乙女心と春の空2
いつの間にか昼休みになっていた。
今日は一日中憂鬱な気分のままなのだろうか。
朝からずっと頭から離れない。エンに直接、本当のところを聞くんだって。
それなのに、何故かエンは休み時間になる度にすぐに教室を出て行って、次のチャイムとほとんど同時に戻ってくる。何だか行動が変だ。
これもコバヤシさんと関係があるのかも、とバカな事を最初の内は考えていたけれども、当の本人は相も変わらず休み時間の度に男子達に囲まれているので、その可能性は薄い、と思う。
じゃあエンはどこに行って何をしているんだろう、という疑問が湧いてくる。
そんな訳で、見つかりもしないその答えをずっと考え続けていた私は、昼食を食べるのも忘れて自分の席に座っていた。
すると、そこに、
「イスルギさん、ちょっといいですか?」
不意にかけられたその言葉に、私は慌てて顔を上げる。そこには思いも寄らなかった人物が立っていて、私は一瞬言葉を失った。
「あの、イスルギさん?」
吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳が不審気に歪められる。
私は我に返ると、
「あ、えっと、な、何? コバヤシさん」
私の顔を覗き込むようにして立っていたのは、言わずと知れた美人転校生。傍まで来ていた事に全く気が付かなかった。
「お昼、まだですよね?」
一瞬その言葉の意味を掴みかねる。まぁ、昼食を食べるのを忘れていたのだからしょうがない。
「あ、昼食ね。うん、まだ、まだだけど?」
「あの、私はお弁当なんですけど、イスルギさんは…」
可愛い、いかにも守ってあげたくなるような感じの声。この声も男子の人気の一因なのだろうか。そういえば、この人はどうやってあの囲いを抜けてきたんだろう?
「私もお弁当よ」
内心での動揺を抑え、何とか普通に言葉を返す。
「それなら一緒に食べません?」
突然のお誘いに、私はどんな顔をしたのだろうか、
「あっ、でも嫌ならいいんですよ」
すぐにコバヤシさんはそう付け加えた。
と、そこで私はある事に気がついた。それは、未だに彼女が他の女子と話している所を見ていないという事だ。
休み時間の度に男子達は集まって来るが、そのお陰で逆に、女子とは話すどころか嫌われているのではないだろうか。
彼女は一人でこの学校に転校してきて、友達もできずに心細いんじゃないだろうか。
その考えにいきあたると、エンの事だけで彼女を邪険に扱う様な事をしていいのだろうか、と思えてくる。
別に良い子ぶろうって訳じゃない。ただ、もし私が彼女の立場だったなら…。
「いいよ、誰かと食べる約束をしてるわけじゃないし」
私はそう言ってにっこりと微笑みかける。
すると、コバヤシさんはホッとしたような表情を浮かべ、
「それなら屋上に行きませんか? 今日は昨日みたいに天気が良いし、気持ちが良いと思いますよ」
その言葉に、私はドキッとする。
何だか暗に昨日のことを含んだ様な言い方のような気がした。彼女は実は、昨日二人が屋上にいる所を私が見ていた事を知っているのではないだろうか。
そんな考えが頭をかすめるが、何を焦る必要があるのだろうか。別に悪い事をしたわけじゃない。いや、まあ、勝手に東棟の屋上には出たが…。
「そ、そうね。行きましょう」
私は少しぎこちなくそう言うと、弁当を取り出して席を立ち上がった。
屋上に出るとコバヤシさんの言葉通り、昨日と同じ様に暖かな日差しと心地よい風が出迎えてくれる。暑くもなく寒くもなく、一番過ごしやすい天気だ。
私達が来たのは、もちろん西棟の屋上だ。
こちらは向こうと違って生徒が自由に出入り出来る事から、いくつかのベンチが置かれてくつろげる様になっている。昨日と違い、私達の他にも数人、昼食をとったり休んだりしている人達がいるが、知っている顔は特にないようだ。
空いているベンチを見つけると、私達はそこに並んで腰を下ろす。
「あの、イスルギさん。美味しそうなお弁当ですね」
「え、あ、そ、そう?」
弁当の蓋を開けたところ、不意にかけられたその言葉に私はちょっと照れてしまう。
何故かというと、私のお弁当は自分で作ったものだからだ。何だかコバヤシさんのような綺麗な人に褒められると恐縮してしまう。
「ありがと。自分で作ったんだ、これ」
私がそう言うと、コバヤシさんはにっこりと微笑み、
「そうなんですか? 私、料理とか出来ないから尊敬しちゃいます」
思わずドキッとする。なんて可愛い笑顔。言葉が出てこない。
女の私でさえこうなのだから、男子が見たとしたら一瞬で虜になってしまうだろうな。
「あはははは、そうなんだ」
私はマヌケな笑い声を上げ、赤くなっているだろう顔を誤魔化そうとする。
「そ、そうだ、コバヤシさん。気になってたんだけどさあー」
「ハイ?」
「私達、同い年じゃない? 敬語で喋らなくてさ、普通に話さない?」
私の指摘に、
「そ、そうですか、じゃなくて…そうだね。うん、そうします…そうするね」
何故かぎこちない。
「それで私の事はミズホでいいから」
「じゃあ私もシータって呼んでくだ…呼んでね」
「分かった。じゃ、シータ、何で私をお昼に誘ったの?」
打ち解けてきた所で気になっていたことを聞いてみる。
「えっ、やっぱり迷惑だった――」
「いや、そういうんじゃなくて、ただ単に、どうして私なのかなって思っただけだから」
私はシータの反応に、慌てて両手を振って言葉を付け加える。
「あ、そう…なんだ。ごめん…何か大きな声出し…ちゃって」
何だか無理して話している感じだ。といっても、感情を堪えているとかいうんじゃなくて、敬語を使わない様にしているためだろう。
「私、前の学校であまり、というか、全然友達がいなくて」
シータはうつむきがちに静かな声で話し出す。
「今、見てて分かると思うんだけど、男子が何故か私の周りには集まって来るん…だ」
自分の容姿のせいに決まってるじゃん、と心の中でつっこむ私。流石に声には出さないが。
「そのせいなのか、女子からは嫌われてしまってたみたいなん…だ」
私は何とも言えず、口の端を引きつらせてあらぬ方向に視線を踊らせる。
確かにあれだけ男子の注目を集めちゃあ、そういう結果になりかねないだろう。
「男子はちょっと苦手で…さっきは何とか抜け出したんだけれども、それで丁度イス…じゃなくて、ミズホが一人でいるのが目に入ったから」




