ブラッド5
私は静かにそこに立っていた。
周りには幾つも同じ様な形の建物が連なって建っている。あたりは薄暗く、一定間隔にある街灯の光だけがこの人工の森を僅かに照らす。
私は黒いコートに身を包み、その闇へと溶け込んでいた。コンクリートの地面は昼間の太陽の熱を既に失っていて、寒々とした潮の香のする風が吹きつけてくる。
それもそのはず、ここは港の倉庫街なのだから。
「静かなものだな」
私は神経を集中させながらそう呟いた。
「しかし、耳障りな音が遠くから近づいてくるな」
車のエンジン音。始めは微かだったその音は少しずつ大きくなっていき、最後には数十メートルの距離にまで近づく。
「バタンッ」「バタンッ」と車のドアが閉まる音が二つ。他に大きな音はしないため、はっきりと聞き取れた。
「二人、か」
私の読みが正しければ、それはあいつとその相方の女、もしくはあのセト邸の使用人の男。
二つの足音が近づいてきて、姿を現したのは見覚えのある二人の男。
「ガルデルム!?」
前の男が驚きの読みとれる声を出した。
私はニヤリと口元が上がるのを感じながら、
「お前なら来ると思っていたよ、カズヤ」
と、静かに口にした。
「どういうことだ? お前は死んだはず――」
「どういうことだ、とは? お前はフェンルルの話を聞いてここに来たはずだ。オレの名前を口に出したらしいからな。そう、お前の予想通りあいつとオレは同じ組織の人間だ。ということはだ。オレもあいつのような能力を持っていてもおかしくないだろう?」
私はカズヤの言葉を遮ってそう言った。
カズヤは一瞬渋い表情になったが、キッと私を睨みつけると、
「ちっ、そういうことか。だが、この場合は幸運だったと言えるかな」
カズヤはそこで一呼吸空けるが、そのまま話し続ける。
「ミルトはどうなったんだ? まさか、殺すために連れ去ったわけではないのだろう? 金目当てでもないようだしな」
私はフンッと鼻で笑い、それに答える。
「流石、だな。まあ、それ位分かっていてもらわないとこちらもどう話せばいいのか分からないが…。さっきも言った通り、我々の組織は能力者の集団だ。だから、我々は能力を有する者を集めている。つまりだ。あのお嬢さんも能力者だ、ということだ」
と、今までずっと黙っていた男が口を開く。
「そんなばかな! ミルト様にそんな力があるはずがない!」
「と言われてもね。能力を持っていても、自分では使いこなせない者もいるんだよ。カズヤ、お前の妹もその一人というわけだ」
私はわざとカズヤを挑発するようにそう言った。が、
「なるほどね。それで妹はまだ生きているって事なんだな」
返ってきたのは冷静なセリフ。
私は虚をつかれ、一瞬呆然となる。今までのカズヤならここで怒りの感情を顕わにするはずなのだが。
「妹の事は、今はいいんだ。生きているっていう事が分かっていれば、どうとでもなるんだからな。だから、今はアイの方が重要だ」
アイ。その名には聞き覚えがある。確か――
「アイというのは俺のパートナーのことだ」
カズヤは私の心を読んだかの如くそう言った。
「ほう、それがどうしたと?」
私はこのカズヤの言動に深く興味を持った。本能的に悟ったのだ、アルド関係の話だと。
「この『アーム』のことは知っているな?」
カズヤはそう言って左腕を前に出す。
「ああ。そいつは潜在的な能力を引き出す物なんだろう。という事は、お前ら兄妹ともに能力者だったという事だな」
私は淡々とそう口にする。
「なるほどね。そういう事、か」
カズヤはそこで一度言葉を切ると、腕を見つめたまま少し考え込む。
私がそのまま黙って待っていると、
「このアームは前文明の遺産って奴なんだ」
カズヤは腕を下ろし、そう続けた。
「前文明? ほう、それは実に興味深い」
分かってはいたが、今初めて知ったかのようにそう答える。より、情報が引き出せる様に。
「昼間、郊外の遺跡に行ってきた。そこである装置を見つけた」
「ある装置?」
「そう。何の装置かはオレには分からない。だが、このアームに反応した。このアームでその装置を触った瞬間、装置の近くにいたアイがいきなり青白い光に包まれて、消え去ってしまった」
カズヤは再び左腕、「アーム」を目の前に出し、それを見つめたまま、声を絞り出すようにしてそう言った。
「つまりだ。お前はそのアームについて、そしてその能力について知りたい訳だ」
私はカズヤの真意を理解すると同時に、湧き起こってくる戦いへの衝動を感じていた。そして、それを解決するには――
「クックックッ、良いだろう。教えてやろう。ただし、オレに勝つことが出来たらな!」
私は、すぐさま右手を掲げる。
カズヤも完全には油断していなかった様で、一瞬で後ろに飛び退く。
ついに戦える――どれほどこの日を待ちわびたものか。
私は一呼吸おくと、高まる鼓動を感じながら最初の一撃を放った。




