序章
目の前には真っ青な空が広がっていて、白い雲が右から左へとゆっくりと流れていく。住処兼仕事場でもあるマンションの屋上、心地よい春の暖かな日差しの中、
「ふぅーー」
一つ大きくため息をつく。オレは一人、先日の事件を思い出していた。あの事件が終わってから既に一ヶ月が過ぎている。けれども、オレにはどうしても忘れられない事があった。ヤツが言っていたあの言葉。
――妹は生きている――
今までずっと、ヤツを妹の仇として追ってきた。やっと仇が取れたと思ったのに……。
セトという名の金持ちからの依頼で、その娘の護衛をするという内容だった。名前は確かミルトで……友人のカイの紹介だったんだよな。危ない目には遇わせてしまったが、依頼を成功させる事は出来た。まあそのお陰で、今は金に困ることはなく日々このようにボーッと過ごしていられるんだが……。
と、そんなことを考えていると、
「カズヤ! またここで寝てるの!?」
声がしたかと思うと、目の前によく見知った女の顔が現れる。
「アイか。何だ?」
「何だ、じゃないわよ。またボケーッとしてたんでしょ。最近少し変だよ、カズヤ」
アイはオレを見下ろしながらそう言った。
「で、何の用なんだ?」
そのまま寝転がったままで返す。
「何のって、もう昼だよカズヤ。御飯、食べないの!?」
アイは少し怒り口調で言い返してくる。
「ん、もうそんな時間なのか」
確かに太陽はもう真上に来ている様だ。
俺はゆっくりと立ち上がる。
「先に行ってるから。早く来てよ!」
アイはそう言うと、俺を待たずに小走りで階段へと向かう。まだ配膳が残っているのだろうか。扉は開けたままにして、アイは建物の中へと入っていく。
と、ぐぅ~とオレの腹が鳴る。
「さってと、腹も減ってるようだし、行くとしますか」
俺は独りそう呟くと屋上を後にする。
春と言っても、屋内に入るとやはりまだ肌寒い。今まで枕にしていた上着に腕を通す。その時、ふと左腕に目が止まる。
「そういやあ、お前と会ってからもう二ヶ月が経ったんだな」
オレは親しい友人にでも話しかけるかのように、自然とそう口にした。だが、口にした後その不自然さに気が付く。
「何言ってんだかな。たしかにこいつとはいつも一緒だが話しかけるなんて…ふっ」
鼻で笑うと再び歩み始める。
この時のオレはまだ知らなかった。
この左腕の義手「アーム」の存在理由を。
過去の大戦、過去の文明…そして未来――
すべてのカギを握るこの「アーム」が、時を越えた『時』へとオレを導いていくことを――