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第二話






 ワーウルフを殺した冒険者の名はリエイルという。幼さの残るリエイルであるが、その剣の実力は同じ初心者冒険者と比べても数段上である。

 リエイルは袋につめた素材の重みを確認するたびに笑みを濃くしていった。

 最後に変わったワーウルフと戦い、そのおかげか武器をドロップした。他にも迷宮内で宝箱も見つけた。

 これだけの成果を見せれば、姉を驚かせられる。過保護気味の姉を見返してやるんだ。

 リエイルはその光景を想像すると、すぐに成果が知りたくなり歩みが早くなる。

 迷宮で手に入れた素材を売り、薬を買ってから自宅に戻ってきた。

 扉をゆっくりと閉じ、木の軋みを耳にしながらベッドで横になっている姉の横に立つ。

「お姉ちゃん、薬買って来たよ」

 コップに水を注ぎ、錠剤の薬を手渡す。姉は沈んだ表情でそれらを受け取り、薬を飲み込んだ。

「ごめんね……リエイル。怪我はない?」

「ううん、大丈夫だよ。僕も強くなってきてるし、心配しないで」

 何より、姉の力になれることが嬉しくてたまらない。姉はリエイルの笑みで、さらに困ったようになる。

 魔法使いである姉は今、魔力が不安定になる病気にかかってしまったのだ。

 それを治療するため、リエイルは日々迷宮に潜り無理のない範囲で狩りを行っていたのだ。

 姉は自身のふがいなさを感じるようにリエイルに声をかける。

「姉さん、今日第七層にまで行ったんだけど全然問題なかったよ?」

 リエイルは姉に褒めてもらいたくて、それを口にしたが、姉は怒りを含んだ表情で声を荒げた。

「七層!? リエイル! 五層までの約束だったでしょ!?」

「だって、僕ももう弱くないんだよ!? 昔みたいにぴーひゃら泣いてた泣き虫とは違うんだよっ!」

「迷宮ではそうやって自信を持ってる人から死んでいくんだよっ。お姉ちゃんの言うことを少しは聞きなさい!」

 迷宮については姉のほうが理解している。弟が強くなったことを姉はきちんと理解していたが、安全を取るのが迷宮での正しい生き方なのだ。

 互角に戦える下二つ。長生きするための迷宮知識であるが、リエイルに何度も叩き込んでいるが、リエイルは聞いてくれない。

「……姉ちゃんは僕の力を見てないからそんなこと言うんだ。僕もう、弱くないよっ」

 姉に守られるだけではなくなった。リエイルはそれを姉に認めてほしかった。

 リエイルは分かっていた。姉が病にかかったのは、冒険者として働きながら自分を気にかけているからだと。

 だから、姉に認めてほしいリエイルはついつい頬を膨らませてしまう。

 姉の顔色もだいぶよくなってきている。これなら、後数日で治るかもとリエイルは表情が明るくなりそうなのを必死にこらえて、姉に背を向ける。

「お姉ちゃんの馬鹿ぁっ!」

「リエイル!」

「あだぅっ!?」

 姉が手を伸ばすが、リエイルはその数歩前に転がって顔面を強打する。ころころと転がるが、華麗に立ち上がる。

「鼻血出てるわよ!」

「汗だよっ!」

 リエイルは鼻血を誤魔化すようにして、家を飛び出して近くの酒場へと駆け込んだ。

 カウンター席に座り、睨みつけるようにリエイルは腰掛けた。

「おう、リエイルの坊主じゃねえか。鼻血なんか出して姉の着替えでも見たのかい?」

「こけてなんかないやいっ」

「そうか、そりゃあ痛かったな。ほら、ティッシュだぜ」

 リエイルはティッシュを受け取り、鼻につめていく。

「酒くださいっ!」

「ほいよ、ジュースな」

「酒くださいっ!」

「酒は十五からだろ、十三歳」

 がっはっはっと笑いリエイルの頭をもみくちゃにする。その扱いがリエイルの心をむかむかさせる。

「子ども扱いするなぁっ」

 リエイルはそれを払いのけようと暴れるが、力のあるおっさんにさらに押し込められてテーブルに頭をぶつける。

 今度は頬から血が垂れてきた。

「……痛い」

「そりゃあ悪かったな」

 おっさんは大きな笑い声を上げて、リエイルの頭から手を離した。リエイルは頭を押さえながら、むっとした表情になる。

 リエイルは一応頭の熱が下がったようで、出されたジュースを口に運ぶ。甘みに緩みそうになる頬を必死に怒りで隠す。

「どうしたんだい? また姉と喧嘩か?」

「うん……」

「話くらいなら聞くぜ。ここは愚痴を言い合うような場所だからな」

「うう……」

 おっさんは話しづらそうにするリエイルに別の質問を投げかける。

「そういや、どの階層まで行ったんだ?」

「第五階層だよ。ほら、ワーウルフが出てくる場所」

「ああっ、ワーウルフっていや初心者殺しじゃねえか。大丈夫なのか?」

 ワーウルフは他の魔物に比べてスピードがある。ゴブリンの動きになれた人間にとって、ワーウルフは初心者の初めの関門である。

 だが、リエイルはふふんと調子のいい笑みを浮かべた。

「あんな雑魚に僕は負けないよ」

「だったらいいんだけどなぁ。油断はしちゃいけないぜ」

 おっさんはにんまり微笑み、

「そんで、姉とは何があったんだ?」

「……うう、分かったよ、話すよ」

 あまり話したそうにしていなかったリエイルだが、おっさんのしつこさに負けて、姉との出来事を語った。おっさんは黙って聞いていた。

「お姉ちゃんは僕の剣を見てないから、今までずっと守ってもらってたけど、もう僕も戦える」

 リエイルのどこか無謀な言葉におっさんはふむと顎を撫でる。

 おっさんも昔は冒険者であり、迷宮の危険を理解していた。

「迷宮ってのは、危険に満ちてるからな」

「危険でも、僕は戦えてるんだ。お姉ちゃんが過保護すぎるんだよっ、馬鹿っ!」

 リエイルは段々と口が悪くなっていく。おっさんは間違えて酒でも出したかと不安になるが、やはりジュースだ。

「坊主みたいに意気込み勇んでいたオレはほらこの通りだ」

 酒場のおっさんは左目の傷を指差し、それから服をまくる。多くの怪我がリエイルの目に飛び込み、思わず逸らしたくなってしまう。

 だが、逸らせば、逃げていることの証明をするようでリエイルは傷から目を背けなかった。

「自分ならできると思ってな。一人で高い階層に挑んだ結果がこれだよ。師匠が助けに来てくれなかったら、オレはたぶん、あそこで死んでただろうなぁ」

 遠い目をして酒場のおっさんは懐かしむように語った。

 間近で傷を見続けたリエイルは身が竦みそうになるのを堪えて、おっさんが腕を隠すのと同時に顔をそっぽに向けた。

「別に怪我なんか怖くないよっ」

 精一杯の強がりであることはリエイルが一番分かっていた。それでも、口にしなければ恐怖に体を支配されそうになってしまったから。

「なら、迷宮に入るのはやめたほうがいいぜ。怪我を怖がらない奴は危険すぎるからな」

「そんなの逃げてるようにしか聞こえないよ!」

 ジュースを飲み干したリエイルは代金を置いて、酒場を後にする。

「無茶して姉を悲しませるなよー」

 おっさんの言葉を受けたリエイルは未だ姉への怒りを抱えたまま近くの空き地に向かい剣を振る。さらに強くなるために敵を想像して、剣を傾ける。

 明日こそ、姉に認めてもらうためにリエイルはひたすら剣を振り続けた。


 力がほしい。

 ワーウルフはそれを願い、ふたたび迷宮内に生き返った。

 あれからどれだけの時間が経ったのか分からないが、ワーウルフはふたたびの感覚を懐かしんでいた。

 記憶を掘り起こし、リエイルを殺す手段をあれこれと思案していた。

 魔法と剣の両方を扱う敵に対して、ワーウルフはボロボロの刃一つだ。

 ワーウルフはその剣を持ち、近くにやってきた魔物と交戦する。敵もワーウルフだ。

 敵はなぜ襲われるのか疑問を持ちながら、剣を握る。剣は不安定であり、敵から強さも感じない。

 ――これならば、殺されるのも無理はねえな。

 敵は剣を持って飛びかかる。隙だらけの一撃だ。飛ぶ前、着地後。どの状態でも攻撃の回避など考えていない。

 着地後、ワーウルフは相手の足を薙ぐ。切れ味はなくても、一番薄い部分を狙ったこともあり、敵は足を折り倒れる。

 武器などアテにならないとワーウルフは敵の頭を掴んで大きく口を開く。

 ワーウルフにとって一番の自慢はその顎であり牙だ。相手の顔に喰らいつき、喉に血を逃しこみながら敵をくらっていった。

 まだだ。とワーウルフは否定するように首を振る。

 成長しているのかどうか、敵が雑魚すぎて分からない。ワーウルフは、やはりあの少年でなくてはと迷宮を徘徊していく。

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