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ブラッド2

 気が付くとそこはベッドの上だった。そして、そこは自分がいつも眠っている場所。

 私の部屋――冷静に目だけ動かして周りを見回した後、私はそう悟ると上体を起こした。

「いつの間にここに来たのだ? 記憶がはっきりしない……」

 なんとか記憶の糸をたどってみるが、心当たりは見つからない。

 確かあいつと戦ったのだが、油断していたせいで重傷を負ってしまった……。

 入口の所まで何とか戻って来たのだが倒れてしまい……。

 それから…そう、そこでフェンルルに会ったのだ。奴が私に突っかかってきて、そして――

「ガチャッ」

 そこでドアノブが回される音と共にバタンとドアが開けられる。私は瞬時に反応して、そちらに視線を向けた。同時に、いつでも体が動かせるようにと身構える。

「あっ、デール! 気が付いたの?」

 入ってきたのは一人の少女。私の姿を確認すると喜びの声を上げる。名は、

「リシェル! どうしたんだこんな所に?」

 私は警戒を解いてそう言った。

「えっへっへー! 驚いたでしょ」

 そう言ってリシェルは満面の笑みを浮かべる。

「ずうっと私が看病してたんだよ。いつまでも目を覚まさないから、私本当に心配したんだから」

 リシェルはベッドの傍まで来ると、備え付けのパイプ椅子に腰を下ろす。

 私が起きあがろうとすると、

「だめだよまだ。傷、完全に治ったわけじゃないんだから。まだ寝てなきゃ」

 すかさず私をベッドに押し戻す。

「分かったよ。それにしても…どれだけ時間が経ったのだ? なんだかボーッとして頭がはっきりとしないのだが」

「そりゃあそうよ。一ヶ月近く寝たまんまだったんだから」

 その答えに、私は一瞬耳を疑う。

「一ヶ月と聞こえたような気がしたが…」

「そう一ヶ月よ」

 すぐにそう返ってくる。聞き間違えたわけではないようだ。しかし一ヶ月とは……。

「トゥルが言うにはね、深い傷を受け過ぎた為に、自己再生能力が極端に低下して、長い睡眠を体が必要としているんだって」

 『トゥル』というのは我々の組織を束ねる『トゥルース』様のことを言っているのだろう。

 リシェルは組織内で偉い、というわけではないのだが、特別な立場にいるため、トゥルース様に近いところで生活している。そのため、トゥルという愛称で呼んでいるのだろう。

「それはそうと、その傷、誰にやられたの? デールがやられるなんて。そんなに強い人がそうそういるとは思えないんだけど」

 その質問に私はドキリとする。答えていいものなのだろうか。

 一時考えたが、結局私は正直にその問いに答えることにした。

「兄だよ。リシェルのな」

 その瞬間、少女の表情が固まるのを私は目撃した。

「お兄ちゃん? …もしかして、お兄ちゃんにも私のような力が? そうじゃなかったらデールがやられるなんて――」

 信じられない、というような口調。

 そのまましばらく、私は困惑している彼女の横顔を見つめていたが、

「その通りだ」

 と、彼女の問いに答える。

「あいつにあんな力があるとは思っていなかったよ。しかも…リシェルよりも強いかもしれない」

「それじゃあ、お兄ちゃんもここに来るかもしれないの!?」

 私の一言で彼女の様子は一変し、喜びを抑えきれないといった感じで聞いてくる。

「そうなるかもしれないが…そんなことよりリシェル、こんな所にずっと居ていいのか?」

 私はそれ以上聞かれるのを避けるために話題をそらす。

 すると、リシェルはあっさりと私の目論見にはまる。

「あっそうだった。今はちょっと様子を見るだけのつもりだったんだ。まさか起きてるとは思わなくて。検査に遅れちゃう」

 慌てて椅子から立ち上がると、

「じゃあ、またね!」

 という言葉を残して、疾風のごとく部屋から去っていくリシェル。後にはバタンッとドアの閉まる音だけが残った。

 遠ざかっていく足音も聞こえなくなり、やっと静かになった部屋の中でフウーッと私は大きく溜め息をついた。

「流石にあれ以上は言えないな」

 一人呟く。

 私には野望のようなものがあった。その野望をあいつが叶えてくれるかもしれない。私はそう思ったのだ――あいつと初めて会った時に。

 そして、私のその勘は当たっていた。あいつがあのような力を持っていたとは……。

 私の野望、それは私の力全てを使って全力で戦ってみたい、というものだ。

 いつの頃からそう思うようになったのかははっきりしないが、この組織に入った後だということは確かだ。

 私の他にも同じ様な力を持った者がいる。それを知った時、私は何とも言えない高揚感を味わった。けれども、組織の規律には必要以外の能力の使用はしない、というものがある。その為、組織内での戦いなどもってのほか。

 同じ力の持ち主が近くにいるというのに力を振るえないというジレンマに、私はずっと悩まされてきた。

 だが、やっと――やっと見つけたのだ。

 あいつの力は本物だ。いよいよ私の願いが叶うのだ!


 私はベッドから起き上がる。身に付けているのは上下共に下着が一枚だけ。

 備え付けのクローゼットを開けると、私は服を取り出す。一瞬、痛みが脇腹に走るが、これ位なら後は自己再生能力で、しばらくすれば治るだろう。

 黒いシャツに黒い皮のズボン。その上に白を基調としたコートを羽織る。これが組織の制服だ。コートの腕のあたりには組織のマークが入っているし、胸の所には『ALUTO』とはっきりと書かれている。黒いブーツを履き、手袋も付ける。

 やはり立っているのは辛い。一ヶ月も寝たままだったのだから、体が鈍っているのは当たり前だ。とにかく、早く体力を取り戻さなくては。

 能力のお陰で辛うじて歩くことは出来るが、今の状態で能力を使い過ぎるのも良いとは言えない。

「とりあえずはトレーニングルームにでも行くか」

 私は一人呟くと、ゆっくりと歩き出し自室を後にした。

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