カイ5
書斎の前に着き、「トントンッ」と扉をノックする。
「カイです」
「入ってくれ」
中からの返事を聞きオレは扉を開く。そして、書斎へカズヤと共に入っていく。
「おお、依頼を受けてくれたのか!」
セト様はカズヤの姿を認めるや否や歓喜の声を上げる。
「はい。それで、私からも説明したのですが、現場に居たセト様から事件の起きた時のことを直接聞きたいという事なので、話をしてもらえませんか?」
カズヤはすぐに仕事の話を始める。やはりカズヤ自身も急いでいるようだ。
アイさんが消えてしまったと言っていたが、それはいったいどういうことなのだろうか。気になってはいたが、車に乗っている間はこちらの事件の概要を説明していただけで、とてもカズヤの方の問題を聞き出す雰囲気ではなかった。
オレは既にセト様の話を聞いていたので、そのままただボーッと突っ立ったままで二人の会話を聞いていた。
十数分、二人は問答を繰り返していた。
「――という事なんですね」
「ああ、そうだ」
「ありがとうございます。では今日はこれで失礼します。後は自分でその後のことを調べて参ります。明日、報告に来ますが何時頃お伺い致しましょうか?」
「そうだな…何か大きな進展があったのならすぐにでも来て欲しいが……。一応、今日と同じこの時間には一日のまとめの報告を頼もう」
「分かりました。それでは」
やっと会話は終わった様で、カズヤは深々と礼をするときびすを返し歩きだす。
「カイ、彼を送っていってくれ。それと君も今日はもう帰っていいぞ。また明日から来てもらう事になるが…今日は休日に呼び出してすまなかったな」
「はい。では」
軽く一礼し、カズヤに続いて部屋を後にする。
「それでは、おやすみなさいませ」
オレは廊下からもう一度礼をすると扉を閉め、「フウッ」とため息を一つつく。
と、カズヤはもう既に数メートル先に歩いて行ってしまっている。
「あ、おい待てよ」
オレは慌てて追いかける。
「いいのか? 屋敷の中でそういう言葉遣いをして」
オレが横に追い付くと、カズヤは顔も向けずにそう揚げ足を取る。
「すみませんね、お前といるとどうも昔のようになっちゃうんだよ」
オレはわざと小声でそう言ってやる。
これには特に反応せず、カズヤは相変わらず進行方向に顔を向けたまま話しかけてくる。
「カイ」
「何だ?」
オレがそう聞くと、
「行きたい場所があるんだ。行ってくれるか?」
と、問いかけてくる。
「どこだ? オレの知っている場所か?」
「知ってるはずだぜ。港の倉庫だ」
「港の倉庫? ……あっ!」
すぐには分からなかったが、記憶の糸を辿り、その場所に思い当たる。
「その通り、あそこに行く。オレの勘が正しいなら――」
カズヤはそこで言葉を止める。
「そこに何があるんだよ?」
そう問いかけるが、カズヤからは何も返ってこない。何か考え込んでいるようだ。
オレは仕方がないので黙ったまま歩いていく。
そうしてそのまま、玄関の前に止めておいた車に二人で乗り込んだ。
この場所に来るのは約一ヶ月ぶり。
周りにはいくつもの倉庫が建ち並んでいる。しかし、オレ達の前の一ブロックだけは整地されていて何もない。
ここで、いや、正確に言うのならばここにあった倉庫で一ヶ月前、カズヤはガルデルムという者と戦った。そうガルデルムというのは、ミルト様をさらっていった前の事件の犯人だ。
ミルト様を助けた後、カズヤだけはガルデルムと戦うために倉庫の中に残った。そしてその結果、倉庫は爆発し、カズヤだけがなんとか逃げ出した…はずだった。
その爆発はすごいものだった。横の倉庫の煤けた壁や修復されている跡からも、その様子は容易に思い浮かべることが出来る。
あそこから逃げ出せたはずがない。カズヤが助かったのでさえ奇跡的なことなのに、深い傷を負っていた者が助かるわけがないのだ。それなのに――
「ガルデルム!?」
カズヤが驚きと戸惑いの混ざった声をあげる。
何もないそのブロックの中心に黒い影が一つ立っている。忘れもしないその姿。黒いコートに身を包み、月明かりの中、わずかに光る黒髪。
その影が口を開く。
「お前なら来ると思っていたよ、カズヤ」
カズヤの方を見つめて不敵な笑みを浮かべる。
「どういうことだ? おまえは死んだはず――」
「どういうことだ、とは? お前はフェンルルの話を聞いてここに来たはずだ。オレの名前を口に出したらしいからな。そう、お前の予想通りあいつとオレは同じ組織の人間だ。ということはだ、オレもあいつのような能力を持っていてもおかしくないだろう?」
その言葉にオレははっとする。確かにそうだ。空を飛んだり、一瞬で移動したり……そんな事が可能なのだとしたら、あの場から逃げ出す事も可能だったのかもしれない。
「ちっ、そういうことか。だが、この場合は幸運だったと言えるかな」
カズヤはヤツを睨みつけながら話し続ける。
「ミルトはどうなったんだ? まさか、殺すために連れ去ったわけではないのだろう? 金目当てでもないようだしな」
オレは静かに二人のやりとりを見守る。ミルト様のことは心配だ。しかし、オレがここで焦ったところでどうにかなるわけではない。今はカズヤに任せるしかない。
オレはそう気持ちを落ち着け、夜空を見上げた。
そこには、綺麗な丸い月が輝いていた。




