た人達が所狭しと駆け回っていて、まるで何処かの事件現場の様に物々しい雰囲気。いや、恐らくそうなのだろう。

 もう少し顔を上げてみると、校舎三階の教室から、もくもくとどす黒い煙が空に向かって昇っていっているのが目に入る。

 空は黒い雲が覆ったままではあるが、先程降っていた小雨は止んでいる。

「ミズホ!」

 と、突然どこからともなく名前を呼ばれる。

 どこから声がしたのか見回すが、声の主らしき人物は見つからない。気のせいか、と思ったその時、ぐいっと腕を引かれる。

「アミ!」

「しっ!」

 アミは指を口の前に立て、私の言葉を遮る。

「こっちに来て」

 小さく囁くアミ。そのまま腕を引かれ、私達は近くの植え込みの陰に入っていった。


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