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タイムシェイパーFOLS  作者: 時野 京里
第一楽章 μ
24/113

幼馴染と転校生2

「ど、どうかしました?」

 突然黙り込んでしまったエンに、少女は自分に何か変な所があるのかと思ったらしく体を見回して頬を赤らめる。その顔がまた可愛らしい。

 今度はエンの方が顔を赤くする番であった。

「あ、ごめん。見とれ――じゃなくて、えっと……」

 エンは慌てふためき訳が分からないことを口走る。

「と、とりあえず、掴まって」

 何とかそう口にすると少女の手を引き上げていく。

 少女もそれに逆らわず、ゆっくりと立ち上がった。

「ありがとうございます」

 そう言って少女が頭を下げると、何か手帳のような物が落ちる。

 エンはすかさず手を伸ばしてそれを拾う。

 その一瞬、少女の顔が引きつったように見えたが、エンが顔を上げた時にはもう既にその表情は消えていた。

「すっ、すみません。あの、私、急いでるんで!」

 少女はさっきまでとは打って変わって、すごく慌てている様子で奪う様にして手帳を受け取る。そして、すぐに背中を向けると、坂の上へと走って行ってしまう。

 結局、私は口を挟む事が出来ずにずっと黙ったままでいた。

 エンはというと走り去って行く少女の背中をじっと見つめている。

 と、そこで私は自分達の置かれている状況を思い出す。

「ちょっと、何ぼけっと突っ立ってるの!? 遅刻するわよ!」

 未だに離れていく背中を見つめているエンを怒鳴り付け、走り出す。

「あ、そうだよ!」

 エンもそのことをすっかり忘れてしまっていたようで、間の抜けた声でそう言うと私に続いて走り出す。

「まったく、遅刻したらあんたのせいだからね!」

 私は息切れ切れにそう叫んだ。


「キーン、カーン、カーン、コーン」

 私達が学校の門をくぐると同時に鐘の音が鳴り始める。

 ここまで坂を走り続けてきたので、流石に運動神経抜群の私でも肩で息をするほどだ。

 隣のエンも疲れ果てているだろうと横を見ると、意外にも何もなかったかのようにスタスタと歩いて行くエンの姿が。

「あんた…つ、疲れて…ない…の?」

 とぎれとぎれに何とか声を出す。けれども聞こえていないのか、エンはそのまま歩いて行く。

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」

 走ってエンの横に並ぶ。

「何、無視してんのよ!」

「ミズホが言ったんだろ、学校じゃあまり話しかけるなって」

 エンは無愛想にそう答えるとそのまま歩いて行ってしまう。

 以前、男子達にエンとの関係をからかわれた時に、咄嗟に言った言葉を思い出す。その時は何も言っていなかったが、気にしていたようだ。まずかったかなぁ……。

 と、私もこんな場所に突っ立っている場合じゃなかった。

 鐘の余韻が残る中、教室に向かって走り出す。

 私のクラスは二年二組。玄関を入ってすぐの東棟二階に位置する。クラス発表は事前に行われているので、自分の名前を朝から探さなければいけない、という事態にはならないので、そのまま階段へと向かう。

 ちなみにエンも同じクラスである。

 私は階段を駆け上り、教室へと入る。

「おっはよー!」

 戸を開くと同時に元気良くあいさつ。

「あっミズホ、おはよう」

 ちょうど近くにいたショートカットの少女が振り返る。

 彼女の名前はアミ=スズノ。私の親友であり、昨年はクラス委員長もやっていたしっかり者である。

「アミ、久しぶり。元気にしてた?」

 幸い先生はまだ来ていない様で、みんな思い思いの事をしている。

「うん。旅行、すごく楽しかった」

 アミは春休みの間、外国に家族で旅行に行っていたのだ。帰ってきたのは昨日の夜で、会ったのは一週間振り位だ。

「そっかー、いいねえ海外旅行なんて。私の家なんかお金が無いからとてもじゃないけど行けないよ」

「そう? でも、ミズホはどうせ休みの間中バイトしてたんでしょ?」

 アミはそう言って何が可笑しいのかクスクスッと笑った。

「そ、そうだけど、何よ。その笑いは?」

 私が不審に思ってそう口にすると、

「ううん、何でもない。ただ、エン君と少しは進展あったのかなーって思って」

 とアミ。

「な、何言ってるのよ!」

「よーし席に着け!」

 思わず叫んでしまった私の声と、丁度入ってきた先生の声が上手い具合に重なった。

「何だイスルギ?」

 入ってきた先生は鋭い視線をギロリと向ける。

「な、何でもありません」

 私は苦笑いを浮かべると一目散に自分の席に着く。同時にクスクスと笑い声がクラス内に湧き起こる。

 何で新学期早々、こんな目に遭わなきゃいけないのか…。私はトホホと溜め息を一つつくと、教室の中を一通り見回した。昨年から知っている顔が多いが、中には覚えの無い顔もいる。

 エンはというと真ん中の列の一番後ろだ。

 ふと玄関でのエンとのやり取りを思い出し溜め息をつく。

 一番廊下側にある私の席からは、窓の外の青空に浮かぶ白い雲が、何だか遥か遠くかけ離れた存在のように感じられた――



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