ブラッド3
一週間が過ぎた。
私の体はもう以前とほとんど変わらない程に回復していた。
リシェルはその後も私の所に来ては、あまり無理はするな、と五月蝿かったが、今はもう言ってこなくなった。
代わりに今は、トレーニングルームの外から私の様子を眺めている。そろそろ夕食の時間なので、それで呼びに来たのだろう。
私も腹が減ってきていたので、トレーニングをやめ、部屋を出ることにする。
「どうしたんだリシェル?」
私がトレーニングを終えたと見るやすぐに、リシェルは走り寄ってきた。
一応そう尋ねてみると、
「一緒に夕御飯食べようと思って。いいでしょ?」
「ああ、かまわない」
内心、やっぱりな、と思いながらそう答える。
「それじゃあ食堂へレッツゴー!」
リシェルは明るくそう言うと私の腕を引っぱって歩き出した。
そのまま入口のホールまで来た時、
「よう、ガルデルム」
と後ろから声が掛かる。
振り返るとそこにはスラッと背の高い男が立っていた。
「フェンルルか。何だ?」
「何だ、だって? クククッ、相変わらず無愛想な奴だな、一ヶ月ぶりだっていうのに。まあいいが……。フンッ傷はもう治ったようだな。ったく、しぶとい野郎だぜ」
そう言いながらフェンルルはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「何が言いたい? オレはお前の無駄話に付き合っていられるほど暇じゃないんだが」
私と奴、フェンルルはいわゆる「犬猿の仲」というやつだ。奴は私を見ればいつも絡んでくるし、私も奴の事を良くは思っていない。
実力は同クラス。常に周りから比べられる存在、それがフェンルルだ。
「デール、行こう! 早く!」
リシェルは私たちの周囲を包む雰囲気を悟ったのか、私を無理矢理引っぱっていこうとする。
「けっ、ガキを引き連れて、いい身分だねぇ。何も知らずに…」
「何だと?」
私がそう返すと、
「ミルトって女、知ってるよな」
と、フェンルルは問いかけてくる。
確かに知っている。その名は一ヶ月前に私が担当していた能力者のもの。あいつの邪魔が入ったために、確保することが出来なかったが――
「それが?」
私は曖昧に返す。
「そいつの確保の任務がオレに来たって言ったら?」
私は沈黙で返す。
「オレはお前と違って失敗などしない。お前との格の違いを見せつけてやる」
フェンルルはそれだけ言うとくるっと後ろを向き、歩き去っていく。
私はそのまま奴の姿が見えなくなるまで、奴の背中を見つめて黙って立っていた。
と、横からリシェルが私の袖を引っぱってくる。
「デール、いつまでつっ立ってるつもり? 早く行こうよ。私、お腹減っちゃった」
「あ、ああ」
私はそう言ってリシェルの方に向き直る。
リシェルは笑顔を浮かべてはいるが、どこか無理をしているように見える。私に気を使っているのだろう。
そんなリシェルの顔を見ていると、自然と顔が綻んで来る。
「行くぞ」
私はそれがばれないように、進行方向へと慌てて顔を向け歩き出す。
リシェルが付いてくるのを確認すると、先程のフェンルルの言葉を思い出す。
私の任務だったものが奴に移った? どういうことなのだ…。そう簡単にトゥルース様がそんな決定を下すとは思えないのだが……。
これは少し探ってみる必要がありそうだ。
一時間も経たないうちに私はそこに立っていた。
昼食をとり、リシェルと別れた後にその足でここまでやって来たのだ。
「トゥルース様、ブラッドです」
私は目の前の大きなドアをトントンッとノックした後そう言った。
「入れ」
中からはただそれだけが返ってくる。
私はドアを開くと中へと入っていく。私はこの部屋には何度も来たことがあるので慣れているが、初めて来た者は驚くに違いない、この闇に。周りには何も見えない。
ドアを閉めると、廊下から入り込んでいた唯一の光もなくなり、自分の手や足でさえ全く見えなくなる。
目の前に広がるのはただ真の暗闇
「トゥルース様、少しお聞きしたいことがあるのですが…」
私はドアの前から一歩も動かずにそう言った。
「フェンルルのことか?」
闇の中から声が返ってくる。男とも女ともとれる中性的な声色である。
「はい。トゥルース様がそう簡単に、一度決めた任務の担当を他の者に変える、などという事をするとは思えないのですが」
私は疑問をそのまま口にした。
「テミルドール計画の実行と早めるためだ」
その言葉に私は一瞬言葉を無くす。
「――テ、テミルドールを!?」
「そうだ。そのためには、一人でも多くの能力者が必要だ。たとえそれが『共』有者であったとしてもだ。一刻も早く能力者を手に入れるために、フェンルルに任務を移し、加えて能力使用の許可も出した」
「能力使用許可も!?」
私はまたもや驚く。本来それは、組織内で禁忌中の禁忌なのだ。
「そうだ。全ての者に許可を出した。今見つかっている全ての能力者を手に入れるために。そして、それらを全て手に入れた時がテミルドールを実行する時だ」




