第7話 自立
ハタエ村の陸の家……というより屋敷に黒猫組一行とサバゲーをしていた陸を含めた三人がやってきた。
「陸っ!」
「父さん……」
感動の再会……とはならず、気まずい雰囲気が流れる。
「……どこほっつき歩いてたんだ」
「ハタエ山……」
「何をしていたんだ」
「サバゲー」
「ギルドの皆さんに迷惑をかけたんじゃないだろうな?」
「…………」
語気は決して強くはないが、藤次郎の威圧感は凄まじかった。
「まあまあ、お父さん。
陸くんはわたしを助けてくれたんです。そんなに怒らないでください」
日和が口を挟む。
「怒ってなどいない。
陸、俺はお前の口からそのことを聞きたかったな」
「なんで……」
「ん?」
「なんで今更親面するんだよ!
今まで、僕の名前なんて呼んだことなかったじゃないか!」
「陸……」
「ずっとずぅーっと兄ちゃんのことばかり。僕の気持ちも知らないで!」
「陸、あのな……」
「そりゃ、兄ちゃんは優秀だったよ。僕なんかよりも優秀だったよ。だけど、だけど……!」
「陸!」
「……!?」
「よく聞くんだ。
海斗はもう……いない」
「は?」
陸の表情が固まる。
「海斗は……、ついこの前死んだ」
「え? いや、兄ちゃんはあんなに元気だったじゃないか」
「ああ、人が死ぬときは一瞬なんだな。
目撃者によると狩猟中に背後から猪が襲ってきたらしい。それで……」
「そんな……」
突然の話に陸は絶句する。
「ギルドの皆さん、お願いがあるんです。
陸を預かってはくれないでしょうか?」
「いいよ」
孝仁が軽く承諾する。
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕は……」
「私達狩人は肉弾戦ではめっぽう弱いですが、射撃の腕なら誰にも負けません。だから……」
「問題ないって。こいつなんて最初は包丁の一本も握れなかったんだぜ」
孝仁は日和を指差した。
「そ、それはまあ……、事実ですけど」
「そうですか、それはよかったです。
それでは陸をお願いします」
藤次郎は陸の頭を無理やり下げさせようとしたが、その手を陸は払った。
「やっぱり父さんは僕なんて必要ないんだ。
そんな思いつきで僕の人生を……」
「思いつきなんかじゃない。
海斗が死んでから毎晩毎晩母さんと話し合った。陸を自立させようって」
「…………」
「一つ話しておかないといけないことがある。
海斗が死んだ山は……ヒトエ山だ」
「……!? ヒトエ山ってあの猪の巣窟で、危険地域に指定された……」
「そうだ、そこに行かせたのは父さんだ。
海斗は文句の一つも言わなかった。
言い訳するつもりは無い。海斗は父さんが殺した……」
「……父さん」
藤次郎の目が潤んできた。
「父さんが悪かった、そんなことはわかってる。
だがわかってくれ。怖いんだ、父さんは。また同じ過ちを犯しそうで……」
「父さんは僕を……愛してる?」
「当たり前だ。少なくとも今は父さん達にとって無くてはならない存在だ。
だから、この通り!」
藤次郎が陸に向かって土下座をした。
「また、ここに来ても……いいんだよね?」
「ああ、父さん達も陸の顔を見たいし、海斗にも会ってやってほしい」
「顔、上げなよ。友達の前で、みっともないじゃないか」
「陸……」
「僕は……いいよ、このギルドに入っても。いや、僕は入りたい……! まだ会ってから数時間しか経ってけどなんか落ち着くんだよね、ギルドの皆さんといると」
「陸……、そうか……」
陸が差し出した小さな手を藤次郎は大きな手で握り返した。
「話はついた? 俺、疲れたんだけど」
雰囲気をぶち壊す発言をしたのは空気が読めない男、孝仁だった。
「あ、すみません。それでは改めて、陸を願いします」
今度は陸も自分で頭を下げた。
「まあ、うちで雇うのはいいんだけど、あんたはどうすんの? 跡取りいなくなっちまうぞ」
「それは……、報いでしょうね。しょうがないです」
「あの……、教室を開いたらどうですか? そうすれば変なしがらみもなく、技術や心だけを受け継ぐことができると思うんです」
「僕達、本格的に射撃を習いたいんです」
「山口君、山田君……」
そう提案したのは陸の友人の二人だった。
「そうか、教室か……。私も前線で活躍するのは限界だしな。よし、その意見貰った」
「「やった!」」
二人は喜びの声を上げた。
「さあ、皆さん、家内が料理を作って待っているはずです。みんなで食べましょう」
「よっしゃ、陸の新人祝いだ」
「ちょっと、わたしのときはそんなのなかったじゃないですか!」
日和が文句をたれる。
「小さいことは気にするな。せっかくの料理が台無しだぜ」
「そういうことは料理を見てから言ってくださいよ。さあ、どうぞ」
陸に案内され、孝仁達は陸の家に上がり込み、長くて楽しい一夜を過ごすのだった。
***
後日、黒猫組にて――。
「どうも、すみませんでしたーーー!!」
「なあ、スズ」
「何でしょう?」
「何でこの人、謝ってるんだ?」
「なぜでしょうか?」
黒猫組に一人の来客が来ていた。
「あ、あのですね、私達はただあなた方に報告をしただけであって、別に謝ってもらおうってわけじゃ……」
「しかし、名前を使われてしまったのは私達の責任です!」
「いや、不可抗力だろ……」
そう、この男は大規模ギルド『三千世界』の人間だ。
スズの弁明を受けてもなお、態度は変わらなかった。
「それにわざわざマスター本人が来られなくても……」
そしてこの男こそが三千世界マスター高宮渉なのだ。
「いえ、これは当然の報いです。ぜひお詫びを……」
「いや、受け取れないから」
目の前に積まれたお金の山を前にしても孝仁の心は動かなかった。
「せっかくだし少し受け取っちゃえば?」
「ああ、君が陸君だね!?」
「は、はい?」
「まだ若いのに……。私のせいで山賊共の蛮行に巻き込んでしまい申し訳ありません」
「あ、いえ、別に大丈夫ですよ? 寧ろギルドの皆さんに会えてよかったと思ってます」
「な、なんと純粋で寛大な少年なんだ!」
「…………」
完全に陸は引いていた。
「まあ、陸の言うとおりだな。でも金を受け取るわけにはいかないしなあ。
……そうだ、そんなに詫びを払いたいならここの冷房直してくれよ」
「そんなことでいいんですか!?」
「いやいや、逆にこっちがそこまでしてもらっていいんですか、ですよ。
まあ、直接お金を受け取るよりはこっちも頼みやすいからな、それでいいよ」
「わかりました! それでは至急手配致します」
「わかったからとっとと帰れよ。こっちは二日酔いで気持ち悪いんだよ」
「それはいけません、すぐに医者を……」
「もう、勝手にしやがれ!」
ハタエ山での戦闘を終えた黒猫組は新戦力を加え、また一歩前進するのであった。
ハタエ山の山賊篇 完結