乙女心と春の空1
二日目
本日の目覚めは最悪。ほとんど眠る事が出来なかった。
これというのも全てエンのせいだ。
昨日の屋上での事が忘れられない。何をしていてもそのことが頭の中に浮かんでくる。気になって気になって……胸の中にもやもやとしたものが溜まってくる。
空は真っ青に澄みわたり、暖かな朝の日差しが降り注いでくる。
けれども、私にはとてもすがすがしいなどとは思えない。
二人は何を話してたんだろう。あの後、また会ったりはしなかったんだろうか…。
「何か、らしくないな」
普段と変わらずにエンの家へと向かう道すがら、私は大きく溜め息をつく。
「とりあえず、エンに会ったらそれとなく聞いてみて…」
一瞬、頭にとある考えがよぎる。
「そんなはず、ないよね…」
悪い方向へばかり行く考えを何とか押し止め、そう呟く。
と、いつの間にかエンの家の前に着いていた。危うく通り過ぎてしまうところだった。
「おはようございます」
ドアを開けて普段通りに挨拶をした…つもりだった。
「どうしたのミズホちゃん? 元気ないわね」
出てきたおばさまは、私の顔も見ない内にそう言った。
「そ、そうですか? 少し寝不足だからかな?」
私は慌ててそう答える。
「そうかしら。もしかしてエンと何かあった?」
ドキッとする。どうしてこうおばさまは鋭いのだろう。
「ハ、ハハハ。そんな事ありませんってば」
自分で言っていて声が上擦っているのが分かった。絶対に怪しいと思われただろう。
「それならいいんだけどねえ…」
「えーっと、それでエンは?」
私はやっと話を逸らすことに成功する。
「そう、それがね、居ないのよ」
「えっ?」
私はおばさまの言ったことを理解しかねて聞き返す。
「起こしに部屋に行ったんだけど、ベッドはもぬけの殻で制服もなかったし、もしかしたら朝早く学校に行ったんじゃないかって思ってねぇ。そこにミズホちゃんが元気のない様子で入ってくるから、何かあったのかなあって」
「そうですか…」
私の口から出た言葉はそれだけだった。
もしかしたらコバヤシさんと――
「ごめんねぇ、わざわざ来てもらったのに」
おばさまの声が、妄想の世界へと旅立とうとしていた私を現実へと引き戻す。
「いえ、別に、そんな。…っと、それじゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
おばさまの暖かい笑顔を背に、私は逃げる様にエンの家を後にする。
「一体どういう事なの、昨日から…」
とぼとぼと歩きながら呟く。
いつもなら走らなければいけないところだが、今日はエンを待つ必要がなかったので時間には余裕がある。
胸の中のもやもや感はさっきよりも重くなり、今もどんどんと増えている。
嫉妬――不意にその言葉が頭の中に浮かび上がってくる。
そうだ、私はコバヤシさんに嫉妬しているんだ。今までエンは、女の子には親しい人とかいなくて、好きな人なんていないんだろうって勝手に想像して一人で安心していた。
そして、今の関係に甘んじていた。けれどもそれじゃあいけないんだ。いつまでたってもエンとの中は進展しない…。
そんな中に現れたコバヤシさん。エンの方から初めて積極的に関わっていった女の子。
……エンの事が好きだ。幼馴染としてではなく、一人の男の子として。この気持ちはずっと変わらない……だから――
普段よりも数分早く私は教室に着いた。
教室のドアを開けると、普段と変わらない騒々しい空気に包まれる。何だか今の私には場違いなような、そんな気さえしてくる雰囲気だ。
「おはよう、ミズホ!」
「はよっ!」
真っ先に私へと向かってきたのはレイナとマコト。
「おはよう」
私は普段と変わらないように挨拶をした。けれども、ここでもまた、
「どうしたミズホ、何だか元気ないぞ?」
レイナが反応する。
「何でもないって」
そう言ったが二人は聞いていない様子で、ニヤニヤしながら、
「彼のせいでしょ?」
と、マコト。
その視線の先には友達と楽しそうに話しているエンの姿が。
人の気も知らないで――
「ち、違うってば!」
強く否定するが全く気にも止めない様子。
「いいのかな? 何か今日、コバヤシさんと一緒に教室に入って来たわよ」
とマコト。私は反射的にマコトの方へと顔を向ける。
「やっぱり気になるんじゃん」
レイのその言葉に、私は顔が熱くなるのを感じる。
「まあ、私達がどうこう言ったところでどうにかなるわけじゃないけどねぇ」
と、そこにまた別の声が。
「ちょっと二人共、ミズホをからかうのはやめなよ。この子、その手の話に関しては本っ当に奥手なんだから」
振り返るとそこにはショートカットの少女、アミがいた。
「おはよう!」
私の顔を見ると、アミは元気良く明るい声で挨拶する。
「お、おはよう…って私が奥手って――」
「それもそうだね」
「うんうん、ミズホにゃ難しい話だねぇ」
私の言葉を遮って、レイとマコトがアミの言葉に応える。
「三人とも!」
私は怒気を含んだ声でそう言ったが全く効を成さない。
と、そこで丁度ガラッと扉が開き、先生が入ってくる。
やっと解放された私は、落ち着かない心持ちで自分の席に腰を下ろした。




