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第3話 黒猫組の日常

二部構成です。

 とあるグラウンドで少年達が野球にいそしんでいた。互いに言葉を掛け合い、助け合い、共に汗を流す。まさに青春の一ページである。

 しかし、そこには場違いな男がいた。


「神崎さーん、なけなしの小遣いはたいて雇ったんですからー、それなりの活躍してくださいよー」

「おう、任せとけ」


 威勢のいい言葉と共に打席に足を踏み入れた男は神崎孝仁その人だった。


   *


 一方、グラウンドの脇では日和をはじめとした黒猫組のメンバーが孝仁を見守っていた。


「気軽に草野球の代打なんて引き受けちゃいましたけど、神崎さんって野球できるんですか?」

「そういや、神ちゃんが剣術以外のスポーツをやっているの見たことないな」

「剣術ってスポーツに入れていいんでしょうか……」

「神崎君にできない事なんてないわ」

「た、たいした信頼ですね……」


   *


 それから数分後――。


 孝仁は未だに打席に立っていた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」


 相手投手の荒い息遣いが大きくなる。


   *


「あ、あれってありなんですか!?」

「所謂カット打法というやつだね」

「わざとファールに打つことで、自分の狙いのコースにボールがやって来るのを待つ方法。それと同時に相手投手の疲労を誘うこともできる。……褒められたやり方ではないわね」


   *


 それからまた数分後――。


「フォアボール!!」

「よっしゃあー!」


 そこには疲れきった表情の投手と、嬉々とした表情の孝仁がいた。


「おい、見たか少年達よ、俺の勇士を!」

「あーあ、俺なんかやる気なくしたわ。帰ろうぜ」

「ああ、賛成」

「神崎さん、ありゃっしたー」

「って、おい、これからだろ!?」


 孝仁は打者としてだけでなく、一人の人間としても敬遠されてしまったのだった。





   *****





「おい、待て、この泥棒猫が!」

「ニャアー!!」

「『待てといわれて待つ馬鹿はいねーよ』……だそうよ」

「何だと! 調子に乗るなよ、このクソ猫が!」


 孝仁とスズは魚屋からの依頼で、魚を盗む泥棒猫の捕獲を試みていた。


「お前なんか、俺が本気を出せば……」

「ちょっと神崎君、落ち着いて。キャラ崩壊してるわよ」


 孝仁が刀の柄を握り、戦闘態勢になったが、スズは冷静に宥めた。


「そ、そうだな。ちょっとその場で深呼吸、スー、ハー」

「神崎君、そんなことしてる間に逃げちゃうわ」

「おわ、マジか」


 時既に遅し。でっぷりと太った黒縁模様の憎たらしい泥棒猫はその体型から想像もつかない速さで逃げ出し、孝仁の視界から消えていた。


「『あばよ、どんくさい人間さん』という捨て台詞を吐いていったわね」

「あのクソ猫め……」

「やっぱり、キャラ崩壊してる……」

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何も。それより、一度ギルドに戻って作戦を立てましょう」

「了解ー」




   ***




「……ということで、このクソ猫……じゃなかった、泥棒猫を捕まえる作戦をみんなで考えよう」

「エサで釣ってみてはどうでしょう?」

「それは既に一度試してみたが、奴は賢いからな、普通の罠にはひっかからない」


 日和の案は即、突っぱねられた。


「ここは本格的に睡眠薬を使ってみたら?」

「薬物は下手に使うと国がうるさいからな。それにそんな金もない」


 有の案も通らなかった。


「スズは何か意見あるか?」

「そうね……、マタタビを使ってみてはどうかしら」


 スズの口から出た言葉は、意外にも単純なものだった。


「え、あ、いや、そんな単純でいいのか?」

「ええ、エサだと賢い猫なら理性が邪魔するし、薬物は手に入れにくい。その点、マタタビは理性を崩せるし、比較的簡単に手に入るわ」

「なるほど、やっぱり猫のことは猫が一番わかってるな」

「失礼ね、私を普通の猫と一緒にしないで」

「ほら、マタタビだ」


 孝仁がマタタビを何処からか取り出した。


「そ、そんなものには、つ、釣られないにゃ!」

「え、今、スズちゃん、『にゃ』って言った?」

「そ、そんなこと、い、言ってないにゃ!」

「やっぱり言ってるー、かわいい!」

「にゃんですと!?」


 スズは焦れば焦るほど「にゃ」が増え、「にゃ」が増えれば増えるほど日和の顔はにやけていくのであった。




   ***




 後日、孝仁とスズは泥棒猫の捕獲に向かった。


「いくらマタタビが好きな猫でも、10分もすれば飽きちゃうから気をつけてね」

「へいへーい」


 スズの忠告を受けながら、この前の場所で待つこと数十分。


「来たわ」


 例の猫がその大きい腹をゆっさゆっさ揺らしながら、のろのろと歩いていた。


「スズ、どうする」

「作戦通りよ。猫はマタタビの匂いに反応するから、うちわで扇いで匂いを飛ばしながら檻の中に誘導して。一応檻の中にもマタタビは用意してあるから、その周囲まで誘導してくれればいいわ」

「了解ー」



 ぱたぱたぱた――。


 マタタビ特有の鼻につく匂いが広がる。すると、あの泥棒猫も含め、たくさんの猫が集まってきた。


「おい、どうする。あんなにたくさん檻に入らねぇぞ」

「仕方ないわね。私が他の猫達を誘導するから、うちわで扇ぐのを少し弱めて」


 そう言うと、スズはマスクで完全防備をしたまま猫の集団に近づいていった。


「にゃー」

「にゃあ、にゃあ」

「にゃにゃ、にゃあ!」


 猫の鳴き声があちこちから聞こえてきたかと思うと、猫の集団は方向転換し、スズを先頭に動き出した。


「にゃー……」


 そこには、泥棒猫一匹だけ取り残されていた。

 すかさず、孝仁は少しずつうちわを扇ぐのを強くしていった。

 泥棒猫は最初こそ寂しげな表情をしていたものの、次第にさっきまでの恍惚とした表情に戻り、再び歩みだした。


(よーし、こっちだぞー)


 檻までの距離はどんどん近づいていく。


「首尾はどう?」

「お、スズ、戻ったか、こっちは順調だ。ところでお前、いったいどうやって他の猫を連れてった?」

「一言で言えば色仕掛けよ。私のことを知ってるあの下劣な猫は罠だと気づいてついてこなかったわけ。後のメス猫は催眠で誘導したわ。……なんて言ったか知りたい?」

「……いや、遠慮しとくよ」


 そうこうしているうちに、泥棒猫は檻のすぐ側まで来ていた。

 しかし、その歩みは確実に遅くなっていた。


「まずいわね、飽き始めてるわ」

「……なあ、俺思ったんだけどさ、催眠で誘導すれば早いんじゃないか?」

「あ……。ごめんなさい、さっきので魔力使い切っちゃった……」

「…………」

「そ、そんにゃことより、今のことを考えましょう!」

「……そうだな。まだ少し酔ってるうちに強引に捕獲しちゃった方がいいと思うんだが」

「そうね、ちょうど道も狭いことだし、挟み撃ちにしましょう」

「わかった」


「おい、泥棒猫、もう逃げ場はないぞ」

「ニャーー!」

「『嵌めやがったな、クソ野郎』……だそうよ」

「嵌めてなんかいないさ、俺はただ、マタタビの匂いをとばしていただけだ」

「ニャーーー!」

「おっと」


 急に泥棒猫が襲いかかってきたが、孝仁はあっさりと躱し、首を掴んだ。


「おうおう、猫が人間様に歯向かうつもりか?」

「その言葉、聞き捨てならないわね」

「悪い、冗談だ」


 その間も泥棒猫は暴れまわっていたが、孝仁はその手を離さなかった。


「さあ、新しいお家を紹介するぞ」

「『こんな狭い家は嫌だ』と言ってるわ」

「安心しろ、借家だ」


 孝仁は泥棒猫を檻に放り込んだ。


「これで一件落着だな。スズ、今日は鮭にするか」

「いいわね。この下劣な猫も食べたいって言ってるわ」

「んなこと、訳さないでいいんだよ」


 そんな会話をしながら、夕暮れの道を孝仁は檻を片手にスズを頭に乗せ、歩いていくのだった。

次回、簡単なキャラ紹介です。

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