アイ2
今回もそうだったが、大抵は料理は私の担当となる。となると、後片付けは必然的にカズヤの仕事だ。今もカズヤがカチャカチャと食器を洗っている音が聞こえてくる。
私はヒマな時、特にここ最近は本やら雑誌やらを読んでいる。時間がある時は仕事柄、街に出て情報を集めたりもする。けれども、仕事を受ける判断をするカズヤが最近全く仕事を受けてこないので、情報を集めても全く役に立つ場面がない。そろそろ私が仕事を探してこなくちゃ、とは思うが……。
確かに今はお金には困ってないけれども、だらけていたらいざという時にどうしようもなくなってしまうだろう。
「はぁーー」
知らず知らずのうちに私は大きくため息をついていた。ふと我に返ると、
「アイ、片付け終わったからちょっと出かけてくる」
カズヤの声が玄関の方から聞こえてくる。
「えっ、あっ、ちょっと待ってカズヤ!」
私は慌ててソファーから立ち上がる。
が、「バタンッ」と扉が閉まる音と共に「プルルルルッ」と電話の音が響く。
「え、はいはい今出まーす」
応えても無意味と分かってはいるが、ついつい言ってしまう。電話に話し掛ける癖は私だけでは無いと信じたい。
「ハイ、K.A.D.何でも事務所です」
私はいつも通りの対応をする。
「おお、アイか。久しぶりじゃのう」
電話を通してのその声は聞き覚えのあるものだった。
「Dr.ヤエノ…ですか?」
私は少し自信なく尋ねる。機械越しの声はなかなか肉声と一致しないからだ。
「そうじゃ。一ヶ月ぶりくらいかのう。アイツの腕、ちゃんとしとるか?」
Dr.ヤエノは、元々カズヤの親の知り合いで、街の外れに住んでいる自称大発明家の六十歳位のおじいさんである。街の近くの「前文明の遺跡」とやらに出かけて、いろいろなものを拾ってきてはいじっている。はっきり言ってただの変わり者にしか見えない。
けれども、医者としての腕は一流で、カズヤの腕を治したのは彼である。といっても、その義手として使った「アーム」は遺跡から拾ってきたという怪しい物なのだが。
「は、ハイ。今のところは何もないと思います。以前と全く変わらない様子で毎日過ごしてますよ。ところで今日は何の用ですか?」
「と、そうじゃったな。今、忙しいか?」
「それが、この前の仕事で大金が手に入ったおかげでカズヤが最近全然働かなくなっちゃって……」
私はまたため息をつきたくなる。
「そうかそうか。そりゃあよかった。ちょいと仕事を頼みたいんだがのお。アイツを引っぱって来てもらえんかのお?」
Dr.は少ししゃがれた声でゆっくりとそう言った。私は、これはいい機会だ、と元気よく承諾の返事をする。すると電話から嬉しそうな声が返ってくる。
「そうかそうか。それなら今すぐ来てくれ。研究所の方にワシはいるからのお」
「わかりました。それじゃあ後程」
私は受話器を元に戻す。
「さってと。カズヤを捜さないと。またボケーッとしてるんだと思うけど」
私は一人そうごちると、部屋の戸締まりをして外へ出た。
まずは屋上。流石にもう居ないようだ。一通り見回したが人影はない。
「ったく、どこ行ったのよ」
そう言いながらも、もう一つ心当たりがあった。
最近のカズヤはこの屋上にいるか、近くの公園にいるのかのどっちかだ。
私は階段へと向かい、早足で駆け下りる。
「やっぱりここに居た」
私はすぐに草の上で寝転がっているカズヤを見つける。
「……か」
近付くとカズヤの呟き声が聞こえてくる。
「何言ってんの?」
私は、ばっとカズヤの前に顔を出す。
カズヤは驚き、
「うわあっ」
とマヌケな声を出して立ち上がる。
「ほんっと、何ボケッとしてんのよ。仕事よ!」
私は笑いを堪えつつ、凄みを効かせてそう怒鳴る。
「な、なんだよ、何で仕事なんか取ってくんだよ。今は金に困ってないだろ?」
カズヤはうろたえつつもそう言い返す。
「何言ってんの! そういう問題じゃないでしょう! まあカズヤの目的の仇討ちは終わったでしょうがねえ…」
そこでカズヤの顔が一瞬曇ったように見えたが、すぐにいつもの顔に戻って、
「ハーイ、ハイ。わかりましたよ。行きゃあいいんでしょう、行きゃあ」
軽口をたたくカズヤ。
その様子が、何故か私には引っかかる。やっぱり何かあったのだろうか。そう、あの時、カズヤがヤツと決着をつけた…。
そう、確かあの時は――